Ep.8 都合の良い普通
俺は長い夢を見ていた。終わりの見えない、永遠に続く水の上に...ただ立っていた。
ーーーここは...ウユニ塩湖か? そういや、いつか行きたいとか話したっけ...
俺の周りには...人間が3人いた。顔にはモザイクがかかっており、触れようとしても肌を通り抜けてしまう。
「誰...? お前達は...誰なんだ! 答えろよ!答えてくれよ!!!」
顔が見えない3人が自分から離れていく。
「待て!待ってくれ! 置いてかないでくれ!...俺を!置いていくなぁぁ!!!」
必死に追いかけるが、離れていく。やがて姿が認知できないくなった。しかし、リンはただひたすら追いかける。やがて体力が尽き、その場で倒れ込んだ。
ーーーどうして... どうして... 俺から離れていくんだ... ...! これは...涙? なんで...俺は泣いて... ...! 誰だ!
後ろを振り返るとそこには、知らない男がいた。
「僕は... ...だよ。」
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リンは目を覚ました。体を起こすと目の前には口にタバコを加えた女が椅子に腰かけていた。
「久しぶりね。リン。」
「よぉ、ヤブ医者。 おい、何度も言うけど...少しは換気しろよ...煙いし...タバコ臭い...電子タバコに変えろよ。」
「1年ぶりに再開して最初の言葉がそれか。あいかわらずだな。私も何度も言うが、これしか吸わない。お前も1本どうだ?美味いぞ?」
「遠慮しとく。代わりにコーヒーでも入れてくれ。砂糖多めでな。」
この女の名前は、三枝恭子 サエグサ・キョウコ。地下都市唯一の医者だ。住民の愛称は、姐さんだ。
ーーーあいかわらず酷いな。デスク周りくらい掃除しろよ... 缶がいたるところに... Peaceか。
「...で、一体どうして気絶したお前が運ばれるんだ?レイジのやつ、やけにニヤニヤして運んできたぞ。」
俺は気絶した理由について話した。
「声か... なるほど、幻聴とは違うのだな?ストレスとの関係はないと。」
「ああ... ストレスで倒れるほど参ってない。頭の中に声が直接流れてくるんだ... ノイズが多くて何を言ってるのかは分からない。2回とも...その声に押しつぶされて意識を失ってる。」
「お前の言うことは、いつも興味深いな... 私も力にはなりたいが...残念ながらその脳力に関しては謎が多すぎる。現代医療でも解決できそうもないな。」
「だよなぁ...お前が無理ならどうしようもないか。」
「声は今も聞こえているのか?」
「いや、脳力を使っている時だけだ...初めて聞こえたのは、研究学園都市に来てからだ。」
「なるほどな... ここに来てからタイミング良く声が聞こえたと... バカバカしい話だと感じるかもしれないが... 一種のテレパシーのようなものかもしれないな...誰かがお前と同調し、コミュニケーションを取ろうとしている。」
「ほんとにバカバカしいな... けど、この脳力自体がバカバカしいからな。有り得る話だ...」
ーーーだとすると... 使える脳の上限が増えてる、てことだな。確かめる方法は、仮説を元にした実体験のみ... それしかない。 使いこなせるようになるには、慣れるしかないか。 俺はあと何回倒れることやら... もし、仮に俺の脳に同調できる誰かがいるとすれば... 俺以外に脳力を使える者がいるということか...
「よしっ、そろそろ行くわ。ありがとな。」
「気にするな。いつでも来たらいい。」
「遠慮しとくわ。お前が来い。」
「私は忙しいんだ。お前とは違う。」
ーーーよく言うわぁ... 暇さえあれば訳の分からんアダルト動画しか見てないくせに... 1回見せられたけど吐き気がした...
「リン。たまには傷を負ってこい。少しは私に治療させろ。」
「気が向いたらな〜」
「それと...ゼンジが会いたがってたぞ?育ての親なんだ。顔ぐらい出しておけ。」
「ここに来たんだ。いやでも会うだろ...」
リンは病室を後にした。
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「これ、どういう状況?」
地下都市に出たリンの目には、ミサキとレイジが戦闘を繰り広げていた。
「もう!なんで当たらないのぉ!!!絶対殺してやるぅ!!!」
「あんたの殺意はどこから来てるんだ?少し落ち着きな、て。」
ミサキは全力で目の前の男に攻撃を与えようとしているが、当たらない。綺麗に交わされている。
「アマミヤ様。お久しぶりでございます。」
老人がリンに近づき、耳打ちで今の状況を教えた。
ーーー30分もこれやってるのか... レイジは少し強くなった気がするな。あんな動きできるんだな。
「これ放置してもいいか?」
「あの...できれば止めて頂けると...」
ーーー止めるのは簡単だけど、せっかくだから...挨拶がてら...
