第3章
「また警告ですか。しつこいですね」
俺は放課後の人気が薄い廊下で、冷たい壁に背中を預けながら生徒会のメンバーを見つめている。
彼らがわざわざ集団で声をかけてきたのは、言うまでもなく「放課後ダンジョン」に足を踏み入れるなという圧力をかけるためだ。
先頭に立つのは生徒会の副会長らしい女子生徒で、眉間にしわを寄せたまま俺を睨みつけている。
「天城 悠真……あなた、最近あまりに目立ちすぎるわ。昼にモンスターを倒したり、生徒会長との模擬戦をしたり……学園を混乱させる原因をつくらないで」
「原因って……昼間にモンスターが出てきたのは俺のせいじゃないですよね?」
「それでも、あなたが放課後ダンジョンに潜るせいで余計な刺激が生まれているのよ」
彼女の背後に控える生徒会メンバーたちも、同じように俺を糾弾する眼差しを向けている。
とはいえ、完全に敵意むき出しというわけでもないらしく、その表情には戸惑いや不安も滲んでいるのがわかる。
夜のダンジョンで行方不明になる生徒の噂が広がっている今、誰もが神経質になっているのかもしれない。
「ま、わかりました。なるべく大人しくしますよ」
適当に返事をすると、副会長は不満げに口を開く。
「あなた、どうせ私たちの言うことなんか聞かないでしょ?」
「それはどうでしょう。気が向いたら素直になるかもしれないし、ならないかもしれない」
皮肉っぽく言う俺を見て、彼女は「もういいわ」と吐き捨てるようにつぶやく。
「生徒会長からも改めて忠告があると思うわ。あなたがこれ以上、学園の秩序を乱すなら――ただじゃ済まない、そう思いなさい」
ぴしゃりとそう言い残し、副会長たちは足早にその場を去っていく。
俺は小さく肩をすくめ、廊下を見回す。じっとりとした夕暮れの空気が背中を撫でていく。
「ああ、面倒くさいな……。生徒会って、結局のところ誰の味方なんだ?」
昼間の出来事を受けてか、学園全体がざわついているのを感じる。
さらに、夜になれば放課後ダンジョンの異常が進んでいるらしいし、理事長や上の連中がその事実を隠そうとしているという噂も耳に入る。
教師や職員は口を濁すし、生徒たちの間でも「今回の異変は理事長の研究が関係してる」とか「生徒会は何か隠している」とか、根拠不明の憶測が飛び交っている状況だ。
けれど、俺はそういう裏事情を深く知らない。
むしろ先生――リシア・クレメンタインこそが、学園の“裏”を探り続けているはずだ。兄の行方を追うために。
だから、俺は一歩でも先生に近づいて、力になりたい。余計なお世話だと言われても、後には引かない。
そう思いながら教室に戻ろうとすると、視界の端にちらりとリシア先生の姿が映る。
「先生、ちょうど探していました」
声をかけると、先生は少しだけ驚いた表情を見せてから、ぱっと眉をひそめる。
「天城……あなた、今さっき生徒会に囲まれてなかった?」
「いましたね。なんだか“これ以上怪しい動きをするな”とか言われましたよ」
「……そう」
先生は複雑そうな顔をしている。近寄ってきて、人目を憚るように小声で続ける。
「実は、私も理事長室に呼び出されたの。『放課後ダンジョンに手を出すな』と強く警告されたわ」
「理事長が……先生にも?」
「あの人は学園の最高責任者よ。けれど、何を考えているのか分からない。兄が消える前にも、理事長の姿を見かけたっていう話が残ってるの」
先生の言葉に、胸の奥がひやりとする。
この学園は、異世界の力を研究するために設立されたとも言われている。実際、理事長は“異世界と現実を繋ぐ魔導核”を独自に研究しているとか、いないとか……。
まさか、先生の兄が失踪した裏に、そんな研究が関係しているのか。
「先生、もしかして理事長が犯人だとか、そう思っているんですか?」
「まだ断言はできないわ。でも、兄が学園の“裏”を追っていたのは事実。そして彼が最後に足を踏み入れたのは、おそらく放課後ダンジョン……」
言葉尻が震えている。先生の瞳が見えない闇を追うように揺れているのが分かる。
「なら、俺も一緒に行きますよ」
「……あなた、一度言ったら聞かないわね」
「先生こそそうでしょう?」
軽く笑う俺を見て、先生は深い息をつく。
