表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

ある悪役令嬢と呼ばれた少女の追憶

 作品の傾向はタイトルで何となく察せられるとは思いますが、ネタばれで恐縮ですが心中展開があります。その辺苦手な方はご注意ください。


【追記】続きのエピソートの都合でタイトルをちょっとだけ変えました。


 悪名高きブラックローズ侯爵家当主断罪。


 その一報は風のように王都を駆け巡った。

王家さえ凌ぐ財と権力、悪辣に領民を飼い殺す冷酷な領地運営、国政の不正と腐敗の元凶。

それへ清廉にして果断なる王太子と慈悲深くも勇気あるホーリー伯爵令嬢らが断罪を下したのだ。

(いかづち)のごとき速さで確たる証拠が上げられ、狡猾なるヘンリー=ブラックローズは私兵を呼び寄せる間もなく王太子の親友でもある若き近衛騎士団長に捕縛された。



 その長男で無慈悲な炎獄魔術の使い手であったヘルファイア=ブラックローズ。

長女で王太子妃候補の一人でもあったダークリリス=ブラックローズ。

両名もまた正式な令状と共に捕縛され、それぞれの罪科を正当に裁かれ、ついに王国の闇は晴らされ正義の光に照らされる――――筈、だった。





 永らく王国の闇を支配していたブラックローズ家の牙城を崩したのは、一人のメイドが齎した決定的な悪事の証拠だと言う。

メイドは王太子派によって各所に送り込まれた間諜の一人であった。

潜入するうちに侯爵子息であるヘルファイアの目にとまり、愛人としての立場をも利用して見事極秘情報を掴み、王太子等の元へ届けたのだ。


 逆に侯爵家から王宮に潜ませていた者によって、いち早く父の断罪と共に真実を知ったヘルファイアは怒り狂い、高価な部屋の調度品をなぎ倒して慟哭したという。


 最初は戯れだったのかもしれない。

だが、大人しい黒猫のような――決して出しゃばらず、媚びず、邪魔にならず、静かに寄り添う金目黒髪の少女を、いつしか真実愛してしまっていたのだ。


 もはや破滅は免れようもない。

当主である父の悪事や不正は事実。

それが大半の貴族家が多かれ少なかれやっている事であったとしてもだ。

綺麗事に包まれて、いや、綺麗事にしか目を向けない王太子とホーリー伯爵令嬢らはともかく、力を持ちすぎたブラックローズ家を王家が疎ましく思っていたのは知っている。

――最も、王としては貴族達への見せしめにするにせよここまで大事にするつもりはなかっただろうが。

西の王国への外遊中に、まさか王太子等がここまで早急に事を起こすとは予想していなかったに違いない。


 かくなる上は、次期侯爵として少しでも誇りある最後を――自裁をすべきだと理性では解っている。


 だが脳裏に浮かぶは静謐な彼女の面影、胸に渦巻くは煉獄のごとき嫉妬と執着。


 笑え、誇り高きブラックローズ次期当主のこの様を!


 父の処刑より、家の破滅より、王家への怨嗟より、まんまと騙された我が身の不甲斐なさよりもなお、彼女が今後見知らぬ誰かのものになるかもしれない事が耐えがたい!


 勝利に湧く王太子等は、最後の悪あがきを警戒してはいてもまさか間諜の女一人に心囚われているとは思うまい。

何時もの伝達魔法で別邸に呼び出せば、捕縛の手勢と共に、いや手勢だけが来るかもしれない。

だが構わない。

 彼女の居所は以前密かに施した呪印で感知できる。

閨の時に、彼女の耳の下辺りに小さな痣があるのを知った。

生まれつきのものであり、周囲に見苦しいと言われたので普段は隠しているのだと。

確かに何時も襟の高い服と下ろした黒髪で耳の辺りを覆っていたが――愚かなことだ。

黒髪と白い肌に映える赤は花の文様のようで、これほど艶めかしく彼女を飾っているというのに。


 無用な引け目を感じている様子に、ではこれは私だけの印とせよと、痣に口づけると共に密かに呪印を施したのだ。



 彼女も共に来ればよし、こなければ別邸が手勢に囲まれているうちに探知魔法で探しだす。

要は彼女ごと我が身を終炎魔法で焼き尽くし、永遠に我がものと出来ればそれでいいのだ。



 だが、予想に反して彼女は別邸に一人で現れた。


「――今夜ここに来ることは、誰にも言っておりません。」


 何故


「私は王家直属とは言え取るに足らない間諜の一人に過ぎません。」


 裏切り者だと、私に誅されると思わなかったのか?


