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プロローグ:文化祭準備期間

夏休みが明けて2学期のある日のこと


「はい、じゃあ次――演劇班の主役は、東條くんと藤田さんで」


教室に響く学級委員長の声。

班分けや担当決めは、あっという間に決まっていく。


まるで活発な意見交換が行われているように見えるけど、実際にはそうじゃない。


だって、話し合いはもうとっくに終わっていたのだから。

……つまり、「談合」だ。



この学校では、「オタク・イケメンに関する地位協定」と呼ばれる、

目に見えない力が存在している。

成績、容姿、人気。

何かひとつでも足りなければ、「オタク」の枠に入れられる。

「オタク」に振られるのは、最低限の“義務”だけ。

それ以上は許されないし、許されても期待されない。


 


教室の片隅には、「生徒間調整報告制度BOX」という目安箱がある。

誰が入れているかもわからない、何が起きるかも説明されない。

でも、気づいたら誰かが“黙らされている”。


もちろん、それをどう“処理”しているのかを知っている人間なんて、ほとんどいない。

ただ、空気だけは、みんな正確に察している。


――この学校には、何かが潜んでいる。

俺――野中 蓮も、その中にいた。


 


ただ、この協定にも一時的な“例外期間”がある。

いわゆる、「停戦合意期間」だ。


運動会、文化祭、災害時など、教師たちが特に目を光らせる時期。

その間だけは、地位協定は“なかったこと”にされる。

先生たちに知られれば問題になる。

だから、表向きだけでも仲良く、健全に、青春っぽく振る舞う必要がある。


でも、それは本当の青春なんかじゃない。


ただの“演出”。

与えられた役をこなすだけのアオハルごっこ。


「で、照明・音響・大道具は……」

「オタ組でよくない?」


教室の中で、誰かがそう言った。


笑いが混ざるその言葉に、誰も異議を唱えない。


「……まあ、やるけどさ」


そうつぶやいて、俺は静かに筆を走らせる。


 


だけど、その空気の中で――

ひとつだけ、違う目があった。


西村 美鈴。


彼女は、教室の輪の中にいながら、ふとこちらを見た。


目を逸らすでもなく、眉をひそめるでもなく。

ただ、黙って、なにかを考えるように。


(……なんで、そんな顔するの)


あの日、俺が見た唯一の“違和感”。

そしてたぶん、美鈴にとっても――あれが、最初の一歩だったのかもしれない。



役割が貼り出され、活動が始まる。

俺たち「オタ組」に割り当てられたのは、いつものように裏方の仕事。


レストラン班では皿洗い。

演劇では大道具、木の役、記録係。

本番が終われば、なにごともなかったように“退場”。

それが、ずっと続いてきた「流れ」。



でも、その中でひとり、黙っていなかったのが――佐藤 涼子だ。

演劇の配役が決まったあと、彼女はずっと様子を見ていた。


(……あたしたち、練習してた台本、もう出番ないってこと?)


主役になった藤田さんでさえ、今では目を落としたままセリフを読むのがやっとだった。

誰も口には出さない。

それが“クラス”のルール。

それでも、涼子は心の中で静かに決めていた。


(もし何かあったら、絶対にやってやる)


それから、女子キャストを中心に、彼女は裏で練習を重ねはじめた。



そしてある日、俺たちの元に“それ”が届けられる。

場所は資料室近くの、人通りのない廊下。

手渡されたのは、演劇の詳細台本と、

小道具の仕様資料のPDFファイル。


「これ、あんたらに渡しておく」


渡してきたのは、イケメン側の生徒だった。

でも、その目にはどこか距離があった。


「……いいのか?」

「空気が、もう耐えられなくてさ。

それに、学祭はちゃんと成功させたいし」


しばしの沈黙のあと、俺はその資料スマホ越しで受け取った。


「誰にも言わない。ありがと」


そのとき、少しだけ“何かが変わる気配”がした。

 


――そして、前夜祭が始まる。

与えられた青春じゃない、“本物”のアオハルが、ここから少しずつ、動き出していく。

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