「……あなたまで巻き込みたくないけれど、もうそうも言ってられないわね」
◆
結局、俺と先生は“放課後ダンジョン”の再調査を行うことにした。
学園の上層部の圧力は確かに強いが、先生は兄の手がかりを、俺は先生を危険から守るために、もう引き返すわけにはいかない。
今夜はどれだけ警戒が厳しくても、隙を突いて潜り込むと決めている。
しかし、夜の校舎へ向かう前に、どうしても確認しておきたい資料があった。
先生の兄――リシア・クレメンタインの兄が最後に残していったという記録。
一部はすでに先生の手元にあるが、それ以外にも学園の古い研究室に手がかりがあるかもしれない。
授業が終わって校舎が夕闇に包まれ始めるころ、先生と一緒に地下の資料室へ向かう。
「兄は、学園の研究計画の一端を担っていたらしいの。魔導核の安全運用を進めるためのプロジェクト……という建前だったみたいだけれど」
先生が暗がりの中で懐中ランプを照らしながら呟く。
資料室は普段あまり使われていないせいか、埃のにおいが鼻を突き、古い紙の乾いた匂いが充満している。
棚には分厚い本や巻物がずらりと並んでいるが、大半はダンジョンの歴史や魔法理論の基礎が書かれたもの。そう簡単に探しものは見つからなさそうだ。
「そっちに古い年度のファイルがあるはず。兄が助手として参加していた研究の記録が残っているかもしれないわ」
先生に言われ、俺は重たいファイルをいくつも引き抜いて机に積む。
ページをめくるたび、虚飾だらけの報告書や、当時の理事長や教職員の名前が列挙された資料が出てくる。
しかし、肝心の部分には黒塗りの箇所が多すぎる。あるいは、最初から削除されたような形跡もある。
「うわ、これ明らかに“不自然な修正”が多いですよね」
「そうね。意図的に隠してるのが見え見えだわ」
先生が苦い顔をしてページを捲る。すると、一枚の紙がはらりと滑り落ちて、床に舞った。
俺は慌てて拾い上げ、その内容をざっと確認する。
「『御神楽 狂夜』……?」
そこには、かつて学園で“天才教授”と呼ばれた人物の名前が記されていた。異世界の法則を究明し、“世界の理”を壊しかねない研究をしていたと噂される男だ。
「先生、この御神楽教授って、兄さんの失踪に関係あるんですか?」
「詳しいことはわからない。ただ、兄の手帳にも同じ名前が書かれていたわ。『俺は御神楽教授が残した実験の跡を見た』って……」
先生の兄は、その実験跡地を追うために放課後ダンジョンへと潜り、帰ってこなかった。
そして、その教授自身も“行方不明”――もしくは“ダンジョンの奥底で消息不明”だという。
「これは偶然じゃないでしょうね。学園の裏側で起きている“禁忌の研究”……やっぱり放課後ダンジョンは、その実験の名残りなんじゃないですか?」
「そうかもしれない。魔導核を使って、異世界との接続を自在に操る実験をしていた……噂でしか聞いたことはなかったけれど」
先生の声が少し震える。この資料の断片を見ただけでも、学園が秘匿している闇は相当深そうだ。
しかも、昨日は昼間にモンスターが出現するという事態まで起きた。
放課後だけでなく、学園全体が“異世界化”しつつあるかのような、そんな嫌な空気を感じる。
「とりあえず持ち出せそうな資料はコピーしておきましょう。あとでゆっくり照合してみる」
「そうね。急ぎましょう。もし生徒会や理事長に見つかれば、強制的に没収されるかもしれないから」
そう話している矢先、資料室の扉が急に開く音が響く。
「! 誰か来た……」
先生と顔を見合わせ、慌てて室内の棚の影に身を隠す。
「資料室はもう閉鎖しているはずだが……誰かいるのか?」
低く落ち着いた声。聞き覚えがある。――それは、理事長・神崎 徹のものだ。
音もなく床を踏みしめる足音がこちらに近づいてくる気配。心臓が高鳴り、息を殺す。
「理事長がこんな時間に資料室へ……?」
先生が小声で囁きかけてくる。俺は頷くこともできず、静かに息を詰める。
本棚の隙間からちらりと覗くと、理事長は誰かと会話しているようだ。
相手の姿は見えないが、低い声が断片的に聞こえてくる。
「……放課後ダンジョンの封鎖はまだできんのか?」
