ミントの血縁者達
馬車がミカロンに着いたのは、次の日の昼頃だった。真夜中の行軍を強行した訳だが、ガレンとその仲間達が護衛に付いていてくれたお陰で、馬車の中では割とゆっくり過ごすことが出来た。
本当はこの輿入れ場車で送ってもらう筋合いなど俺達には既に無いのだが、シトラも御者も特に文句は言わなかった。ただもう俺達の方は王城まで付いて行く必要は無いので、街に入ってすぐ2人には礼を言ってお別れし、その後は俺とミントとネビルブと、何故かガレンの4人連れとなった。
俺達は、何はともあれクリムの母の実家、つまりカナリーさんの実家に匿って貰っていたクリムを尋ねる。中に通され歓待を受け、昼食までご馳走になる俺達だが、俺はクリムの祖父母にミントを紹介した時の彼等の微妙な反応、驚いた様にはしているがどどうにもわざとらしい、そんな様子を見て確信していた、この二人はミントの事を知っている!
食後のお茶をいただきながら、俺はそこを抉って見る。
「改めて、コイツが今回クリムさんの替え玉を務めた俺達の仲間です。どうですか、まるで"双子"みたいでしょう。名前は…ミントっていいます!」
俺は務めて明るく老夫婦にミントの紹介をする。手にしようとしたお茶をひっくり返す老婦人。
「おっと失礼、ひょっとして双子ってのはそんなに愉快な話じゃ無いのかな?」
うつむく老夫婦。
「魔族は出生率が低いせいですクワな、此処魔大陸では"生まれ"へのこだわりが強いんでクエ。"混血"はとにかく嫌われますし、魔族の出産でまず見られない"双子"というのも"動物みたいだ"とか言って不吉と忌避される事が多いでクエ。人間の夫婦でさえ双子が生まれると1人を他所へやってしまうという話は良く聞くでクエ。」
そんなネビルブの解説が終わるや否や、
「すまなかったっ!」
ミントに向かって土下座する勢いの老夫婦。何の事か分からず狼狽するミント。
「前王の妃、ジン王のお母上が我が娘の懐妊に烈火の如くお怒りになって、娘は私達が匿って秘密裏に出産に漕ぎ着けたのです。ところが生まれたのは何と双子の娘。人間と魔族のハーフというだけでも生き難いだろうに、その上双子で生まれたとあっては虐め殺されてしまうと思い、何とか娘を説得して生まれたのはクリム1人だったという事にして、妹のミントは一旦わし達で引き取る事にしたんです。」
「なん…」
目を見開くミント。クリムも驚いた顔でミントの顔を見つめる。祖父の話は続く。
「しかし当時のわし達は自分らが食べて行くのがやっとという状態でして、ある親切そうな方の里親を探してあげようという甘言につい乗ってしまったんです。その方にミントを預けてすぐ連絡が取れなくなってしまって、何の事は無い、人身売買の業者に引っかかってしまったんです。探す当ても無いままなす術もない私達を娘は半狂乱になって責めたものです。だが、娘の悲劇はそれだけでは済まなかった。ジン王の母親からの更なる冷遇は続き、クリムまで取り上げられ、城からも追い出されてしまったんです。」
もう言葉も無い俺達、俺はカナリーさんの人生に思いを馳せずにはおれない。
「その後娘はわし達を頼る事は無く、一人でミントを探し続けていたと聞きますが、今はもう生きているのかどうかも…。ああミント、お前は生きていたんだね。すまなかった、すまなかったなぁ…。」
ミントに縋ってはらはらと泣き崩れる老夫婦、今はミントの手を握り締めて下を向くクリム、居心地の悪そうなミント。
「人間の女性が1人だけで町の外へ出たんじゃあ、まず生きてはいないだろうな。悪い野盗も出るって言うし。」
俺の言葉に、隣でボロボロと貰い泣きしていたガレンがガタッとずっこけるが、彼女等の母親に関してひょっとしたらという希望を持たせたくも無かったのだ…。