「この後はまた同じように任務として何処かに遣わされるでしょう。ですが――」


 静かな、あまり感情を露わにしなかった金の瞳が


「もう――――若様以外のものになるのは、嫌です。」


だから どうかその手で 殺して



 音にならなかった言葉ごと口づけて、嫋やかなその身を抱きしめた。


ああ……嗚呼!!


 世の人々はさぞかし我々を蔑むだろう。

貴族の矜持を忘れ、下賎な女の色香に溺れた男だと

忠誠も忘れ、標的に溺れた愚かな女めと


 だがそれがどうした!

唯一無二の愛を得たこの歓喜に勝るものなどあるものか!


「――二度と離さぬ。」

「わ、若様?」


 戸惑う最愛の女に、いや――懐にある小箱の存在を思い出して


「――――――――――は?」


 ()の薬指に、代々の侯爵夫人の証である黒薔薇真珠の指輪を嵌めた。


「そ……んな………」


 乙女を散らした夜ですら、震え慄く様など見せなかったというのに


 一瞬も惜しいが已むなく腕を解き、尊き姫君にするように小さな手を取ってその指に口づける。


「我妻よ。死んでも分かたれることなく、地獄でも、幾たび生まれ変わっても、共に。」


 どんな財宝より輝かしい金の瞳から滂沱と涙が溢れ出た。


「っはい――――永遠に、お連れください、あなた様!」


 初めて見る花のような笑顔に、この世にこれほどの至福が存在したのかと驚き、堅く抱きしめ合い、決して後から無粋者どもに分かたれる事などないように、館ごと灰にするよう全魔力、全生命力を込めた最後の終炎魔法の業火を練り上げた。


 生まれて初めて完全に満たされた幸福な気持ちの中で、一瞬だけ過ったのは妹ダークリリスのこと。

きつく見える美貌と豪奢な装いで心ない噂を立てられることもあったが、幼い頃から聡明で芯の強い子だった。

 父に似て合理主義だが野心はあまりなく、だが上に立つ者としての責任感でもって使用人や領民達を良く統率していた。



 最後に会ったのは、夜が明けて全てが動き出す前にと――――密やか且つ速やかに家内の処理をしていたらしい妹がやって来たのは、屋敷を飛び出す直前の事。


「お兄様、忘れ物ですわ。」


 混沌の炎のように荒れ狂ってた精神状態でも、妹の常と変わらぬ平然とした声に足を止めた。


 仕方のないと半ば呆れたような顔で……そうだ、あの時に代々の侯爵夫人の証である家宝の指輪を渡されたのだ。


「―――()()()()()に、よろしく。」


 まともな思考も出来なかったあの時は、別れの言葉すら言えたのだったかどうか……だが少し寂しげに、けれど微笑んで送り出してくれた妹は全てを解っていたのかもしれない。



本来ならこんな窮地にこそ兄として妹を守り導くべきなのだろうが――――許せ。

不甲斐ない兄ですまぬ。


 あとは――――――どうかお前も好きにやれと、祈った。









「うっは――――印税やべー」

「むしろちょっと恐いっすね、お嬢。」


 自由都市の個人口座に振り込まれた金額にちょっと引く。


 ども。元ダークリリス=ブラックローズ侯爵令嬢、現・旅の行商人リリーちゃんでっす!


 現在かつての母国ガーデニア王国を中心に『煉獄の果て、或いは至高の愛』という心中メリバ恋愛物語、通称『煉愛』が空前の爆速大ヒット中。

書いたの私だけどね。

身内の最後をネタにしたのかって?

