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第7章

「……マジで、何が起きてるんだよ」


 翌朝、俺は廊下を歩きながら思わず頭をかかえる。

 深夜に及ぶあの死闘で、どうにか“真の魔導核”を破壊し、放課後ダンジョンの大規模な歪みは一旦収まった。

 けれど、その反動で疲労困憊のまま仮眠もままならず朝を迎えたせいか、頭がガンガンする。

 しかも学園の空気は、相変わらずどこか張り詰めているようだ。


 生徒たちは、表向きは何事もないように日常を過ごしている。しかし一部の噂好きな連中が「放課後ダンジョンが急に静かになった」とか「生徒会長が行方不明らしい」とか、奇妙な話を広めていた。

 理事長が姿を消したままなのも相変わらずで、昨夜も職員室からは「神崎先生は出張に行かれました」などという苦しい言い訳が飛び出しているらしい。

 誰がどう考えても怪しさ満載だが、公式にはそう発表している以上、ほとんどの生徒は「へえ、そうなんだ」と受け流すしかない状況だ。


 ただ、俺にとって不幸だったのは、登校するなり周囲の視線がいつも以上に刺さってくること。

「おい、あれ天城じゃね? 最近、夜中まで学園うろついてるって噂だぞ」

「でも、先日の異変でモンスターを倒したとか……実は強いんじゃないの?」


 どこへ行ってもそんな囁き声が聞こえてきて、居心地が悪いったらない。

 とはいえ、今さら目立つのを恐れても仕方がない。俺が放課後ダンジョンでやってきたことは、ほとんど“秘密”のはずだけど、どうしても周囲に漏れる部分はあるらしい。


「まあ、仕方ないか。先生のために動いてるんだし」

 そう自分に言い聞かせて、教室へ向かおうとした瞬間、廊下の向こうから見覚えのある顔が現れる。

「天城、ちょっといいかな?」

 無駄にイケメンな顔立ち、そして胸元には生徒会のバッジ……生徒会副会長の一人だ。かつて俺を取り囲んで「変な動きをするな」と警告したこともあるヤツだ。


「悪いけど、今はあんまり相手をしてる余裕ないんだけど。何の用?」

 そう言うと、副会長は唇を噛みしめるようにして視線を伏せる。

「……生徒会長が、戻ってきた」

「え?」


 一瞬、脳が処理を拒否する。

 あの藤堂司が行方不明だったはずなのに、戻ってきた? ということは、生きているのか?


「いま生徒会室にいる。だけど、何か様子がおかしいって皆が言っていて……“これはただならぬ事態かもしれない”と思って、きみを探していたんだよ」

「ただならぬ事態って、どういうこと?」

「とにかく急いで来てくれ。自分たちだけでは対処しきれない」


 嫌な胸騒ぎが走る。

 藤堂司は理事長と深く繋がっていた。生徒会長としての責任感もあったのだろうが、結果的にあの危険な研究を肯定し、俺や先生と衝突した。

 あのあと行方不明になっていたが……もしかして、再び“理事長の理想”を実現するために動き出すつもりなのか?