突如として姉やら祖父母やら腹違いの兄やらを持つ事になったミントは嬉しい半分戸惑い半分、やたらべったりとくっついて来るクリムに対し、まんざらでも無い様子。そんな2人を残し、俺は老夫婦を部屋の外に連れ出し、彼等にだけ真実を伝えておく事にした。
「あんた方の娘のカナリーさんなんだが、実はつい昨日亡くなった、俺の目の前でな。魔族を手に掛けたことが元で、魔王に粛清されたんだ。」
ある程度は覚悟していたか、老夫婦は肩は落とすが衝撃までは受けない。
「そしてその少し前にカナリーさんとミントは会っている。ミントは気付いていないがカナリーさんは一目でミントと分かった様だ。そしてその亡くなる間際、俺は娘さんからくれぐれもミントの事を宜しく頼むと懇願されている。」
「そうですか…、最後だけでもあの子はミントの無事な姿を見る事が出来たのね。せめてもの…」
その後は声を詰まらせる祖母。俺の中ではやっと探していた娘と会え、これから多少なり再会の喜びを味わって色々と報われる寸前のカナリーさんの人生を暴力的に終わりにした魔王と、実行犯の真エボニアムに対する怒りが湧き上がって来る。
祖母の言葉の後を引き継ぐ形で祖父が口を開く。
「生きていてくれた可愛い孫を引き取って世話してあげたい気持ちはもちろん有ります。だがわし達ももう高齢、この子に紹介出来る様な職場も知らない。満足な暮らしをさせてやる事も出来無いかも知れないと言うのが正直な所です。かと言ってクリムと共に城でお世話になるというのも、今でさえジン王以外からのクリムへの対応は冷たいそうですが、更に双子だったとなったら余計に酷い扱いをされるんじゃ無いかと思えてしまうんです…。」
「それについては…カナリーさんに頼まれた手前も有るので、俺も考えるつもりだけどな。」
祖父母の対応も冷たく感じたが、この大陸の人間の平均寿命に夫婦とも達してしまっている様なので、無理も無いのかも。
とは言え俺にも確たる当てが有る訳でも無い。何せこの国には知り合いは少ないし、カナリーさんの血縁筋と言っても人間だろうから余裕は無いだろう。
いっそ国外へ? とも考えたが、お隣の国ビリジオンにも有力な当ては無いし、第一ミント自身がもう二度とあそこには顔を出せない状態だ。
ならばその又先のザキラムを頼るか? しかしあそこはつい最近も別の知り合いの保護を頼んだばかりだし、そうそう何度も頼るのも申し訳無い。
「第一ザキラムは遠いよなぁ…。」
と、思わず口を継いで出てしまった。
「だったら我がエボニアム国にお連れになったらいかがですクワ?」
急に俺の独り言に答えを返して来るネビルブ。
「エボニアム国? それ余計遠いだろう。」
キョトンとして聞き返す俺にネビルブが小さくため息。庭に俺を連れ出すと、嘴で地面に簡単な地図を書きながら説明してくれる。
「この大陸は頂上から瘴気を撒き散らす魔の山、ミドナ火山を大陸の中心に置き、その周囲の広大な内陸部である魔王領。そして更にその周囲を東西南北4つに分割する形で四天王それぞれの国が存在しているでクエ。我がエボニアム国は最も人族の住む大陸と近く、対人族の最前線である東側に位置しています。そしてその右隣の南側の国がザキラム。更にその隣の西側がビリジオン。その又更に隣、北側の国がここダイダンでクエ。つまりエボニアム国はダイダンの隣の国でクエ。」
「そうなの? 」
思わず少し素っ頓狂な声が出る。いつの間にか俺はこの大陸を1周してしまっていたのか。そうなると我がエボニアム国行きも俄かに現実味を帯びて来る。確実に仕事が有って、ハーフの者でも偏見なく手を差し伸べてくれそうな場所と言えば…。