暴走するコラル・ギャング
次の日になった。早朝から二階の清掃を完璧にこなして第五夫人をぐうと言わせ、美味しい朝食をいただき、さて今日も視察に出るか…と、いうところ、馬車の準備を待つ俺達の耳にも聞こえて来た大事件。たった今、あのコラル村のギャング集団が、豪商であるギャロット商会の倉庫を襲って略奪行為をしているのだと言う。
「ギャロット商会って、昨日第一夫人が一日中手厚い接待を受けていたでかい商会でクエ!」
ネビルブの叫びにガレンが呼応する。
「メイドのお嬢ちゃんがチラッと言ってたろ、税金として課せられる全収穫の6割分を現金でってやつ、商人に買い叩かれたら生産者の元にはなんにも残らないとかってな。これが実はもしやでも何でもないんだ。正に"買い叩く"勢いで収穫物を独占的に買い上げてる商人てのが他でも無い、そのギャロット商会でさあ。」
「それは…、狙われる理由は充分だなぁ。」
もう視察どころでは無い。とは言えどうするべきか…、俺自身コラルギャング側にも商会側にも義理は無い、心情的に少しギャング側に近いくらいだ。
「とりあえず、顛末を見届けたいですー。」
と言うミントの意見には賛成だが、荒事の現場にゾロゾロ馬車でって訳にもいかない。
「俺だけ行って様子を見て来よう。ただ場所が分からん。」
「俺がご案内しましょう。」
そう言うや裸馬に跨ったガレンが先導するのに空から付いて行く俺とネビルブ。
商会の本部ではなく倉庫施設という事で、向かって行くのはやや郊外の方、道行く人もまばらな辺り。その一画に巨大な倉庫が立ち並ぶが、その一つが襲われている。
「商会の私兵が抵抗はしてますが多勢に無勢ですな。こりゃ正規軍が出張って来ないと抑え込めないでしょうが、マゼンティア分隊の士気の低さからすると、間に合わない可能性も高いんじゃ無いかな。」
状況を見て、そんな判断をするガレン。実際商会の私兵と思われる連中は腕に覚えのギャング数名に抑え込まれ、その間に実に手際良く倉庫内の農作物が略奪されて行く。よく見れば倉庫の壊された部分は極く一部で、コラル・ギャングの動きの無駄の無さが伺える。
牽制で威力より派手さ重視の魔法が何度も炸裂している、あの副村長だ。相手を無用に傷付けない様にしている、と言うより単に効率重視の様で、実際結構死傷者は出ている様だ。どっちに肩入れも出来ず様子見していると、倉庫側から武器…クロスボウとかいうんだっけ…を構えて飛び出して来る人影が有る、割といい服を着た女性。
「これ以上うちの商品を盗むなぁっ!」
そう叫びながら矢を射掛ける。まあ、当たりはしないが脅威では有るだろう。と、もう一人同じ出入口から顔を出す人影、こちらも身なりが良い男性、多分商会で地位のある者だろう。
「出ちゃ駄目だよポピー! 危ないからっ!」
先に出た女性に対して必死に呼び掛けている。コラル・ギャングの方はこれには気づいていない様子。
「ありゃあ昨日第一夫人の接待をしてたおっさんでクエ。確かあの商会の"商会長"とか言ってたでクエ。」
「ギャロット会長かい⁈ 何と丁度こっちに居たって事だ、運が良いのか悪いのか。確か娘が1人いるって聞いたが、もしや。」
その時、女性…ポピー嬢?の放ったクロスボウの矢が副村長に向かう、咄嗟にこれをかわした副村長は、その時放つ準備をしていた魔法を矢が来た方向に放とうとする。
「それは駄目だ!」
俺は慌てて飛び、ポピー嬢の元に駆け付ける…が、間に合わない! 放たれた弾丸のごとき石つぶて、あれは殺る気のヤツ、ヤバい!
「駄目だ副村長っ!」
俺の叫びが届いたか、状況に気付いた副村長。だが石つぶてを飛ばすという魔法は止める事が出来ず…、それがポピー嬢を捉えようとした瞬間、
「きゃっ」
「ゔごおおぉ…」
「お…お父様ぁっ!」
そんな彼女を庇ったのはギャロット会長、石つぶての弾丸をその背に全て受ける。土壇場で、身を挺してポピー嬢を守った会長、やっぱり親娘だったんだろうなぁ。
「お父様、お父様っ…」
泣き喚く娘。しかし彼女が必死に揺り動かす父親は娘の無事に満足し、そのまま息絶えて行く。この惨劇を引き起こした本人、副村長がその様子を呆然と見ている。副村長が手に掛けようとしたその娘はよく見れば未だ子供、人間で言えば10才くらいの少女だったのだ。そして彼女の目の前でその父親を惨殺するという暴挙を犯す事となった副村長。
略奪用の荷車がいっぱいになったので引き上げを開始するギャング達、促されてその場を去ろうとする副村長に向かって少女ポピーが叫ぶ。
「許さない! お父様を殺したコラルの魔女、絶対許さない‼︎」
魔女と呼ばれた副村長はもう振り返る事も出来ない。村長が寄って来て、
「偶然とは言えあの強欲な商人ギャロット商会長に天誅を下せたんだ。殊勲賞ものだよ。」
と、慰めめいた言葉を掛けるが、副村長の答えは無い。そんな様子を見届けた後、ポピーの方へと目を移す。2人の元に何人かの者が駆け付けているが、商会長に対しては出来る事も無く、ポピーに慰めの言葉を掛けるのか関の山の様子。暫し号泣していたポピーだが、やがて立ち上がると、
「魔王様への直訴を行います!」
と、宣言する。周りの者が一斉にどよめく。どうやらほとんどの者が反対する空気の様だが、ポピーの意志は硬そうだ。はて、魔王様に直訴って、何か問題なのか? と、疑問を感じながらもガレン達の所へ戻る俺。俺に気付いていたのは副村長とポピーぐらいの様だが、どちらもそれどころではなさそうだ。そんな訳で何もせずに帰る事にする俺達2人と1羽。
帰る道すがら、ネビルブに"魔王様に直訴"の件を質問してみる。
「ああ、そういう制度は有るでクエ。実際に活用されたという話はついぞ聞きませんグワ。」
「何か特別な制約の有るものなのかい?」
「まあ、効果は絶大という話ですグワな。その分リスクも大きくて、魔王様の気分次第では代償はお前の命だぁとか言われるって噂も有るでクエ。それを回避したとしても、基本的にその者が所属する国の首長の顔を潰す事になりますんで、その国にはもう居られないでクエ。」
つまり…、命懸けって事じゃん、あんな小さい子が。そりゃ周りも止めるだろうな。でもあの子の意志は硬そうだったしなあ…。さすがに年端も行かない少女の行く末に思いを馳せずにはいられない俺であった。