「わかった、案内してくれ」

 副会長と共に校舎をぐるりと回り、正面の生徒会棟へと足を運ぶ。

 廊下に差し込む朝の陽ざしは明るいはずなのに、胸の奥が冷え込むような不安が拭えない。



 生徒会室の扉を開けると、最初に目に飛び込んでくるのは、一人の青年の背中だ。

 学生服をきちんと着こなし、長い脚を組んで椅子に座っている。その横顔を見れば間違いない――生徒会長、藤堂司だ。

 しかし、周囲の生徒会メンバーが全員、警戒するような視線で彼を取り囲んでいるのが印象的だ。


「藤堂……久しぶりだな」

 俺が声をかけると、藤堂はゆっくりと首をこちらに向ける。

 整った顔立ちと鋭い瞳は変わらないが、どこか覇気のない――むしろ、何かを失ったような気配を漂わせている。


「天城……来たか」

 抑揚のない声。以前の冷静で威圧的な態度とは明らかに異なる。

 俺が戸惑っていると、副会長が小声で耳打ちしてくる。

「朝、突然ここに姿を現したんだ。けど、どうにも様子がおかしくて……何を話しかけても上の空で、さっきからずっと“誰か”を待っているように見える」


 誰か、とは俺を指しているのか。それとも先生か、あるいは理事長か――。

 もう一度、藤堂を正面から見据える。かつての“支配の魔眼”の鋭さが感じられない。

 一方で、じっと俺を凝視する彼の視線には、言いようのない虚ろさがある。


「お前……どうした? 理事長はどこにいる? 一緒にいるんじゃないのか?」

 そう問いかけると、藤堂はまるで人形のように首を横に振るだけだ。

「俺は何も知らない。……理事長は、消えた」

「消えた……?」


 彼の言葉は、ただそれだけ。そして押し黙ったまま視線を落とす。

 周囲の生徒会メンバーも「会長、もう少し説明を……!」と訴えるが、藤堂は動こうとしない。


「お前、放課後ダンジョンで何があったか覚えてないのか?」

「……断片的にしか覚えていない。崩壊する地下施設……理事長の声……そして、お前と……戦ったような気がする。でも、その後の記憶がない」


 途切れ途切れの言葉に混乱を覚えつつも、あの日のことを思い出す。

 理事長の横で、異世界の力を駆使して俺と先生に襲いかかってきた――そんな光景が蘇る。

 そして最後は、俺が藤堂を叩きのめした。そりゃ覚えていない部分があっても不思議じゃない。


「天城……いや、悠真。お前、俺を倒した後……学園に何が起きたんだ?」

 藤堂が弱々しく首を振って問いかける。


 こんなに取り乱している生徒会長の姿は初めて見る。

 以前の彼はどこまでも冷静沈着で、“学園を守る”という使命感に燃えていた印象だった。

 だが、その裏には理事長の計画があり、藤堂自身も歪んだ思想に染まっていたのは事実。


「何が起きたかって、そっちも知ってるだろ。理事長が暴走して、俺と先生で魔導核を止めた。でも理事長は行方不明。お前たち生徒会も崩壊に巻き込まれた……」

「そうか……。つまり理事長の目論見は失敗に終わった、ということか?」

「たぶん……いや、完全にはわからない。まだ状況は混乱しているからな」


 藤堂はそれを聞いて、かすかに唇を噛む。

「俺は……理事長の理想が正しいと信じていた。学園を進化させるためには多少の犠牲もやむを得ないと、そう思い込んでいたんだ。……でも、結局こんな結末になってしまった」


「会長……!」

 周囲の生徒会メンバーが一斉に声を上げるが、藤堂はそれを手で制止する。

 その仕草はかつての生徒会長らしい威厳が少しだけ戻ったようにも見え、皆が息を呑む。


 俺は少しだけ目を伏せる。

 たしかに藤堂は敵として立ちはだかったが、元来“学園の未来を想う”気持ちは本物だったのかもしれない。

 理事長に利用されていただけ――そう言えるなら、いま目の前にいる彼は“被害者”とも言えるのかも。


「藤堂……お前は、これからどうするんだ? 学園を守るって言ってたよな。理事長がいなくなった今、何を守るつもりだ?」

 すると、藤堂は立ち上がって空気を揺らすように深呼吸する。

「ああ……俺は、学園のために戦ったつもりだったが、間違っていた。理事長が用意した計画は、結局は破滅への道だった。ならば、今度こそ“自分の意志”で学園を守らなければならない」


 決意を固めたような口調に、周囲もざわめく。

 副会長や他のメンバーも「会長……!」と目を潤ませているが、まだ安易に信用するわけにはいかない。

 俺は腕を組んだまま、藤堂の顔を睨む。


「そもそも、お前はどこにいたんだ? 行方不明だったんだろ」

「深部の崩壊に巻き込まれたあと、意識を失った。気づいたら地上の廃棄された倉庫で倒れていたんだ。誰が運んでくれたのかはわからない。……もしかすると、理事長が俺を見捨てる際にそこへ放り出したのかもしれない」


