テンプレ嫁いびりを跳ね除けろ!
兎にも角にも何とか無事に乗り切った"新婚初夜"だったが、実害が降りかかって来たのは早くも翌日の事だった。朝…と言うか未だ空が白み始めた位の時間、ミントとお付きのメイドのシトラに当てがわれた部屋に隣接する支度部屋で寝ていた俺は、近付いて来る者の気配に気付いた。特に足音を忍ばせるでも無い様子にそこまで警戒はしなかったが、その者はノックもせずにミント達の部屋へ突入して来る。そして…、
「ちょっと新米さん、いつまでお客様気分で寝ていらっしゃるおつもりかしら!」
等と声を上げながら寝台の毛布をいきなりかっ剥がした。しかし、
「あ…らら?」
そこにミントの姿は無かった。呆然の侵入者、あれは…、確かあの場に居た、第五夫人?
「ひっ!」
その第五夫人の首筋に後ろから刃物が押し当てられる。ミントも俺同様彼女の接近に事前に気付いてドア裏辺りに隠れていたのだ。さすが首になったとは言え元諜報部員。俺は開け放たれたドアからその様子を見てまた少しこいつを見直した。
「あーら、失礼しましたお姉様。いきなりの押し込みだったので、強盗かと思いましたー。」
そう白々しく言いながら果物ナイフを引っ込めるミント。
「こここ…、これは何なんですか、こんな…朝とさえ言えない時間にいきなり、失礼過ぎるのでは無いですか⁈ 」
1人出遅れたシトラが何とか目を覚まし、突然の狼藉に強く抗議する。対する第五夫人の方もようやくこの辺で復活。
「それは…、今申し上げた通りですわっ、いつまで寝てらっしゃるおつもりかって! 此処ではね、一番若い嫁が一番早く起きて、屋敷のお掃除にあたる決まりですのよ。今日は一階フロアですわよ。明日は二階、次は三階。大ホールに、大浴場の日も有りますわ。さ、とっとと支度なさって。朝食はそれが終わってからですわよ!」
と、勢いで捲し立てる。
「そんなバカな、クリム様は此処へ嫁として入ったんであって、下働きで雇われた訳じゃありません。姫様に、掃除なんて、それもこんな時間に…」
更に猛抗議のシトラ。お嫁さんが朝から家の掃除をする…、そんなおかしくも無いかな、等とピンボケな事を考える俺。
結局うちのしきたりですからの一点張りの第五夫人の言うがまま掃除用具を手に持つ俺達3人。形状は少し見慣れないが、目的が掃除の道具という時点で使い方の想像はつく。
「仕方ありません、掃除なら私の得意分野です。私がやりましょう。お2人はそこで見ていて下さい!」
何やらファイトを燃やすシトラ、早速窓拭きから始める若いメイド。確かに手際がいい、窓を1枚、2枚、次々と済ませて行く。暫く見ていて手順や手足の運びなど覚えた俺は、隣の窓に張り付くと、全く同じ動きで作業を始める。俺の観察眼とほぼイメージ通りの動きが出来る身体操作の能力をもってすれば掃除の技術ぐらい余裕で完コピ可能だ。何なら踏み台を使わなくて済む分俺の方が能率がいい。
「…ボニーさんだっけ? 結構手際いいじゃない。」
シトラがちょっと意外そうに、俺の働きぶりを褒めたのを聞いたミント、何やら対抗意識を燃やした様で、更に隣の窓に組みついた。こいつも相手の動きを良く見るのは得意な筈なので、かなりの再現度でシトラの手際をコピーしている。
「ああ、ですから姫様が掃除なんか…、お上手ですね…。」
と、それ以上言葉が出ないシトラ。まあクリムは知らないが、俺もミントも掃除くらい普通にして来たし。
その後、元々手際のいいシトラの掃除が3倍の能率になり、ランプや調度品の清掃、壁やドアの清掃、最後に床の清掃まで。2時間もすれば後他にどこをやりましょうか状態。
その頃合いになってやっと、第五夫人が様子を見に来る。
「さあ、間も無く朝食の時間になりますわよ。どこまで出来ましたの…か…し…ら…?」
既にくつろぎ気味の俺達の元へ鼻息荒くやって来たものの、すっかりキレイな一階フロア。一瞬言葉を失う第五夫人だったが、気を取り直し、いきなり窓のさんを指先でツーッとなぞる。
「なっ!」
思わず声を漏らすシトラ。
「適当な仕事をされては困りますわよ。ご覧なさい、ここにまだこんなにホコリが…、無いわね…。」
「なんて事をなさるんですかっ!」
シトラがたまらず抗議の叫びを上げる。そりゃこんな嫁いびりのテンプレみたいなことをされれば…
「ここはクリム姫自らがキレイにされた窓です。そこにそんな指の脂をいきなりなすりつけるなんて!」
って…あれ?