内容は大体の推測に脚色して書いたけどほぼ合ってるだろうなって思うし、お兄様なら気にしないわ。多分。


 万が一にも身バレしないように中継に中継を重ねてるから、その都度手数料とか口止め料とか引かれてる筈なんだけど、それでもこの金額かぁ……うわー。

 前世より本一冊の平均的な単価が高いのをさっぴいてもえらいことになってるわ。



 あ、ハイ。私、前世は日本人の物書きでした。

つってもweb投稿サイトが主で、短編がアンソロジーに収録されることになってヒャッハーして、いっぺんくらい単独で書籍発行できたらいいな~と思ってた程度だけど。

本業は地元のスーパー展開してる会社の総務課勤務。


 所謂魔法アリのナーロッパ的世界に転生したと気づいたのは物心つく前、つまり生まれつき記憶があった。

おかげでちょっと不審な幼児だったと思うんだけど、まあ家が家だったんで誰にも気にされないままつつがなく成長した。


 悪名高きブラックローズ侯爵家。

まあ家族全員悪人顔だし、確かに悪事も不正もしてたけどね。

幼い頃亡くなったお母様の肖像画とか某白雪姫の継母にそっくりだし。


 処刑はほぼ決まりらしいお父様は自覚のある悪人というか、きっと首を落とされるその瞬間まで堂々と高笑いしてそうだわ。

でも言い訳するわけじゃないけど悪事ったって奴隷売買や麻薬売買には手を出してなかった。

お父様は合理主義だったから、領民は侯爵家の財産感覚で人権ナニソレでも不当に虐げるとか働けなくなるまで酷使するとかはしないし、やった奴は厳罰に処される。

 民は健康と安全を保証するのが一番収益効率が良い働かせ方だと言って、規則と税率こそ厳しいけど真面目に働くなら多少の病気や怪我なら支援もあるし、一般庶民からすれば暮らしやすい方だったと思う。


三つ隣の領地のジーヒ伯爵家なんて人間的には善良なんだけど、可哀想だの助け合いだのって無計画に税金免除したりインフラ整備したりするものだから領政がえらいことになっててご家族が大変な思いしてるって聞いたし。


まあそれはいいとして。


 賄賂とか、談合とか、ちょっとじゃないケースも偶にある脅迫とか、ぶっちゃけ何ひとつやったことない貴族家なんてほとんど無くない?

 だから良いじゃんとは言わないけど、正直、王太子一派にはちょいムカな訳よ。


 今回体の良い見せしめにされちゃったのは政争に負けた結果って事でしょうがないけど、王太子殿下達のキラキラお綺麗事ロードに撒き菱の一つくらい置かせていただいても良いんじゃないかしら。

ついでに逃亡中の資金源の足しになればなお良し。


 そんなつもりでお兄様とハニトラお義姉様の物語を、王太子達のキラキラ正義の裏で散らされた悲恋としてババーンと発行してみたの。勿論偽名でね。


 そしたらこれが想像以上の勢いで馬鹿売れ。


 もちろん固有名詞なんか出さないけど、誰だってこれがヘルファイア=ブラックローズとお手つきのメイドの事だって判る。

女性関係だけは堅物だったお兄様がメイドに手を出したって、やっとそっち方面の瑕疵ができたって敵対派閥が大喜びで社交界に噂を広めまくってたもの。

 それにお兄様ったらめちゃくちゃ派手に爆炎上げてくださったし、なかなかセンセーショナルな顛末だったから平民にまで知れ渡っちゃってる。


――ちょっとグロい話だけど、焼け跡から見つかった遺体はほぼ炭化しながらも堅く抱き合ったままだったそう。その光景に圧倒されて、薬指の黒焦げになった指輪は勿論、暫く誰も手が出せずに見入るばかりだったとか。

 現場の判断で、改めて検分に回される事も無くそのまま一緒に棺に入れられて近くの小さい教会に葬られたと聞いた時はホッとしたわ。

もし離されていたらお兄様のことだもの、どんな質の悪い呪いを振りまいたか判りゃしない。


 でも『煉獄の果て、或いは至高の愛』は暴露本じゃなくてあ・く・ま・で・恋愛小説よ!

エロシーンすら無い、切な苦しい愛の()()を差し止めなんて王家だって出来やしないわ。

 (キモ)は作中で決してお兄様や我が家を擁護しないこと。だって断罪された罪状は全部ホントなんだもの。

彼女だってもともとお兄様と恋人同士だったとかじゃないから、間諜として送り込んだ側を責めてる訳でもない。

唯々二人の恋と本人達は満足だったろう結末を切なく!ドラマチックに!これでもかと悲劇的に書き立てまくっただけ!