 呆然と語る藤堂の表情からは、嘘をついているようには見えない。

 それに、理事長の狂気を考えれば“味方のはずの生徒会長”を切り捨てるのもあり得る話だ。

 俺は小さく息を吐く。ややこしい。だが、ここで争っても仕方がない。


「わかった。で、今のお前は“学園を本当に守るために行動したい”ってわけだな?」

「ああ……俺の罪は消えない。理事長の計画に加担して、多くの者を危険に晒してきた。だが、これからは自分が招いた混乱を清算するためにも、全力を尽くす」


 言葉に曇りは感じられない。

 俺はふと、先生の顔を思い浮かべる。今もなお地下の調査や兄さんの行方を探すために奔走しているはずだ。

 その背を守ろうとしてきた俺と、学園を守ろうと歪んだ計画に手を染めた藤堂。

 本来なら相容れなかった存在かもしれないが、今は同じ方向を向くことができる……のかもしれない。


「なら、ひとまずは何もしなくていい。お前たち生徒会は混乱する生徒をまとめる。余計なパニックが起きないようにな」

「お前が指図するのか……?」

 藤堂が少しだけ眉を寄せるが、すぐに肩の力を抜く。

「いや、わかった。確かに今は生徒を落ち着かせるのが先だ。理事長がいない今、学園の最高権限を誰が握るかはまだ不明だが……」


 俺と藤堂は視線を交わし、何となく小さな溜息をつく。

 かつて死闘を繰り広げた相手が、こうして手を取り合うことになるなんて想像していなかった。

けれど、これで少しは学園の混乱を抑えられるかもしれない。



 一方で、廊下へ出ると早速いろんな生徒から「生徒会長が戻ったらしいぞ!」なんて噂話が連鎖的に飛び交っているのが聞こえる。

 混乱は必至だ。だけど、これを逆に利用して生徒の不安を宥めることは十分できそうだ。

 とりあえず午前中の授業が終わったあとに、生徒会が何らかのアナウンスを行うらしい。


「ちょっとは落ち着いてくれればいいけど……」

 天城 悠真――問題児の俺には、直接どうこうできる権力がない。

 生徒会が混乱を収めようとしているなら、俺はその裏で先生を助ける立ち回りに徹するしかない。


 昼休みのチャイムが鳴り、教室を出ようとしたところでリシア先生がタイミングよく姿を見せる。

「天城君、少し話せる?」

「もちろん。先生、今は大丈夫ですか?」


 先生の顔色は悪くない。むしろ昨日よりは幾分か余裕があるように見える。

 俺は先生に続いて、人気のない渡り廊下へ足を運ぶ。風が冷たく吹き込むが、先日の異様な空気よりはずっとマシだ。


「聞いたわ、生徒会長が戻ってきたって」

「ああ。完全に改心したかどうかはわからないけど、今は学園の混乱を止めたいらしい。……先生はどう思います?」

「そうね。彼も大変な状況だと思うわ。理事長に利用されて、自分の信念が崩れた状態だろうし。でも、今は味方になってくれるなら助かるわね」


 先生の声には安堵も混じっている。命のやり取りをした相手にしては寛容すぎるとも思うが、そこが先生の優しさだ。

 俺は一瞬、昨夜の出来事――魔導核の最深部でほとんど死にかけた自分を、先生が必死に引き留めてくれた記憶が胸をよぎる。

 あのときの涙声を思い出すと、何とも言えない感情が込み上げてくる。


「先生の兄さんの件も、まだ進展なしですか?」

「ええ。理事長が姿を消したままだから、直接問いただすこともできない。生徒会長に聞いても曖昧な返事しか返ってこなかったわ」

「そうですか……。でも、焦らなくてもいい。先生の兄さんが生きている可能性だってあるわけですよね?」

「……そうね、私も諦めてはいないわ。ただ、長く行方不明のままだし、何か起きている可能性は高い」


 先生が目を伏せる。だからこそ、学園に潜む“真実”がどうしても必要なのだ。