「……悠真という生徒、要注意……」
「……リシア・クレメンタインも動き出している……」
聞き取れる限りでは、どうやら理事長は俺と先生の動向を警戒し、放課後ダンジョンそのものを封鎖しようとしているらしい。
さらに、裏で研究を進めているらしい言葉も漏れ聞こえてくるが、はっきりした内容はわからない。
次の瞬間、理事長は手にしていた何かのファイルを持ち去り、静かに資料室を後にする。
「……危なかった」
先生と同時に安堵の息を吐く。
「理事長、私たちを完全に排除するつもりかもしれないわ。学園の異変をこれ以上表沙汰にされたくないんでしょうね」
「ってことは、ここにはもう用はなさそうですね。急いでコピーを取って、さっさと退散しましょう」
◆
夜の帳が落ちる頃、先生と再び待ち合わせる。
今日の放課後はやけに静かだ。生徒会や教師たちが巡回しているのか、人の気配を感じることもあるが、どうにかタイミングを見計らって地下のダンジョン入口へと辿り着いた。
昼間の“管理されたダンジョン”用ゲートの奥にあるはずの通路は、夜になるとまるで生き物のようにうねり、構造を変えている。
レンガ造りだったはずの壁が土や岩に姿を変え、奇妙な紋様が浮かび上がる。その空気は湿気を含んで肌にまとわりつき、まるで異世界へ入り込んだかのようだ。
「昨日とまた形が変わっている……本当に毎晩、ダンジョンのレイアウトが変化してるのね」
先生が細い声で言いながら、足元を慎重に踏みしめる
俺は肩を並べるようにして周囲を見渡す。
「先生、まずは例の“研究跡”とやらを探しましょう。兄さんの書き置きにあったあたりですよね?」
「ええ。おそらくダンジョンの深部にあるはず。そこに御神楽教授の実験施設が残っているかもしれないの」
闇に潜むモンスターの咆哮がこだまする。
昼間見かける可愛いレベルの魔物とは違い、ここで遭遇するのはどれも殺意むき出しの強敵ばかり。
けれど俺と先生は何度か連携を重ねているうちに、互いの戦闘スタイルをある程度理解し始めていた。
「そっちから回り込んでください、正面は俺が引きつけます」
「わかったわ。無茶はしないで」
牙を剥く獣型のモンスターに対して、先生が魔力を込めた剣で一閃し、俺はその背後を取って一撃を叩き込む。
ほぼ完璧な連携。モンスターの巨体が宙を舞い、土煙を上げながら倒れ込む。
一瞬の静寂に包まれる通路。先生と視線を交わし、短くうなずく。
「順調ですね」
「ええ。あなた、やっぱりただの問題児じゃないわ」
「先生に褒められると照れますね」
「べ、別に褒めてるわけじゃないけど……とにかく、危険度が高いのは変わらないわ。気を抜かないで」
先へ進むにつれ、通路の奥には何やら人為的な痕跡が増えてきた。石柱らしきものや、床に刻まれた魔法陣らしき紋様。
昼間に見つけた資料にあった「御神楽教授の実験場」を連想させるオーラを放っている。
「ここ……前に来たときは、こんな感じじゃなかったですよね?」
「ええ。放課後ダンジョンは毎晩構造が変化しているみたい。きっと誰かが意図的に書き換えているのかもしれないわ」
その“誰か”が、御神楽教授なのか、それとも理事長なのか――。
あるいは、その両方かもしれないし、まったく別の勢力が暗躍している可能性だってある。
考えれば考えるほどキリがないが、とにかく足を止めるわけにはいかない。
先へ進むにつれ、通路全体が歪んでいるような感覚に襲われる。
床が少しずつ傾き、壁がひしゃげている。異世界のルールと現実のルールが混ざり合い、矛盾が生じ始めているのかもしれない。
そして、奥へ進むほどに耳鳴りのような低い振動が身体を包んでくる。
「……ヤバいですね。なんか空間そのものが不安定になってる」
「崩落や亀裂がいつ起きてもおかしくないわ。急いだほうがいい」
俺たちは互いに息を詰めながら、さらに奥へと足を踏み入れる。
やがて、行き止まりかと思われた壁に、大きな扉がはめ込まれているのを見つける。
錆びついた金属製の扉には、これでもかというほど複雑な魔法陣が刻まれ、まがまがしい瘴気が漂っている。
「……先生、これ完全に人為的ですね。自然にできたものじゃない」
「ええ、こんな高位の結界は、相当知識がある者じゃないと作れないわ」
