マゼンティアの現実
その後はもう一つの"お使い"で、また別の村へと向かう我々一行。そこはコラル村ほど敵対的では無いとは言え、慢性的に税金の滞納が続いていると言う。
行って見ればこちらは寂れ果てた農村で、やはり大半の住人が人族。一応ここの村長は魔族の様で、住人の不満を何とか抑え込めてはいるそうだが、みすぼらしい屋敷の様子から裕福では無いだろうとは伺える。我々はこの村長に税の督促状を届けに来た訳だが、泣きながら土下座で許しを請われるわ、滞在中終始住民達の恨めしげな視線に晒されるわ、正直かえってこっちの方が心にダメージが大きかった。
帰り道も、ミントは無言で舌打ちしているし、シトラもつい不満を漏らし始める。
「督促状をチラッと見ましたけど、農作物の全収穫に対して6割を現金で収めろと有りました。無茶苦茶です。ダイダンでは作物自体を全収穫の4割です。それでもきついのに、6割、しかも現金なんて…。商人に買い叩かれでもしたら、何にも残らないですよ。」
俺はふと、エボニアム国の現副将軍のジャコールが人族の農民が支払う税を"全収穫量の3割"と打ち出した時、(高っ)と思った事を思い出した。実は随分と良心的だったんだなぁ。
「この国…てえかこの大陸じゃあ人族は搾取されるものってのが常識みたいな考えですんでね。そもそも魔王様がそういうお考えなんで、ジン・レオンは忠実にその通りにしてるって訳で。ガリーン辺りは打算的に従ってたかも知れないかな。ちったぁマシなのはザキラムくらいですかね。エボニアム国に至っては人族は魔族や鬼族の食糧扱いですからな、生き地獄って評判です。まああそこよりゃマシなんでしょうが、このマゼンティアも人族の扱いは家畜以下ですんでね。昔から酷かったがエンジャンが更に悪くしていってる。人族だって国を捨てたり強硬派になったりしまさぁね。」
今は車内の方を向いているガレンが語るマゼンティア地方の人族の現状。そう言えば元マホガン盗賊団の構成員はかなりの割合人族だったのを思い出した。そういう国を捨てた人族の受け皿になっていたのかも知れない。
「そんな強硬派が徐々に勢力を増している状態では有るんだが、それを抑え込むだけの力が今のマゼンティアには無いんでさぁ。」
「あれ、マゼンティアにはダイダン、てか昔のイエレンと拮抗する軍事力が有ったんじゃ無いのかい?」
と、俺が疑問を差し挟む。
「昔はね。マゼンティアの軍は今は名目上ダイダン軍のマゼンティア分隊って言う扱いなんでやんすが、その運用や維持はこの領の領主であるエンジャン卿に一任されてましてね。最初から少し削がれた戦力だったマゼンティア分隊ですが、エンジャン卿の管理下になってからはより弱体化が進んじまって、今じゃマゼンティア内部の反乱分子すら取り締まれない始末で。今だったら俺達元傭兵の仕事も有るんじゃないかと粉かけてみたりもしたんですが、治安維持に回す金が無いとかでね。」
自分等はあんな優雅な暮らしをしといてかよ! 何だが聞いててイライラして来た。
「クリム姫に何かが有って、ジン・レオンが出張って来る事をむしろ狙ってたんじゃ無いかと勘繰っちまいますがね。恩を着せられる事無く心中の虫を退治して貰おうって魂胆じゃないかと。」
うん、たぶんそれが正解だろうな。とりあえずエンジャンって男の"底"は見えたし、何がしたいのかも大体分かった。分からないのは…溺愛する妹をこんな奴の元へ嫁がせたジン・レオンの真意だが…。
エンジャンの屋敷に帰り、報告を行って、日暮れまで庭掃除とかやらされて(今度は第四夫人がチェックに来たが、シトラ主導の庭掃除はやはり完璧だった)、昨日同様見てくれは悪いが味は間違い無い夕食を遠慮なくいただいて、その晩の事。例によってバルコニーで落ち合う俺とミント。今夜はそこにネビルブも呼んで報告を受ける。
「まあ5人もいますんで、全員にピッタリ張り付く事は出来ませなんだグワ、皆さん実に優雅にお過ごしでしたなぁ。第一から第四までの夫人方はボニー様達と同じく"視察"に行かれたんですグワ、行った先々でそれはそれは手厚い接待を受けておられたでクエ。いずれもみんなかなり羽振りのいい商人の所で、お屋敷のいわゆる御用商人なんでしょうなぁ、奥様方とも親密な様で、豪華な食事や贈り物尽くしで、皆さんご満足そうだったでクエよ。第四夫人などは文化的視察とか言って、劇場に特別席を設けて貰って1日観劇でクエ。王子役の若い役者に入れ上げて楽屋に入り浸ってたでクエね。」
…まあ、マゼンティアの財政を食い潰しているかもぐらいには思っていたが、どうもそれどころでは無さそうだ。御用商人と癒着?
「そうそう、第五夫人だけは内勤で事務仕事をされててクエが、不満そうでしたなぁ。憂さ晴らしに使用人達の仕事の粗探しをしてた様ですグワ。」
なるほど、若い嫁ほど割りを食うのは仕様なんだな。まあミント=クリムの受けてる仕打ちはちょっとそういう次元では無いが。
「ん?」
その時俺はふとある事に気付く、誰かが魔法を使っている。生活魔法の様な小さい物では無い。目を凝らしてその方向を見ると、それは何と俺達の馬車の中での事の様だ。目を凝らすのと同じ様に角の根元の魔法感知器官を"凝らして"みると、それは通信の魔法である事が感じ取れた。何者かが誰かと連絡を取っている。次に耳を凝らすと、話し声や幾つかの単語が微かに聞こえて来た。
現場はここから数100メートルは離れており、知覚オバケの俺でなければ出来ない芸当だろう。飛んで行って確かめても良かったが、何となく何が行われているのか予想出来たので、"カチコミ"は敢えて今は避けておいた。