 容姿は二人とも盛る必要ないくらい良かったし、お兄様のヤンデレ粘着気質も物語だと良いキャラになる。


 ………………そうなのよ。

中二的な名前に違わず、お兄様ったらゴリッゴリのヤンデレ粘着気質だったの。

恋した女性以外には冷淡というこれまた物語にありがちな質だったせいで、知ってたのは家中の者くらいだったと思うけど。

 物語では最初は気にもとめていなかったのにいつしか……って展開にしたけども、実際は初見でガン見ロックオン。煮詰めすぎて赤黒くなっちゃったイチゴジャムみたいにドロリとした苦甘ったるい目で彼女を見つめていた。

 下手するとそのまま監禁しかねない勢いだったから、メイド長とアイコンタクトでさりげなく速やかに彼女を逃がそうとしたんだけど…………彼女は彼女でお兄様と目があった瞬間金色の目がぐつぐつ煮立てた蜂蜜みたいに蕩けて、幻覚に酔いしれる薬物患者のごとくほの暗くも背徳的な………………


(((お前もかーい!!)))


 その場にいた全員心の中で叫んだわ。



 知ってて止めなかったのかって?


 両思いヤンデレ二重奏なんかどうしろってのよ。

馬にどころかバイコーンの群れに蹴られそうだわ。

もっとも、何故か当人達だけはお互いの気持ちになかなか気づかなかったけど。

正直ちょっとウザかった。


 それでも何れ正式に愛人に迎えるのかなんやかやして正妻に仕立てるのかは判らなかったけど、出来るだけ(周囲が)穏便に収まるように根回しだってしていたのに、全く……


 ――――まあね、良いわよ。

二人はあれで満足なんでしょうし、どうせお家は断絶なんだし、家宝も何もかもクソッタレ王家に接収されるんだろうからあの指輪ぐらい()()()()にして差し上げた方が気分が良いわ。

代々のブラックローズの女に受け継がれてきたアレを、万が一にも王妃や王女の宝石箱に仕舞われたらと思うだけで吐きそうになる。


 そう、王太子達の思惑はどうあれ、きっとブラックローズ家の領地も財産も、これ幸いと全て王家に取り上げられる。


 だから


「いいこと?こうなったらうちの紹介状なんてあっても再就職どころか叩き出されるわ!この屋敷の家財一切合切、退職金と当座の生活資金として持っておいきなさい!後からガタガタ言われないように正当に下賜した目録を日付遡って今から作ってあげるから急いで!とっと走れ!!」


 せめて王都の屋敷の家財だけでもこれから職を失う使用人達にくれてやったわ!


 流石に一人じゃ捌ききれなかったから家令と侍女頭に書類作りを手伝わせて、私は相手の名前と日付、確認と認証のサインだけをしていく。


「ちょっと!こんな大きな壺、女の細腕でどうやって持ってく気?うっかり割れたらお仕舞いじゃないの!あなた衣装係だったでしょ?私の宝石箱はどうしたの?あっ!じゃないわよちゃんと自分で持てる換金しやすいものを選びなさい!」


「馬?!売るまでは飼い葉やらなんやら大量に要るのよ? え、実家が牧場?優秀な種牡馬が欲しかった? ならいいわ。蹄鉄や鞍も忘れるんじゃないわよ?」


「はぁ?私の肖像画なんて売れやしないわよ?むしろ見つかったら袋叩きに…………どうしても?…………全く、なら亡きお母様のお部屋のコンソールに私の細密画(ミニチュアール)があるからそっちにしなさい。あれならポケットに入るでしょ。あとちゃんと他にも金目の物持ってきなさいよ!?」


 決算期に詳細不明の高額領収書の束が出てきた時より慌ただしく怒濤の財産分与?を済ませた。

ついでに景気づけにお父様秘蔵のブランデーコレクションも残らず振る舞ってやったわ。


 流石に本当に一切合切とは行かなかったけど、持ち出せる高価な物はあらかた捌いた。

あとは洗濯メイドが用意してくれた良い感じに着古されつつちょっと可愛いワンピースに着替える。

あんまりボロすぎても不審に思われるものね。

 長く伸ばしていた金髪も、娘四人の子持ちメイドにざっくり切って貰って明るい茶色に染めた。

切った髪はいざとなったら売れるように、綺麗に束ねて布に包んで持って行く。

侯爵家の財力に見合った栄養満点の美食に育まれ、メイド達の熟練スキルで毎日丁寧に手入れされてきた一品ですもの、良い値が付くのは間違いなしよ!