「な、なんですって、わたくしの指が汚いとでもいいますの?」
と、抗議し返すが、明らかに勢い負けしている第五夫人。
「当たり前です! 人の地肌には多かれ少なかれ脂が付いているものです。それが付着した所から変色したり、カビが生えたり、金属が悪くなったりするのですよ!」
更に畳み掛けながら夫人の触ったところを拭き直し倒すシトラ。
「す…すみません…。」
完全に勢いに負けて謝ってしまう第五夫人。どうもこの夫人は最初から威張り方が堂に入っていない。まあそれもその筈、ここまでの彼女の言い草から考えれば、一番若い嫁が一番虐げられる、つまり昨日までそれはこの第五夫人がされていた事で、この朝清掃も彼女の役目だったのだ。昨日やっと自分より目下の嫁が入って来て、今日初めて威張ってみて、失敗、という事だろう。少し可哀想になったりして…。
という訳で、我々は大手を振って朝食の席へ。「あら、掃除はどうなさいましたの?」とか聞いて来る夫人もいたが、第五夫人が「完璧でした…」と俯き気味に報告。不服そうな空気ながらもその報告は尊重され、席に着くミント。だが俺は別の違和感に気付いた。ミントの元に運ばれて来る料理が明らかに他の夫人のものと違う。何というか、盛り付けがいい加減なのだ。食器も明らかにグレードがダンチだ。シトラも気付いた様で、ちょっとワナワナしている。
もちろん俺とシトラは昨日と同じ、厨房の端の席で朝食をいただく。そこで昨日から割と俺の食いっぷりを気に入ってくれている料理長に質問してみる。
「うちのご主人である姫様の料理が他と違う様だけど、わざわざ変えて作るなんて面倒臭く無いのかい?」
「ああ、ああいうのは俺も嫌いなんだが、カーマ様の指示でね。食器は使用人用のやつで、盛り付けは見習いのもんにやらせてるんだ。躾の為必要な事なんだそうだ。」
と、料理長。
「カーマって、第一夫人だっけ。料理は中身も違うのかい?」
「いや、料理自体は一緒さ、お前さんが食べてるそれと同様な。」
料理長のその言葉を聞いて、俺はすっかり安心した。こんなのミントには屁でも無いだろう。と、隣からその第一夫人の声が聞こえて来る。
「何なんですの貴方のその下品な食事マナーは!」
「あらー、わたくしの前のお料理だけ明らかにお姉様方のお料理みたいな気取ったものでは有りませんでしたので、そんなに気取る必要は無いから好きにお食べなさいと言っていただけているのかと思ったんですわー。食器なんかも貴族が使うものとは思えませんし、それで構わないですよねー。」
と、続いてミントの答えも聞こえて来る。あいつめ、嫌がらせを逆手に取って美味い料理を好きに堪能する方向に持って行きやがった。思った通りだ。
「あの姫さん、"人混じり"って聞いた時は俺もどうかと思っちまったが、見方が変わったぜ。ありゃここの新しい風になりそうだ。」
ミントの食事を楽しもうという態度に料理長も何やら好感を持った様だ。
その後、昨日よりはセーブして朝食を終えた俺は、今日はそのまま皿洗いに入って片付けの手伝い。これもきちんとプロの手際を見ておいての完コピだ。それで厨房内での評価を上げて置く。そして最後に料理長の前で、
「カーマ様、次はうちのご主人の分の食事だけ味を落とせとかって言って来るかも知れないなぁ…。」
と、わざと心配気に呟く。
「心配すんな。料理人の誇りに賭けて、わざと不味い料理を作れなんていう指示には絶対従うもんかい!」
と、胸を叩く料理長。よし、食事問題はもう心配無しだ!