リンは終息させるために、2人の間に入った。ミサキのジェットブーツは既に起動しており、止まる様子が無い。レイジの刀を引き抜き両手で後頭部を守るが、ジェットブーツの衝撃で筋肉がプチプチと悲鳴をあげる。
「よぉ、ドM筋肉〜 久々〜」
「目が覚めたみたいだな! アマミヤ... いや? 人間コンピューターくん。」
「リン!起きたんだ!良かったぁぁ!!!」
「それ褒め言葉じゃね? ただの頭良いやつじゃん。無理に考えんなよ。」
「お前こそ... 打たれ強いボディ、てことだよな?」
「あのぉ...リン...?」
ミサキはリンが起きたことにより、喜びに満ち溢れていた。だが2人だけの世界に入れずにいた。
俺とレイジは再開する度にやることがある。それは...
「負けても泣くなよ...?」
「勝ったことないだろお前...?」
空気が静まり返った。周囲には多くのギャラリーが集まり、今か今かと2人の戦闘を待ちわびている。
リンは握っていた刀を上に投げた。...刀は空中で回り続け、やがて地面に突き刺さった。 その瞬間...2人の距離は急接近した。 右ストレートをリンの顔目掛けて放つがギリギリでそれをよける。間髪入れず、次々に拳を放つがリンの目にはゆっくりと映っていた。
「どした〜こんなもんか〜?武器使ってもいいんだぞぉ〜ほれほれ〜そこに刺さってるぞ〜」
「お前こそ!避けてばっかりだな!反撃ができないんだな!」
ーーーやっぱり、強くなったな... 一撃でも貰えばまずい... 俺も反撃したいんだが... コイツの身体は硬い... 普段ヤブ医者にハードなプレイを強要されてる結果か?傷の数も増えてるし。 よくあんな女と付き合えたな... 体か? 確かにボンキュッボンではあるけど...
「この状況で考え事か...!」
「だって、レイジ弱いんだも〜ん。」
「こんっ...の!!!」
ーーーはい出た隙... ワンパターンなんだよな... だいたいコイツはスタミナ切れですぐバテるし... もらったな。
レイジが放った渾身の一撃がリンの頬を掠めた。だが...これはリンの狙いであり、数秒間の隙で後ろに周りレイジの首を絞めた...
「ギヴギヴギヴ!!!」
「お前変わってないなぁ。少し過大評価しすぎたかも...」
「来年は...ゴホッゴホッ...絶対勝つからな...」
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俺はこれまでの話をレイジに伝えた...
「ロボットの暴走...!? そんな情報どのニュースにも乗ってなかったぞ?首謀者は...わかったのか?」
「さぁな... だけど、昔から良くあるだろ?隠蔽するのは企業か国だ。」
「どちらもお約束だな。お前はどっちで見てる?」
「結論はまだ出せない。だけどノバラ社は、ロボット産業どころか、軍事兵器まで手を付けてる。相手にはできないな国ならなおさらだ。脳力があっても確実に負ける。」
「お前一人なら...な。」
「何が言いたいんですか〜?」
「俺を連れていけ。戦力になるだろ?」
「嫌です〜戦力外ですぅ〜。」
ーーー今回の件... いや、まさかな。 とりあえず逆探知した場所に行ってみなきゃ何も始まらない...か。
「はぁ...アマミヤ。いつも否定しかしないけど、やっぱり優しいよ。おまえは...」
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ーーー俺がする行動に優しさなんてものはない。自分にとって都合のいい普通を生きたいだけだ。親父は平等を目指して生きている。俺は恩人である親父を手伝っているに過ぎない。今も世界各国で仕事を無くした者達が集まり、暴動が起きている。日本も同様だ。俺の世界だけは、普通の...安定した世界でいて欲しい。面倒事に巻き込まれるのはごめん...だったんだけどな。 面倒事の根本は...
「俺か...」
「どうしたの?」
「ごめん。考え事してた...。ミサキ...そのジェットブーツを...いや、なんでもない。」
「リン...?いい事でもあった?笑ってるけど。」
ーーーなんだろ...この感じ。ゾクゾクする...! 楽しみなんだろうな...新しい力の目覚めに...