先生が扉を慎重に押してみると、ギギギ……と鈍い音を立てて少しだけ開く。
そこから漏れ出す空気は、さらに冷たく、淀んだ瘴気が混じっているのがわかる。
嫌な予感に胸がざわつくが、ここまで来たからには引き返せない。
扉の向こうに足を踏み入れると、まるで研究施設のような空間が広がっていた。
薄暗い廊下の両側に、ガラス製のタンクや封印魔法の施された箱が並んでいる。床や壁には古い血痕のような染みが点々と残り、見るからに危険な実験が行われていた跡だ。
「ここが……御神楽教授の“実験場”?」
先生が震える声でそう言う。
空間のあちこちに刻まれたルーン文字には、見覚えがある。昼間に資料室で拾った紙片に書かれていた紋様と一致している。
「兄さんは……」
先生の顔が曇る。俺は軽く彼女の肩に触れ、目で「大丈夫か?」と尋ねる。
先生は静かに頷くものの、その瞳には明らかな不安と怒りが混ざっている。
「とにかく、何か手がかりがあるはず。あちこち調べましょう」
俺が言うと、先生も意を決したように歩き出す。タンクの中身は既に枯れ果てていて、黒ずんだ液体がこびりついているだけ。
しかし、さらに奥へ進むと、床に散乱した書類やメモが確認できる。
「『魔導核の位相ずれが発生……異世界の法則を人為的に書き換える実験……』?」
先生が拾い上げたメモを読み上げる。そこには呪文のような専門用語がびっしりだ。
「やっぱり、ここの研究は魔導核を使って異世界を強引に接続したり、改変したりしてるらしい」
「そんな無茶をすれば、世界そのものが壊れるわ。……何を考えてるの、御神楽教授は」
このまま実験が進行すれば、夜のダンジョンだけでなく、昼の学園までもが異世界の侵食を受けることになりかねない。
現に、すでにモンスターが昼間から現れるという異常事態が起こっているし、放課後の迷宮が日々危険度を増しているのも、その影響かもしれない。
「先生の兄さんも、これを止めようとしたんでしょうか?」
「……きっと、そうよ。兄はバカがつくほど正義感が強かったから。生徒が危険に晒されるのを見過ごせなかったんだと思う」
そのとき、研究施設の奥、行き止まりに見える壁が僅かに揺れ始める。
ゴゴゴ……と嫌な震動音が耳に響き、床が歪んでいく。
「おいおい、空間が崩れかけてるんじゃないか?」
「まずいわ、ここまで暴走しているなんて……!」
急いで引き返そうと振り返った刹那、施設全体が大きく揺れ、天井から瓦礫が落下する。
「先生、伏せて!」
咄嗟に先生を引き寄せ、床に身を伏せる。
激しい揺れが数秒続いた後、耳鳴りのする静寂が訪れる。
立ち上がろうとすると、通路の一部が崩落していて、来た道が完全に塞がれているのが見えた。
「……通路が潰れてる。これ、戻れないじゃん」
「いや、別の道を探しましょう。きっと奥にまだ出口があるはず」
腕まくりをしながら、先生とともに先へ進むしかない。揺れがおさまったとはいえ、今にもまた崩壊が起きそうな雰囲気だ。
そのとき、廊下の奥から足音が近づいてくる気配がある。激戦を潜り抜けたモンスターが徘徊しているのか――と警戒しつつ身構える。
「いや、この足音……」
人のものだ。しかも複数人。息を潜めながら様子を伺うと、薄暗い明かりの中に浮かび上がった姿は、生徒会長・藤堂 司と、その部下と思しき数名の生徒会メンバーたち。
「お前たちがここまで来るとは、想定外だな」
藤堂は冷ややかな眼差しをこちらに向ける。
先生が一歩前に出る。
「藤堂会長……どうしてここに?」
「ここの施設は、理事長の計画の一部だ。俺たち生徒会も協力している。放課後ダンジョンの異常を表に出さないためにな」
その言葉に、先生の表情が険しくなる。
「あなたたちは、学園を守るために存在しているんじゃないの? こんな危険な研究を見逃して……」
「守る方法は一つじゃない。理事長の目的を完遂すれば、学園はより大きな力を手に入れられる。余計な騒ぎを起こすのはやめてもらおうか」
睨み合いが続く中、藤堂はちらりと俺に視線を向ける。
「天城悠真……お前は危険すぎる。昼間の件で、その力は十分にわかった。理事長は、お前を除外するようにと言っている」