 兄さんがもし理事長の実験に巻き込まれたなら、いずれ何らかの形で痕跡が見つかるかもしれない。

 俺がそれを見つけて、先生が無茶をしないようにサポートする――もう、それしかないだろう。


「さて、午後からは生徒会が動きを見せるでしょうし、学園も一時的に落ち着くかもしれません。その間に、俺たちは次の手を考えるんですね?」

 俺が笑って言うと、先生は苦笑いを浮かべて肩をすくめる。

「本当にあなたって、いつの間にそんなに積極的になったの。以前は授業もサボりがちで“問題児”呼ばわりだったのに……」

「先生が俺を本気にさせたんですよ。って言ったら調子に乗りすぎですかね?」

「まったく、憎まれ口ばかり。……でも、頼りにしてるわ」


 先生の頬がうっすら赤く染まり、俺は思わず視線をそらす。

 と、そのとき校内放送が響く。


『生徒会よりお知らせします。本日の放課後、緊急の学園集会を行います。場所は第一講堂。全校生徒は可能な限り参加してください。』


 教室や廊下がざわめきだす。ふだんこういう放送は滅多にない。

 先生と顔を見合わせる。どうやら藤堂司が本格的に動き始めたらしい。

「集会、ですか……。一体どんな内容を話すんだろう」

「理事長不在の件をどう説明するか、それが焦点になるでしょうね。それに、夜のダンジョンが急に静かになったこともあるし……」


 先生がうーんと考え込みそうになるが、すぐに首を横に振る。

「ひとまず集会を見届けましょう。私も教師として状況を把握しないといけないし、あなたも妙な行動は控えるのよ?」

「まあ、問題が起きなければおとなしくしてますよ。問題が起きなければ、ですけど」



 放課後、学園講堂には多くの生徒が集まっていた。

 ざわめきの中、壇上に立つのは――やはり藤堂司。その後ろに副会長や他の生徒会メンバーが並ぶ。

 俺はクラスメイトと共に後方から様子を見守り、少し離れた場所に先生の姿も確認する。


 講堂が静まると同時に、藤堂がゆっくりとマイクを握る。

「皆、集まってくれてありがとう。俺は、生徒会長の藤堂司……長らく姿を見せなかったことを謝罪する」


 いつもならカリスマ的なオーラで一瞬にして観衆を圧倒するはずの藤堂だが、今日はどこか弱々しい。それでも、真摯な眼差しが会場にいる生徒たちを黙らせる。


「先日、学園で起きた異常事態――放課後ダンジョンの暴走や、校舎地下の崩落騒ぎ――それらが何らかの“研究”と関わっていた可能性があることは、皆も薄々感づいているだろう。俺は、生徒会長として学園を守るために動いてきたが、その過程で理事長の研究に協力してしまった。結果、皆に大きな不安を与えたことを深くお詫びする」


 講堂がどよめく。驚きや困惑、そして怒りを含んだ視線が藤堂に集中するのがわかる。

でも藤堂は動じず、言葉を続ける。


「理事長の研究は、学園の未来を拓くため――そう言われていた。俺もそれを信じていた。だが、それが危険と隣り合わせだったことは否定できない。理事長は現在、不在となっている。詳細は明かせないが、俺が知る限り、彼の実験はもう終わりを迎えたと考えている」


 再び生徒たちがざわつく。

 俺は腕を組みながら、藤堂の表情を目をこらして見る。

 彼は必死に自分の言葉で語ろうとしている。理事長の失踪をどう取り繕うかと思ったが、むしろ真実を暗に認めるような言い回しだ。


「今後、生徒会は学園の安全を最優先に考え、これまでの方針を改める。放課後ダンジョンの管理も、一度全面的に見直し、危険度の高い探索は当面中止とする。……多くの者にとって寝耳に水だろうが、この学園にはまだ解明されていない闇が残っている。だからこそ、時間が必要なんだ」


