第2話:「※イツワリノアオハル Day1」
正門に飾られた大きなゲート。
そこには、高校の名前と、「第○回学校祭」の文字が揺れていた。
(どんな状況でも、楽しめってことか……)
胸の奥に、微かに痛みが走る。
でも、今はただ笑うしかない。
教室に入ると、レストラン班に仕立てた机とイスが並び、
クラス全体に張りつめた高揚感が漂っていた。
担任の先生が最後の注意事項を伝えると、
クラス委員長が、声を張った。
「私たちの、これまでの努力が試されます!
――学祭、楽しむぞー!」
「「「おー!」」」
教室いっぱいに響いた掛け声。
先生も、嬉しそうに微笑んでいた。
(……これが、演じられた“団結”だとしても)
この学校では、それが“正しい答え”だった。
停戦合意。
この学校の生徒なら誰もが知っている。
だけど、誰もが知らないフリをする。
格差があろうと、心に溝があろうと、
この三日間は、全員が“なかよし”を演じる。
俺――野中 蓮も、その中の一人だった。
(……許してくれ、先生)
クラスの役割分担通り
俺たち「雑務」組はジャージに着替え、校舎周辺の清掃に出た。
落ち葉を拾い、ゴミを集め、植え込みの枝を整える。
校内からは、模擬店の準備に沸く笑い声と、
軽音部のリハーサルの音が漏れてくる。
(……ここが、俺たちの場所か)
清掃作業をしていると、昼のアナウンスが流れた。
「これより、第○回文化祭を開始します」
校舎から、歓声と拍手がわき上がる。
俺たちは、ただ静かに、黙々と作業を続けた。
地域住民に軽く会釈しながら、
落ちたゴミ袋を拾い上げる。
表向きは、
自主性に富んだ素晴らしい学校。
けれど実際は、
オタクたちを「見せない場所」に押し込む、
現代の隔離政策だった。
それでも、
俺たちは笑わない。
誰にも負けないくらい、黙って働いた。
清掃作業が終わり、
手洗い場で汗をぬぐいながら、静かに息を吐く。
(昼飯、確かPTA室だったっけ……)
弁当を取りに向かう途中、
模擬店の教室の喧騒の中で、
ふと視界の端に映った。
教室前の廊下。
誰かが困ったように立ち尽くしている。
美鈴だった。
細い肩をすくめながら、
誰かに声をかけようとするけれど、
なかなか言い出せずにいる。
(……どうする)
一瞬、立ち止まった。
本来なら、スルーするのが正解だ。
俺たちは“雑務要員”。
表に出る資格なんて、ない。
でも――
前夜祭で、美鈴が言った言葉が頭をよぎった。
「停戦中だし、ね」
(……停戦合意中、か)
苦笑いして、
俺は歩み寄った。
「……何か、手伝おうか」
美鈴は、
一瞬だけ驚いた顔をして、
すぐに、はにかむように微笑んだ。
「……いいの? 本当に?」
「ああ。どうせヒマだし」
軽く肩をすくめると、
美鈴は安心したように、ほっと息を吐いた。
「じゃあ、ちょっとだけ……お願い」
その声は、
いつもの教室で聞くより、
少しだけ、柔らかかった。
俺が任されたのは、
皿洗い係と、簡単な配膳サポートだった。
正直、地味な仕事だ。
でも、
誰にバカにされるわけでもなく、
誰に睨まれるわけでもない。
ただ、
必要とされて、
必要とされた分だけ動ける。
(……なんだこれ。居心地、悪くないな)
汗を拭いながらふと見上げると、
美鈴が客席の整理をしながら、
ちらりとこちらを見た。
目が合った瞬間、
美鈴は微かに微笑み、
すぐにまた忙しそうに動き出した。
「すみませーん!」
お客の呼びかけに、慌てて応じる姿。
(……別に、特別なことはないけど)
でも、
胸の奥で、何かが確かに震えていた。
1日目の営業が終わり、
レストラン班の撤収作業が始まった。
俺は、食器を片づけながら、
そっと、美鈴を見た。
彼女は、最後まで一生懸命だった。
誰よりも丁寧に、次の日の準備に取り掛かっていた。
片付けが終わった後、
小さな声で、美鈴が言った。
「……ありがとね」
「ああ」
俺はそれだけ返して、
静かに会釈した。
それだけだった。
それだけだったけど、
今日の俺にとっては、
それがすべてだった。