第1章
「嫌な予感がする……。はあ、しょーがねぇな」
いつも通りの放課後。校舎の窓の外は茜色に染まり、帰宅を急ぐ生徒たちの姿がちらほらと消えていく時間帯だ。
けれど、教室の空気には微妙な張り詰めた匂いが漂っているように感じる。肌を撫でる風も、何かを警告するように、どこか気持ち悪い。
俺の名前は天城 悠真。学園では「問題児」だとか「変わり者」だとか、あまりありがたくない呼び名を頂戴している。
別にスリルを好む不良でもないし、素行が悪いわけでもない。ただ、授業中に本気を出そうと思わないだけだ。
「どうせ単位は取れるし、ちょっと力をセーブしていたほうが目立たなくて気楽だろ」
そう考えていたら、いつの間にか周囲には「アイツはサボり魔」「潜在能力は高いらしいけど不明」みたいな噂が広まり、遂には「問題児」のレッテルを貼られた次第。
もっとも、学園で必修科目となっている“ダンジョン攻略”でも、あえて適当に立ち回っていたのは事実だ。
異世界と繋がっていると言われるこの学園では、実地訓練の一環として、巨大なダンジョンを生徒たちが日々攻略している。
とはいえ、普段はあくまで安全が確保された“授業用”のフィールドだし、俺が本気を出すまでもなく、適当にやっておけば単位は取れる。
だから少し手を抜いてみたら、先生にも「もっと真面目に取り組みなさい」「あなたは本当はできる子なのに」と口うるさく言われるし、周りの視線は「アイツ、またサボってるぜ」になってしまった。
面倒だなと思いつつ、目立ちすぎるのも嫌だし、このぐらいでいいか――そう思っていた。
ところが、そんな平和な学園生活の裏で、どうにも妙なことが起きているらしい。
“放課後のダンジョン”と呼ばれる、夜にだけ姿を変える異質な迷宮。
このご時世、教師にも「定時後の残業は禁止」という規則があるのに、誰かがそのダンジョンに潜り続けているって噂がある。
いったい誰がそんなことをしてるのか――いや、そこまでは興味なかったんだけどさ。
「……ん?」
今日は、ホームルーム終了後、しんと静まり返った教室で、その“犯人”をバッチリ見つけてしまった。
椅子に座ったまま伸びをしている俺の視界に、こそこそとロッカーから何かを取り出している人影が映る。
長い髪を手早くまとめて軽装の鎧を身に着け、剣に魔力を込めるためのルーン刻印を確認して……一連の流れるような動作をしているのは、りーちゃん先生。いや、リシア・クレメンタイン先生だ。
「せんせー、何してんですかー?」
俺が声をかけると、リシア先生はぎくりと動きを止め、振り返る。
「……悠真君。どうしてまだ残っているの?」
「えー、特に理由はないですよ。強いて言うなら、先生がこっそり放課後ダンジョンに潜りそうだったので、ちょっと引き止めに来ました」
「別に引き止められるようなことをしているわけじゃ――」
言いかけてから、自分の服装に気づいたのか、先生は顔を少し赤らめて慌てて言葉を濁す。
「そ、それよりあなたは早く帰りなさい。生徒は『放課後速やかに帰宅』って校則があるでしょ」
「それ、先生にも当てはまりますよね? 先生こそ、何で残ろうとしてるんです?」
茶化すつもりで訊くが、先生は目を伏せて黙り込んだままだ。真面目で、授業中も手を抜く俺によく小言を言うくせに、なんかちょっと抜けてるんだよな。
実際、この人が何をしようとしてるかはもう丸わかりだ。
「先生、残業は禁止ですよね?」
目の前に立ちはだかって改めてそう言うと、先生は少し困ったような顔をする。