 会場の生徒たちは一斉に言葉を失う。中には「そんなの急すぎる!」と声を上げる者もいるが、藤堂は厳かな口調で返す。

「何より、皆を危険に晒すわけにはいかない。俺は皆と共に、もう一度学園を建て直していきたい。そのための努力を惜しまないと誓う」


 彼の声は震えながらも力強い。

 その言葉に、賛同する拍手がわずかに起こり、一部からは「生徒会長……」「ようやく本音を話してくれたんだな」といった囁きも聞こえてくる。

 もちろん、納得いかない生徒もいるだろうが、少なくとも“今は放課後ダンジョンを封鎖すべき”という判断は理にかなっていると感じる者も多そうだ。


 壇上の藤堂は、まるで魂を削るように全てを告白し終え、静かにマイクを置く。

 会場には異様な静寂が広がるが、それは決して悪い雰囲気ではない。むしろ、学園が新たなステップを踏み出そうとしている証拠だと俺は感じる。



 集会が終わると、講堂を出た生徒たちが一斉に意見を交わしている。

「放課後ダンジョン、しばらく入れないのか……」

「まあ、危険ならしょうがないんじゃない?」

「でも理事長って、何やってたんだろうね……」


 多くの生徒が不安を抱えつつも、藤堂の“謝罪と宣言”をある程度受け止めているようだ。

 その光景を見ながら、俺はふと苦笑する。

 結局のところ、理事長が“本当に”目指していたものや、先生の兄さんの件などは伏せられたまま。

 しかし、今はそれでいいのかもしれない。少なくとも無関係の生徒たちを、危険な迷路に巻き込まなくて済むのだから。


 人波が落ち着いたころ、先生がそっと近づいてくる。

「藤堂くん、本気で悔いているみたいね。集会の途中、何度か声を詰まらせていたわ」

「まあ、自分の信念が根底から崩れたら、ああなるのも仕方ないですよ。これからどう学園を支えるか、それであいつの価値が決まるんじゃないですかね」


 そんな会話をしていると、廊下の奥から藤堂本人が姿を見せる。

 周囲の視線がまだ刺さるのか、伏し目がちにこちらへ歩み寄り、ゆっくりと頭を下げる。


「リシア先生、天城……いや、天城悠真。先ほどの集会の内容で、不都合はなかっただろうか」

「いえ、私は妥当だと思いますよ。むしろ堂々と“危険だから封鎖する”と宣言できたのは大きい。学園の管理に生徒会が責任を持つなら、安易に裏ダンジョンを利用する輩は減るでしょう」

