8話 闇魔法の気配
いまだ驚きと不信を交ぜた、緊迫感が漂う部屋の中。
私にとっての本題はこちらなので、迷わず口火を切る。
「実はこのたび、私が【創世神の愛し子】であることを開示したのは、今からお伝えする内容を、子供の話だからと流されないようにするためでした」
「――聴こう」
私の言葉に、表情を威厳あるものへと変えた父上が、端的に話の続きを促す。
その対応に感謝しつつ、今一番の心配事である本題を、言葉にする。
「兄上の周囲に、精神干渉系の闇魔法の気配が残っていました」
刹那、部屋にどよめきが湧き起こった。
「何!?」
「アルヴェルに!?」
「殿下! 詳しくお教えくださいませ!」
驚愕する父上と母上に続き、王城魔法使いの当代の長とおぼしき、初老の男性が紺色のローブを揺らして歩み寄ってくる。
彼の問いかけに、一つうなずき、私が把握していることを順に伝えていく。
つい先ほど、兄上が私の学ぶ様子を見に来た時に、気づいたこと。
兄上が、直接闇魔法をかけられているわけではないこと。
そして……わずかとは言え、魔法の気配が兄上についていたと言うことは、すなわち兄上の周囲にいる者たちに、闇魔法がかけられている可能性があること。
私の説明を聴き、王城魔法使いの長と父上が顔を見合わせる。
「早急に手を打つ必要があるな? 魔法団長」
「はい、陛下。
……しかしながら、まずは第一王子殿下についていたと言う、闇魔法の気配を調べる必要がありますが、それが可能かどうか……」
「うむ」
片や悩ましげに、片や重々しく。
それぞれ困難さを示した、魔法団長と父上に、疑問が浮かぶ。
精神干渉系の闇魔法と言えば、正常な思考を狂わせる、害悪な魔法の筆頭に近しい魔法だ。
それをかけた存在が、人間であるのか魔族であるのか、その違いによって被害の度合いが変わる場合はあるが、基本的に害悪であることに違いはない。
私が、王子と言う立場に必要な慎重さを横に置いてでも、【創世神の愛し子】であることを告げ、この問題を伝えたのは――まさしく、この害悪さを知っていたからだ。
正直に言えば、この後の展開として、今すぐに兄上についていた気配を確認し、その気配から魔法の痕跡を探り、闇魔法をかけられている者を見つけ出して、光魔法による浄化をおこなう、と言う以外の道筋は無いとさえ思うのだが……。
それに、魔法をかけた存在への、何らかの対策も必要だ。
当然ながら、何も行動を起こさずに、この危険な状況を解決することなど、出来ないのだから。
「――あの。なぜ、すぐさま対応することが難しいのでしょうか?」
さすがに、押し黙る父上と魔法団長が、精神干渉系の闇魔法の恐ろしさを知らないとは思えない。
私の問いに、真剣な表情で父上が答えてくれた。
「あぁ。私も、それに王城魔法使いたちも、魔法の痕跡ならば分かる。
ただ……気配となると、な」
「魔法の気配は、分からない、と?」
「あぁ、そうだ」
なんと――まさか、気配が分からないとは。
これはさすがに、想定外だ。
思わず、魔法団長のほうにも視線を注いでしまう。
「……大変申し上げにくいのですが、陛下のおっしゃる通りなのです、殿下。
明らかに魔力がその場に残っている痕跡ならば、可能ですが。
気配と呼ぶほど……痕跡が消えてしまっている状態となりますと、確認が難しいのです」
「……そうでしたか。父上やあなたほど優秀な魔法使いでも――気配は、見えないものなのですね」
申し訳なさそうな表情で告げた魔法団長の言葉に、納得を返しつつ。
小さく、自らを納得させるために呟きながら、考える。
もし、このまま父上や魔法団長が、解決のために最適な策を出せないのであれば。
もはや、私が過去から引き継いだ知識と技術を総動員して、何とかするしかない。
ひとまず、それを伝えようと少し下げていた視線を上げると、先に父上が口を開いた。
「セルディス。これは、可能であるならば、だが。
……私たちに、気配を見る方法を教えてくれないか?」
注がれた紫の瞳を見返し、まばたきを一つ。
父上の名案に、すぐにうなずきを返す。
そうだ、その手があった。
父上や魔法団長は、元・大魔法使いである私が、優秀だと感じるほどの魔法使い。
時間が許す限りにはなるが、方法を教えることで、習得する可能性は十分にある。
「分かりました。
今回使用されている魔法の危険性を考えますと、あまり時間がありません。
まずは父上と魔法団長に、魔法の気配を見る方法をお伝えします」
「あぁ。頼むぞ、セルディス」
「よろしくお願い致します、殿下」
「――はい」
決まった今後の道筋に、しっかりとうなずきを返す。
いったい、何者がどのような意図で、どれほどの数の人々に、闇魔法をかけているのか。
兄上の安全のためにも、早く見つけなくては。
今世では、私自身だけではなく。
この大切な母国に生きる人々の、平穏な日常を望み、願い――護ると、あの日決めたのだから。