「これは“仕事”じゃなくて、私用よ……。だから、校則とは関係ないの」
「って、そりゃ屁理屈ですよ。何かあったら一教師として責任取ることになりますよ?」
「……大丈夫よ。何かあっても生徒は巻き込まないわ」
「いやいや、そーいう事じゃないし」
責任感が強いのはわかるし、実際に先生の腕前も確かだ。昼の授業で見せる剣技は、本気を出していない俺が言うのもなんだけど、そこそこ強い。
だけど“放課後ダンジョン”は昼間の安全な迷宮とは違う。俺はまだ全貌を知らないが、噂を聞く限り危険度が段違いだという。
もし先生がそこで一人で大怪我を負ったり、最悪、戻ってこられなくなったら――想像するだけでもゾッとする。
そう。俺はリシア先生のことが嫌いじゃない。
というか、俺に限らず、リシア先生は男女問わずみんな大好きな先生なのだ。
「しょーがねぇな。先生がやるなら、俺が代わりに攻略しますよ」
先生の行動を止めるには、自分が先に潜って用事を済ませちまうのが一番早い。
「はあ!? 何を言ってるの、あなたは生徒でしょう!」
「先生だって教師でしょうが。ってか大人として規則を破って危険な真似をするほうが色々ヤバいでしょ。なら、俺が行った方が、バレても怒られるだけで済むし」
「あ……あなた一人じゃ危険すぎるわ! 装備も甘いし、夜のダンジョンは――」
「あー、俺、本気出すと強いんで」
実際のところ、俺は“授業用ダンジョン”でこそ適当にやってるが、この学園で公式に測定された“ダンジョン適性”は、内々でSランクを叩き出している。
表向きは学校側も伏せているが、実技の教官たちからは妙に警戒されていて、俺に対して「本気を出すなよ」的な視線を感じることもある。だからと言って、自分からひけらかすつもりもないんだけど。
「わかった。あなたがそんなに言うなら、一緒に行きましょう」
「いやいや、“一緒”はダメですよね? 残業禁止ですよ」
「これは私的な用事だって言ってるでしょ!」
「はいはい。ほら、先生はここで待っててください。俺が覗いてきますから」
リシア先生はむっとした表情で腕組みをし、俺の目を真っ直ぐに見てくる。
「本気で言ってるの?」
「本気ですよ。先生を危険な目に遭わせたくないですから」
俺がそう言うと、先生は一瞬だけ言葉を失い――それから恥ずかしそうに顔を背ける。
「……なんで急に格好つけてるのよ」
「いや、いつも通りなんですけど」
そんなわけで、実質的に押し問答に勝利した俺は、教室を後にして学園の深部へ向かう。
廊下の窓から差し込む夕日が長い影を引きずっていて、見慣れた校舎とは違う不気味さを感じさせる。
“放課後のダンジョン”――それは日が落ちかける時刻になると、昼の管理された迷宮の構造が奇妙に変質するらしい。
誰がそのメカニズムを作ったのか、学園側の公式アナウンスはほとんどない。だから真面目なりーちゃん先生は独自で調べようとしているのだろうか。
「りーちゃん先生は真面目すぎるんだよなぁ。そこが可愛いんだけど」
真面目で仕事ができて可愛くてどこか抜けている……。そう。リシア先生の尊さは、全生徒のモチベーションそのものだ。
――俺が“その他大勢“で終わりたくないって思うのは、思うだけならタダだよな。
◇
学園の地下へ降りる階段は、明かりが薄暗く、不気味な空気が漂っている。
昼間は授業で通るメインダンジョンへの入口があり、普段なら照明も整備されているはず。
だが、今の時間帯はまるで異世界への抜け道のように寒い風が吹き込む。
“残業禁止”。“速やかに帰宅“。こんなヤバいものがあれば、確かに徹底すべき規則だろうな。
