9話 大規模浄化魔法
今後の予定が決まった後。
さっそく父上と、王城魔法使いの長である魔法団長に、魔法の気配を見る方法と、ついでに闇魔法と他の魔法の気配の見分け方について、伝授することは出来たのだが。
「――まさか、よほど魔力感知にすぐれているか、王家の瞳を持っていなければ、習得できないほどの技術だったとは……」
銀縁眼鏡を指先で押し上げ、紫の瞳を細めながら、思わず呟く。
「そうか。セルディスも、知らなかったのだな」
「はい……」
どこか納得した様子の父上の言葉に、申し訳なさを宿して、肯定の言葉を返す。
前世でこの気配を見る技術を授けてくれた始祖様は、一度も必要な条件を語らなかった。
そのため、方法を伝えるだけで習得できるだろう、と思っていた私による伝授は、結果的に父上と魔法団長に、想定以上の難問を突破してもらう事態になってしまったわけで。
……そう言えば、始祖様は時折このように、重要な部分を教えることを綺麗サッパリ忘れる方だったと思い出して、零れそうになるため息をのみこむ。
色々、かつての師に言いたいことはあるものの、今は横に置いておこう。
何はともあれ、闇魔法の脅威を排除するための、最初の準備は整った。
その後すぐさま、王城魔法使いの中でも、特にすぐれた者たちのみを厳選して、魔法の気配を見ることが出来るように訓練したのち。
兄上についていた気配を参考に、精神干渉系の闇魔法の痕跡の捜索を、父上と王城魔法使いたち、そして私で手分けして探すことが決定。
――そこからの展開は、あっという間だった。
兄上の勉学や魔法の訓練を見学しつつ、闇魔法の痕跡を私が探す間に、父上や王城魔法使いたちも動いた結果。
……数名などではなく、数十名の貴族が、闇魔法をかけられていることが判明した。
それも、人間の魔法使いではなく、精神干渉系の闇魔法を得意とする、魔物によって。
どうやら、首都である城下の街をおおう結界のほころびを抜けて、街へ侵入していたらしい。
すでに結界は修復済みであり、魔物の居場所こそ分からないものの、結界の内側にいるのであれば逃がさず、外側にいるのであれば再度の侵入を拒む状況が整っている。
さいわい、魔族に対抗する力を持つ、王城騎士や王城魔法使いに、闇魔法がかけられている者がいなかったことで、すぐに対策することが出来た。
後は、貴族たちにかけられている闇魔法を浄化し、結界の内側にいた場合、その魔物を倒すだけ。
――父上の決断は、早く確実なものだった。
王家、魔法団長を筆頭とする王城魔法使いたち、各騎士団長を筆頭とする王城騎士たち、そして重臣たちをそろえた、玉座の間にて。
「大規模浄化魔法を展開し、首都の闇を浄化する!」
「はっ!」
凛、とそう父上が告げた言葉に、王城魔法使いたちがいっせいに頭を垂れる。
次いで、大規模な魔法の展開の主軸となる魔法団長を残し、他の王城魔法使いたちは素早く玉座の間から出て行った。
通常、大規模とつくような魔法には、複数の魔法使いが発動に協力し、時をあわせて同時に一つの魔法を編み上げて発動する。
その際、魔法の展開範囲へ確実に魔力が届くよう、展開範囲の端に数人の魔法使いが立つことが前世では一般的な方法だったが、おそらく今世でも同じなのだろう。
魔法使いたちが去り、騎士たちや重臣たちの緊張が満ちる中。
ふと玉座に腰かけた父上の紫の瞳が、端の窓際に置かれたソファに、兄上と姉上と共に座っていた私へと向く。
「セルディス。
精神干渉系の闇魔法を得意とする魔物は、その魔法に特化していることで、逃げ足が速い事以外では、強力な防御手段を持たないのだったな?」
主に、魔族と直接戦うような体験の少ない重臣たちへの、補足の説明としてたずねられた言葉に、父上へとうなずきを返す。
「はい、父上。
そのため、わざわざ強力な浄化魔法で、狙い撃ちをする必要はありません。
結界の内側にまだ魔物がいたとしても、薄く広く浄化をかける大規模浄化魔法で、倒し切ることが出来るかと」
「うむ」
私の説明を含んだ返答に、どこか満足気に笑んだ父上は、刹那に表情を引きしめて、玉座から立ち広間の中央へと歩みよった。
初老の魔法団長がその隣に並ぶと、とたんに場の緊迫感が増す。
一年に一度は、定期的に発動しているらしい、大規模浄化魔法。
その、今年二度目の展開が……はじまった。
「「〈天の高き神聖なる光よ、あまねく渡る清らかなる風よ――」」
父上と魔法団長が、声をそろえて紡ぐ詠唱に、広い街の端々から、魔力が流れ編まれていく。
図らずも、現代の王城魔法使いたちの実力が垣間見え、そのまずまずの実力に、つい微笑みが浮かんだ。
やがて、淡い白光の粒が玉座の間のあちらこちらで煌き、幻想的な光景が広がったのち。
「「〈我らが大地に浄化の息吹を! セインアイレアース!〉」」
宣言された魔法の名が、白光の粒をさらに輝かせ、父上と魔法団長を中心にして、波紋のように玉座の間から外へ広がり、王都中へと美しく神聖なる白光を届かせた。
その後――この一件をきっかけに、第二王子が【創世神の愛し子】であったと言う驚愕の真実とやらが、またたく間に国中へと広まったらしく。
その話を聞き、思わず小さな苦笑を浮かべてしまった。
――記憶持ちと言うだけの開示など、序の口でしかないのに、と。