そうして鞄一つに諸々詰めて、出入りの商人の荷物に紛れ込ませてもらい、休暇中ということにして隣町にいた使用人と合流し、また別の使用人と家族を装ったりして無事に逃げ延びたって訳。



「お嬢、お腹すきました~」

「あら、こんな時間? いいわ、じゃあお昼は市場で何か食べてきましょうか。」

「やったぁ~♪俺串焼きがいいです~」

「はいはい。」



 そんな様子を受付のおじさんに微笑ましく見送られ、自由都市の商業ギルドを後にする。

故郷から持ってきたのは鞄一つと館の護衛をしていた青年が一人。

 

 彼――ロブは良く鍛えてるし体格も良いんだけど、ふわふわの赤茶の髪とちょっと太めの眉毛に垂れ目の感じが暢気な大型犬を連想させる。


 先に言っとくけど恋愛感情とかロマンスは皆無よ。


 家財持ってけ祭りの時に使用人達に口を揃えて「お嬢様!ロブを持ってってください!」って押しつけられた。

 護衛としての腕は良いのよ。

剣技だけなら精鋭と名高い第一騎士団にも引けを取らないし、バフ魔法だって自力でかけられる。

勘も良いし、命令にも忠実。


 ただびっくりするほどアホ。


 悪い意味じゃ無くて……いや悪いのかしら? ええと、逃亡にあたり私の行き先攪乱とか複数の死亡偽装とかは散り散りになる使用人達に託して仕込んできたんだけど、ロブに関しては自室に「でっかいカブトムシ捕まえてきます。」ってメモを置いてきただけ。


 ――――ええ、そう。突然所在不明になってもそれで周囲に納得されちゃう奴なのよ。

王宮からの捜索隊がどこでどれだけ聞き込みをしても、ロブを少しでも知ってる人間なら

「またかよ。」

「心配しなくてもそのうちひょっこり帰って来るんじゃ無いですかね?」

「悪徳令嬢の逃亡を手助け? あの歳で迷子案内所常連のあいつが? 無理でしょ。」

「前なんかでっかいコガネムシ見つけたって言って掌大のゴ○ブリ持って来やがったんですよ?!信じられます??騎士様からも叱ってやってくださいよ!!」

 で終わる。


 確かに「侯爵令嬢が一人旅なんて出来るはずがない」っていうカードを捨てても女の一人旅の危険性というのは大きい。護身用の攻撃魔法くらいは使えるけど、プロや格上相手じゃ流石に詰むわ。

実際何回か襲われた時も一人で危なげなく撃退してくれたし、ロブのおかげで街道を外れて魔物も出る大森林を最短ショートカットなんていう無謀も出来た。



 隣の自由都市国家に入ってからは、あらかじめ用意しておいた商業ギルドの登録通りに、家の方針で行商修行中の娘と護衛につけられた従業員で通している。

今は私茶髪にしてるし兄妹設定も考えたんだけど、うっかり「お嬢」って呼ばれた時の面倒を考えるとね……演技させるのも不安があるからあまり関係性の変わらない立ち位置の方が良い。


侯爵令嬢と一介の警備にしちゃフランクじゃ無いかって?

まあね、でも最初からずっとこんな感じなんだもの。

本当に腕だけは立つからあのお父様も

「――――――まあ、社交に連れて行く側仕えじゃないしな……」

って大目に見てくださってたし。





「すいませーん、牛串三本と鶏モモを塩とタレ一本づつ!」

「おう、美人さんには焼きパンおまけにつけといてやるよ。」

「きゃー♪おじさん愛してるぅ!」

「いやーはっはっはっ」


 侯爵令嬢とはいえ、一般市民として育った前世のほうが生きた年数も長い。

所作やら口調なんかも今やすっかりちょびっと裕福な平民程度、違和感なく市井に紛れ込めている。


 商業ギルドでも

「最初はこんなお嬢さんが若いの一人連れて行商の旅なんて、訳ありかと思ったんだけどねぇ。」

「いやぁ、逞しいわ! こりゃ親父さんも太鼓判で後継者修行に出すってもんだ。」

「将来うちの娘を嫁に貰ってくれんかね。」

と評判も上々!