地下へ降りきったところにあるゲートの前で、俺は一旦足を止める。
すでに周囲は怪しげな魔力が漂い、昼間のダンジョン入口とは比較にならない迫力だ。
「……本当に、昼の安全なダンジョンとは別物なんだな」
見慣れたゲートの扉が、まるで生き物のように軋みを上げている。
深呼吸を一つ。ここからは勝手が違う。
もし昼間のように“学生向けチュートリアル”が通用しないなら、それなりに本気を出す必要があるだろう。
「さあ、いっちょ試してみるか」
扉に手をかけて、勢いよく引き開けると、肌を切るような冷気と、ほのかな湿り気が鼻を刺す。
一歩踏み込むと、そこは夜の迷宮。
見渡すかぎりの通路がほぼ崩壊しかけた廃墟のようで、土の壁面には禍々しい模様が刻まれている。
「ああ、こりゃ確かにやべぇくさいな……」
床に転がる小石を踏む音が妙に響き、背後にはかすかな水滴の落ちる音が反響している。
“異世界と繋がる”と言われるのも納得の雰囲気だ。
そのまま通路を進んでいくと、早速、モンスターらしき気配を感じる。
「さて、お出ましか」
薄暗い中、前方に体長2メートルくらいのリザード系モンスターがうごめいている。
昼のダンジョンで見かけるトカゲ型の下位種より、明らかに攻撃力が高そうだ。
爬虫類特有の冷たい瞳に血のような赤色が宿っていて、ここが“安全授業”じゃないことを雄弁に物語っている。
「試しに一匹、サクッといきますか」
相手が気づくより早く、俺は床に落ちている水気に視線をやる。湿った地面……火属性のモンスターには相性が悪そうだ。
リザードの側面に魔力を叩き込むイメージで拳を構え、息を詰める。
「よっ――」
一瞬。――いや、モンスターからすれば一瞬にも満たなかったかもしれない。
俺が踏み込むと同時、リザードは牙をむいて飛びかかろうとするが、そこにはもう俺の右手がぶち当たっている。
ごく簡単に言うなら、弱点属性を押さえた上で、最適な攻撃角度に力を集中させた結果、相手は反応する暇もなく床に沈んだ。
「チュートリアル完了おつ」
倒れ伏したリザードを横目に、俺はさらに奥へと進む。
昼のダンジョンじゃまずお目にかからないレベルのモンスターが、これほど序盤から出るとは。
「やっぱり先生一人じゃ危険すぎるな。ってか、俺でも油断するとヤバいかも」
そうつぶやいた矢先、通路の奥の方に紋様の浮かぶ魔法陣を見つける。
「これは……誰かがダンジョンを改造した跡……?」
学園側が意図して設置した公式の印じゃない。どこか歪んだ魔力を帯びていて、見ていると胸がざわつく。
そっと近寄って文字を読み取ろうとするが、ルーン文字じゃなかった。何語だかよくわからない。
けれど、一部に俺の知っている古代文字が混ざっているのを発見して、嫌な予感がした。
「これ、あの“賢者の書”に出てきたやつじゃないか……?」
俺はかつて、ふとしたきっかけで禁書指定の古文書を手に取ったことがある。
本来なら閲覧が許されない危険な書物だったらしいが、そのとき俺は何の苦労もなく全文を読み切ってしまった。
以来、ダンジョンの仕組みだとか、モンスターの生態だとか、人が知らない知識が頭の中にやたら詰まっている――いや、詰まってしまったというべきか。
「まさかこんなところで、その知識が役に立つとはね」
思わず苦笑しながら、魔法陣をざっと確認する。
“侵蝕”とか“封印”とか、そんな危険そうな単語が含まれているようだ。
何か実験の痕跡かもしれない。誰かがこのダンジョンの構造を意図的に歪めているってことか?