「除外って、まさか……」
背後から生徒会メンバーが動き出そうとする気配を感じる。
明らかに戦闘を想定した配置だ。自分たちが守るべきはこの研究であり、それを妨げる存在は“敵”――そんな雰囲気がひしひしと伝わってくる。
先生が鋭い声を上げる。
「悠真君は私の生徒よ! 手出しはさせないわ!」
「あなたも同罪だ。放課後ダンジョンに介入し、学園の“新たな秩序”を乱す意図があるとみなされれば、処分は免れない」
「秩序? こんな危険な実験を続けることが、秩序だって言うんですか?」
俺が食ってかかると、藤堂は淡々とした口調で応じる。
「ここまで来たからには、口で言っても聞くまい。ならば力づくで排除するだけだ」
――グラリ、と足元が再び揺れる。施設全体が崩壊しかけているのに、この状況で戦闘になるっていうのか。
けれど、藤堂の眼差しにはためらいがない。背後のメンバーたちも完全に覚悟を固めているのか、魔力を漲らせているのがわかる。
先生が魔法剣を構える。その横で、俺もいつでも動けるように意識を集中させる。
「先生、俺から離れないで。こいつら、本気で来ますよ」
「わかったわ。あなたも怪我しないで」
息をのむほどの緊迫感が、薄暗い廊下を満たす。
藤堂が上げる片手から、先ほど資料室で見かけた紋様にも似た複数の魔力の陣が展開される。
「この空間が崩れようと、俺たちには関係ない。理事長の命令がある以上、ここで終わらせる」
「終わるわけないでしょう! 先生を守るためなら、何だってやってやる」
激しくきしむ壁の音が、耳鳴りのように頭を締めつける。ダンジョン内部の振動と、生徒会との対峙が入り混じり、嫌な汗が背中を伝う。
それでも、先生の存在が隣にあるだけで、俺は逃げる気にはならない。むしろ闘志が湧き上がってくる。
「藤堂くん、これ以上暴れたら、あんたこそ学園を壊しかねないぞ」
「そんなことは百も承知だ。だが、俺には理事長の――いや、学園の未来を守る責任がある。お前らが引き下がらないなら、容赦しない」
ビリビリと魔力の火花が散る。先生も構えを崩さない。
空間が崩れ落ちる前に決着をつけるしかない。
――その瞬間、さらに大きな揺れが施設を襲う。天井が崩れ、床の亀裂から異世界の光が漏れ出すように見える。
「まずい、これ以上長引いたら、本当に全員埋もれちまうぞ……!」
そう思うが、藤堂たちの瞳は微塵の動揺も見せない。むしろ、ここで俺を“消して”しまおうと固く決意しているように見える。
「先生、行きましょう。少し強引に突破するしかない」
「ええ、わかったわ。……あなた、無理はしないで!」
一触即発の空気の中、俺は改めて拳を握りしめ、先生と視線を交わす。
「この腐った研究と学園の闇、全部ぶっ壊してやる――その前に、まずは生徒会長を突破する!」
そして、藤堂の唇が動き、低い声がダンジョンの暗がりに響く。
「さあ、天城悠真。お前を排除しろという理事長の命令……ここで実行させてもらう」
視界の端で、ダンジョンの壁が崩落し、闇の向こうから不気味な光があふれる。
俺はそれを背に受けながら、一歩、藤堂に向かって踏み込む。
先生が隣で剣を構え、まるで“どんな攻撃も斬り裂く”とばかりに気迫を漲らせている。
ごう、と空気が振動し、藤堂たちの魔術陣が耀く。
同時に俺の胸にも熱い炎が燃え上がるのを感じる。
――この戦いを乗り越えなきゃ、先生の兄さんの行方にも辿り着けない。学園の陰謀を暴くこともできない。
通路がきしむ嫌な音を無視して、俺は思い切り声を張り上げる。
「先生、危なくなったら下がってくださいね!」
「そんなこと言う暇があったら、自分こそ怪我しないようにしなさい!」
互いの声が重なる。
そして激しい衝撃――光と闇が入り混じった閃光が、廊下を覆い尽くす。
(――絶対に、先生も俺も、諦めるわけにはいかない)
崩壊しかけた放課後ダンジョンの深部で、生徒会と理事長の陰謀が牙を剥く。
揺れる床を踏みしめ、俺は全力を解放する。
この世界の理がどうだろうと、先生を守り抜いて――真実を手に入れる。
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