 俺が答えると、藤堂は小さく安堵の笑みを浮かべる。


「そうか……。何より、リシア先生に無礼を働いたことは言い訳できない。改めて謝罪する。俺は、理事長の理想こそが学園を守る道だと信じていたんだ」

「あなたの気持ちはわかったわ。これからは、私たち教師も含めて協力していきましょう。でも、危険な実験は絶対に認めません」

 先生の厳しい口調に、藤堂は素直に頷く。


 その後、しばらく話すうちにわかったのは、藤堂自身が“先生の兄さんの件”には本当に関与していないこと。

 生徒会で不穏な噂を聞いた程度で、理事長から詳しい事情は明かされず、“行方不明者は放課後ダンジョンで迷い込んだ事故”としか伝えられていなかったらしい。


「……理事長が本当に何をしていたのか、俺もまだ全部知っているわけじゃない。もし理事長が戻ってくるなら、そのときは必ず真実を突き止める」

 そう言い残した藤堂が去っていくと、先生は切なそうに目を伏せる。

「やっぱり理事長がキーパーソンね。兄の真実も、学園の歪みも、最終的には彼に聞かなきゃわからないことばかり……」


 俺は先生の肩に手を置いて励ますように微笑む。

「焦らずいきましょう。実験の核はほぼ消し飛んだし、放課後ダンジョンも封鎖される。大きな危機は去ったんじゃないですか?」

「そう、かもしれない。……でも、あなたもわかってるでしょう? あれだけの狂気を抱えた理事長が、そう簡単に諦めるとは思えないの」


 たしかにその通りだ。学園の真の闇が完全に晴れたわけじゃない。

けれど、とりあえず生徒会が方針転換をしたのは大きい。理事長がどこかで姿を現そうとしても、“新たな理”とやらを推し進めるには難しい土壌になりつつある。


「先生、俺たちがこれまでに頑張ってきた成果は大きいと思いますよ。もし理事長が戻ってきても、以前のように学園を牛耳るのは容易じゃない。それに、藤堂だって今度こそ守る側につくでしょうし」

「そうね……。でも、それまでに私は兄の行方を何とか突き止めておきたいわ」

「ええ、もちろん付き合います。放課後ダンジョンが封鎖されても、裏ルートはまだ残ってる。もし兄さんがどこかで生きているなら、手がかりがあるはずです」


 先生が頬を膨らませるようにして「何でそんなに前向きなのよ」と呟くのがおかしくて、俺は思わず笑ってしまう。

 以前の俺からは想像もつかないくらい、先生のために奔走している自覚がある。

 でも悪い気はしない。むしろ、ここまで来たら最後までやり通さなきゃ気が済まない。


「先生、また残業禁止違反をすることになるかもしれないけど、それでもいいですか?」

「ええ、もう慣れたわ。……あなたが傍にいるなら、何とかなるでしょ」

「先生が俺を信頼してくれるなら、何でもできますよ」


 照れくさい言葉のやり取りだが、教師と生徒という立場を超えつつある関係が、互いの心を支えているのを感じる。

 学園の闇、理事長の失踪、生徒会長の復帰――すべてが落ち着いたわけじゃないし、いつまた不測の事態が起きるかもわからない。

 それでも、先生と一緒なら乗り越えていける気がする。



 夕方になり、校舎の外へ出る。

 部活の生徒たちは一部が活動しているが、放課後ダンジョンの封鎖の話が広がっているせいか、落ち着かない雰囲気だ。

 そんな中、先生が「今日はもう帰りなさい」と言ってくれる。


「あなた、ここ数日まともに眠ってないでしょう? 私のことはいいから、しっかり休んで」

「先生こそ。昨夜はあれだけ大変だったんですから、今日は早く休んでくださいよ」

「わかったわ。……また明日、顔を見せてちょうだい」


 そこで別れようとしたとき、先生が何か言いかけて口を閉じる。

「先生、どうかしました?」

「……ううん、たいしたことじゃないわ。さよなら」


 ほんの少し頬を染めているのがわかるが、あえて聞かないでおく。

 きっと彼女も俺に言いたいことが山ほどあるのだろうが、今はそれを口にするタイミングじゃないと判断したのだろう。


 俺は小さく手を振って、夕暮れの校門をくぐる。

 生徒たちのざわつきや、ダンジョン封鎖に対する不満が耳に入ってくるが、気にならない。

 学園は大きく動き始めている。表向きは“理事長が出張中”という建前だが、誰もが心のどこかで「何かが変わる予感」を感じているのだろう。


 藤堂司との和解(というには早いが、少なくとも敵対関係の解消)、理事長の失踪、そして先生の兄の行方。

 これから待ち受ける問題はまだ山積みだが、今なら必ず乗り越えられる気がする。

 問題児の俺と、無茶をする先生――そして、かつて敵だった生徒会長まで含めて、学園の未来を守るために一致団結できる可能性がある。


「はぁ、どうなることかね……」


 俺は暮れなずむ校舎を振り返りながら、そっと呟いた。


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