――そのとき、背後から大きな足音が響く。
「……しまった。一カ所に留まりすぎたな」
振り返ると、一回り大柄なリザードマンがじっとこちらを凝視している。どうやら今度は完全武装の個体みたいだ。
「ま、いい。こっちもまだ準備運動終わってないし、付き合ってもらおう」
俺は身構えたまま笑う。モンスターが咆哮を上げて、こっちに突進してくる――瞬間、
「悠真君! 危ない!!」
まさかの方向から、か細い声が飛んでくる。
そちらを見れば、なんとリシア先生が立っている。
「先生!? 来ちゃったんですか!? 残業禁止って言ったじゃないですか!」
「あなたこそ! 一人で来たら危ないに決まってるでしょう!」
「いや、俺なら大丈夫――って、話してる場合かよ!」
リザードマンが突っ込んできたので、俺は咄嗟に先生の前に飛び込み、両腕で衝撃を受け流す。
体格差はあるが、相手の魔力の流れを見切ればどうということはない。
一瞬の隙をついて胴体へ蹴り込み、さらに壁際へ弾き飛ばす。
「っしゃあ!」
倒れたリザードマンが呻く間もなく追撃を入れ、一気に沈黙させる。
「先生、ほら。ね? 俺、こんな感じで結構やれるんですよ」
「……そうみたいね。あなた、やっぱり普段から実力隠してるわね?」
「いやー、ちょっとサボってただけです」
先生は少し呆れたような、でも安心したような表情だ。
「でも……本当に大丈夫なの? こんな放課後ダンジョンなんて、予測不能なことだらけで――」
「先生こそ、一人は危険って言ってましたよね。なら実は強い俺がサクッと片付けるのが一番手っ取り早いですよ」
その言葉を聞いて、先生はぎゅっと拳を握る。
「……それでも、私はここに用事があったの。あなたが来てくれたのは助かったけど、私だって戦えるわ」
「そういうこと言うと、また危険が危ないですよ。俺が守りますから、任せてください」
「誰が誰を守るのよ! 私は教師なのよ、あなたの!」
バチバチと視線を交わしつつも、同時に背後からモンスターの気配を感じた。
どうやらこのエリアにさらに複数が潜んでいるらしい。昼のダンジョンじゃ絶対に見かけないほど高密度だ。
「先生、ここは一旦奥に進むか、戻るか、判断しましょう」
「あなたはどうしたいの?」
「せっかく来たんだし、一番厄介なやつを倒して帰りたい。そうしないと、先生がまた一人で勝手に来ちゃうでしょ?」
「う。……それは、そうだけど」
先生が言葉を濁しているうちに、新たな気配が通路の先から迫ってくる。
しかもさっきのリザードマンよりさらに高位の魔物っぽい。
俺は先生の手をぐいっと引いて通路の陰に隠れながら、作戦を考える。
「先生が囮になって、俺が横から叩く……ってのはどうです?」
「バカ言わないで。私が前衛よ!」
「えー、先生を危険な目に合わせたくないんですが」
「教師が戦線に立つのは当たり前でしょ。あなたこそ、誰かを守るなら真剣にやりなさい!」
きっぱりとした口調で言い放つ先生が、剣を抜いて構える。
昼間のほんわりとした生徒指導担当とは違う、凛とした気迫が背中に漂っていて、妙に胸が高鳴る。
「じゃあ、俺は先生をフォローします。もし先生に一撃でも当たるようなやつがいたら……そいつは速攻で潰す」
「……わかったわ。絶対に無茶だけはしないで」
目の前に姿を現したのは、巨大なクラゲのような魔物。体液を滴らせながら、とろとろとした触手を幾本も伸ばしている。
「うわ……気持ち悪っ」
先生が鋭い一閃で触手を切り落とし、電撃系の魔法で一気に範囲を攻撃する。
その隙に俺は背後へ回り込み、弱点核が露出している部位へ打撃魔法を叩き込む。
「……よし、終わり。先生、大丈夫でした?」
「ええ、問題ないわ。あなたも怪我は――」
先生が言いかけた瞬間、クラゲの残骸から飛び散った触手の先端が、残った力でこちらを狙う。
「先生、下がって!」
咄嗟に先生を庇う形で俺が前に出る。触手の先が俺の腕を浅く切り裂き、痛みが走る。
「痛っ……くそ、油断した……」
「悠真君!! 大丈夫!?」
「ええ、まあ。大した傷じゃ――」
そう言いながら振り返ると、先生がひどく狼狽しているのがわかる。
普段の冷静な態度とは打って変わって、俺の腕を掴んで慌てた様子で傷を確認する。
「だから、無茶はしないでって言ったじゃない!」
「先生が怪我するよりマシですし。大丈夫ですよ、ちょっとかすっただけです」
「もう……!」
先生は顔を赤らめながら、魔力をこめた手で俺の傷口を治癒してくれる。