 ロブの方も

「お兄ちゃんぽやっとしてるけど強いねぇ!」

「こないだは助かった!恩に着るぜ!」

「いいか?ちゃんと嬢ちゃんに付いてくんだぞ? もし逸れたらすぐ警邏所に連れてって貰えよ?」

ってすっかり馴染んでる。

――――ええ、この町に着いてもう二回も迷子になって警邏所のお世話になってるわ。

不思議と私が危なそうな時はビビッときたとかいって駆けつけてくれるから良いんだけど。




 お父様もお兄様も亡くして、家も爵位も領地もないけれど、こんな風になかなか楽しくやってけてるから、国にも王太子達にももう思うところは無いわ。


 ていうか――――その、ちょっと申し訳なかったかもって……

 

 誓って『煉獄の果て、或いは至高の愛』に他意は無かったのよ?

ほとぼり冷ます潜伏中に今まで押さえてた創作パッションが爆裂したのと、出来れば(ささ)やかでも良いから継続的な収入があったら助かるなっていうのと、お祝いムードにちょっぴり差し水いれてやれって、ホントそれだけだったの。


 あと、まぁ……お兄様がただのマヌケ扱いされるのが嫌だったのはあるわ。

重くてちょっと?病んでようと、二人は本気で愛し合ってたんだもの。


 恋愛物というか純粋に物語を楽しむ為の本自体前世に比べれば少なかったし、悲恋物はあっても結果が心中っていうのは見たこと無かったから刺激が強すぎて駄目かもとも思ってた。

 暴露本に近いから、王家が強権振るって潰す可能性だって一応覚悟してた。


 それがこんなに大きな反響があって、お兄様の名誉回復とまでは言わないけどあの二人の結末に心を震わせ、涙してくれる人達がいることに救われた。

作品として絶賛してくれる沢山の声は純粋に嬉しいし、それぞれの思惑はあったかもしれないけど出版に手を貸してくれた人達には感謝しか無い。


 だからね、本当に他意は無かったの。


 ()()()()は王家からの間諜だったけれど、今回お兄様が一目惚れして突っ走っただけで、ハニトラ要員じゃ無かったのは判っている。

屋敷でそういう素振りは無かったと報告を受けているし、一線を越えた翌日お兄様がキモ……、いえウザ……ええと、フワッフワ浮かれてたけど、()()()()が無理して仕事しようとするのを見かねたメイド長が止めて休ませたって聞いたから、そういう訓練を受けてなかったのも明らか。ちょっと下世話だけど乙女の徴があったことも報告されてる。


首筋の痣の事は、聞いた話だがとかいってお兄様が惚気くさって、お茶の時間にする話かよと思いながら聞かされたのを覚えていた。

 一般的には瑕疵になる痣すら愛しいとかエロいなと思ってエピソードを取り上げただけだし、解る人に解って貰わないとだったから髪や目の色といった外見的な特徴もそのまま書いた。



 ところで断罪の時だけど、王陛下夫妻は西の王国の新王陛下の即位式に出席していたの。

西の王国は我が国よりずっと強大だけれど代々良好な関係で、前々から予定通りの行程だった。

 だけど、行ってみたらあちらの方から我が国に内密の要請があったらしいの。

何でも、先王の第三妃様の姫君、新王陛下の腹違いの妹にあたる姫が行方不明だとか。

赤子の頃に突然死したと思われていたのだけれど、実は第二妃の実家の陰謀で浚われていたことが最近発覚。

 その辺の後宮陰謀愛憎劇場は割愛するとして。

ともかく改めて厳しく再捜査された結果、浚った者がまだ乳飲み子だった姫を殺すのを躊躇って旅の若夫婦に密かに託し、第二妃の実家には殺したと嘘の報告をしていた事が判ったの。