「あなた、わかってるの? もし取り返しのつかないことになったら――」
「先生こそ。俺が先生を見捨てるわけないじゃないですか。そっちのほうが取り返しつかない」
そう言うと、先生は言葉を詰まらせたまま俯いてしまう。
――それからしばらく、俺たちは放課後ダンジョンを少しずつ奥へ進んでいく。
途中で出会うモンスターは手強いが、先生との連携で倒せない相手じゃない。
昼間の演習とは比べ物にならないほど危険だけど、意外と悪くない。むしろ、先生と二人きりで息を合わせながら戦うのは、ちょっと楽しいくらいだ。
そして、最奥に近い場所で待ち構えていたのは、大型の“ボス級”モンスター。
黒い甲羅に覆われた鎧のような身体を持ち、複数の目玉が不気味に光っている。
「先生、あれは昼間のダンジョンじゃ見たことないタイプですよね?」
「ええ……こんな強力なのが潜んでいるなんて。やっぱり放課後は別世界ね……」
ボス級はさすがに強烈だ。先生が剣で斬り込んだ瞬間、甲羅で受け止められ、尻尾のような部位でカウンターを仕掛けてくる。
「先生、危ない!」
俺は何とか尻尾を弾き飛ばすものの、衝撃で体が揺さぶられ、思わず転倒しかける。
「ちっ……しつこいな」
痛んだ腕を庇いながらボスの動きを見定めていると、先生が焦った声を上げる。
「悠真君、もう下がりなさい! 私が――」
「先生が無茶するの、俺が止めます」
もう手加減なしだ。
俺は心の奥に渦巻く力を解放する。脳裏に鮮明なイメージが広がる――モンスターの弱点構造、魔力の流れ、そしてこの空間が持つ“法則”。
こいつの硬い甲羅を砕くには、一点に魔力を集中させて内部から崩せばいい。
「――これで終わりにしよう」
息をひとつ整え、ボスの懐に飛び込む。
尻尾を薙ぎ払われる前に、足の踏み込みと同時に高速回避。まるで相手の動きがスロー再生になったかのように感じられる。
甲羅の横から空いた隙間に手を突っ込み、魔力の渦を叩き込んだ。
どくん、と空気が震え、巨大な甲羅の下から爆発音が聞こえる。
――ボスは断末魔のようにうめき声を上げ、床に崩れ落ちた。
「終わり、っと」
俺が小さく息をつくと、先生が近寄ってきて目を見開いている。
「あなた……いったい何者なの?」
「何者って、先生の生徒ですよ」
「それだけじゃ説明がつかないでしょう……」
先生は真剣なまなざしで俺の顔を見つめる。
でも、今はまだ言うつもりはない。俺自身、完全には理解していない能力だし、説明したところで先生を余計に心配させるだけかもしれない。
「先生、帰りましょう。ダンジョンの謎は……これから俺が解きます」
「え……?」
「放課後に先生がこんな危険な真似をしないように、俺が先回りして全部終わらせときますよ」
「……っ」
先生は呆れたような、少し諦めたような表情でため息をつく。
「……このダンジョンで、兄が行方不明なの。」
「え?」
「だから本当に、本当の本当に危険なのよ。」
先生がここまで躍起になって潜ろうとする理由。
そんな理由があったなんて。
でもそれなら、だからこそ、リシア先生がこれ以上危険な夜の迷宮に一人で入ることがないようにしないとだ。
「わかりました。先生。強い俺に、安心して全部任せてくださいね」
「……もう……!」
先生は何か言いかけて、また口を噤む。
頬を赤らめ、わずかに眉を寄せている。その表情は怒っているのか、困っているのか。もしかしたら少しだけ嬉しいのかもしれない。
俺にはまだ断言できないけれど、その全部かもしれないな――なんて思う。
通路の向こうから吹き抜ける風が一段と冷たく、視界が暗くなる。
それでも、先生の存在が隣にあるだけで、ここがどんなに危険な場所でも俺は怖くない。
「さてと、ここから先の仕上げは俺に任せてください」
小さく微笑みながら、俺は地面に転がるモンスターの残骸を踏み越えて進む。
この場所には、まだたくさんの謎が眠っているはずだ。昼間の平和な学園とはまるで別世界のような光景が広がる放課後の迷宮――。
そこに潜む秘密を暴くことで、俺とりーちゃん先生がどこに辿り着くのか。
……いや、悩むのはあとだ。
今はただ、目の前にいるリシア先生を守りたい。危険な道に足を踏み入れるその背中を、俺が支えるんだ。
そう強く思いながら、今日も俺は「問題児」として、放課後ダンジョンに挑み続ける覚悟を決める。
(――先生。残業は禁止ですよ。俺が、その分まで全力で戦います)
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