だけど若夫婦は不運にも乗り合い馬車の落石事故で亡くなっていた。

若夫婦が命がけで庇ったのか唯一の生存者だった姫は、事故があった我が国の教会に預けられ、近隣の農婦のお乳を貰って無事に生き延びたそう。

教会のつつましい生活ながら健康で大人しく賢い幼児だった姫を、さる筋が見込んで引き取ったところで記録は途絶える。


 因みに、西の王国の直系王族は金色の瞳が出ることで知られ、新王陛下も猫のように鮮やかな金目でいらっしゃる。

今は亡き先代の第三妃様はそれは美しい黒い真っ直ぐな御髪と雪のような白い肌の美姫でいらしたとか。そしてご実家の伯爵家の言い伝えでは、その血を引く女児はかつて古の女神に仕えた巫女の末裔である証に赤い花の紋章を持って生まれるそうで――――――


 イエーイ☆国際問題勃発ウ!



 ――――ゴメン、不謹慎だった。

 いや、でも、だってマジで知らなかったんだもん。


 王陛下が帰国して、ブラックローズ侯爵家関連でゴタゴタして、ひとまず表向き綺麗な感じにまとめかけたところで『煉獄の果て、或いは至高の愛』が大ヒット!

 それを王太子等が苦々しく思ったのか心苦しく思ったのかは知らないけど、真っ青になった王陛下が事の次第を確認しようとしたところへ、実は西の王国でも同時発売していた『煉愛』をご覧になっただか内容を聞かされただかした新王陛下の武装特使が早馬で突撃してきて……………………ははは、今えらいことになってるみたいよ?


 お義姉様が西の王国の王妹殿下だったとか……時期が時期ならワンチャンハッピーエンドの可能性もあったのかなーって。

まあ今更どうにもならないけども。


 あくまで創作で押し切ろうにも作者は不明だし、実際お義姉様が預けられた教会の司祭様やお乳をくれた農家のご婦人方という証人がまだ元気で生きてらっしゃる。

 ええ、そう。その辺も『煉愛』で書いちゃった☆

だってキャラに深みを持たすにはやっぱり生い立ちやバックボーンが無いと。


 お兄様ったら彼女とそうなる前から経歴を調べて事故で天涯孤独になったあたりまでは調べ上げてたのよ。教会から引き取られて王家の間諜として教育されてた期間は流石に向こうが上手で偽の経歴を掴まされたみたいだけど。

 呆れたことに、家名は出さずに妻が世話になった、恩人だって密かに寄付やらお礼の品やらを贈ってたらしいのよ。

もう一回言うけど、()()()()()()()前によ?

せめて告白してからにしなさいっての。



 その事と遺体発見者である捜査官のスケッチから、左手薬指の指輪が確かにブラックローズ侯爵夫人の証だった事が正式に判定され、改めて二人が真剣な純愛だった事が証明され、また更に本が売れた。


 実のところ、見込みのありそうな孤児を教育して手駒になんてどこでもやっているし、非難されることでも無い。うちにだって何人か居たし。

間諜を送り合うのだって良くあることで、お義姉様が“次”に身体を使う任務を言い渡されたかどうかなんて、来なかった未来のことが判るはずもない。

 心中したのはヤンデレ二人の意思であって、王太子等がましてや王家が強制したわけでも無い。




 でもお余所の――しかも自分とこより強大な国の王妹殿下をそんなふうにしちゃったとか


 すんごい気まずいよね。




まあ、新王陛下は理性的で有能な方だって言うから流石に宣戦布告まではしないだろうし――――かつての第三妃様が密かな初恋だったっていう情報もあるけど。


 王太子達やホーリー伯爵令嬢も、キラキラお綺麗事お(つむ)の持ち主ではあるけど、責任感のある確かに有能有望な方々である事は知っている。




 ごめん、貴方達のこと信じてるから! 頑張って!




「お嬢~あそこのドーナツ食べたいです~」

「もう――――いいわ、また新しく仕入れの旅に出るから。今のうちに食べ納めしときなさい。」

「はーい、やったー!」


 ――――念の為、事態が収まるまでもう一個くらい国を挟んでおこうっと。


ここまでの話の予定だったんですが、多分あと1話だけ続きます。


【追記】後1話で終わんなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