7話 【創世神の愛し子】
どちらが優秀な次期国王か、などと争う意味は、はじめから兄上と私の間には無い。
ゆえに、対処法ははじめから、分かり切っていることだった。
――とても単純な方法で、十分なのだと。
「【創世神の愛し子】!?」
「はい」
この三年間ですっかりなじんだ銀縁眼鏡を指先で押し上げ、兄上の問いに短く答える。
真実の暴露による驚愕は、私の予想通りに、兄上の表情のかげりを見事吹き飛ばすことに成功した。
……ついでに、この部屋にいた他の人たちも、しっかりと巻き込んでしまったが。
「へ、陛下と王妃殿下に、ご報告をしてまいりますっ!」
「う、うん!
……えっと、本当なのかい? セルディス」
静かに部屋の端で控えていたはずの執事が、慌てて兄上に告げて足早に部屋を後にするのを見送り。
まだ信じられない、と言う表情をしている兄上の問いかけに、やわらかに微笑んでうなずきを返す。
「はい。ちなみに、前世でも【創世神の愛し子】でしたので、今世で人生は三度目の認識です」
「さ、三度目……」
私のつけ加えた言葉に、唖然とする兄上は、思わずと言った風に、同じく唖然としている教師と顔を見合わせた。
しばし、困惑と共に状況の理解につとめている様子を静かに見守っていると、話を聴いたのだろう姉上が、部屋へと飛び込んでくる。
「セルディス! あなた【創世神の愛し子】だったの!?」
「はい、姉上。前世では、八十歳くらいまで生きていましたよ」
「えっ!? 八十歳!? セルディスはまだこんなに小さいのに、おじいさんだったの!?!?」
「お婆さんかもしれませんよ、姉上」
「えっ!? おばあさんだったの!?」
「いえ。私の場合は、お爺さんでした」
「そうなのね……!!」
驚きすぎて、若干混乱している様子の姉上に、今世と前世で性別が異なる場合もあるらしいと言う、およそ世界の大半の人々にはあまりにも関係のない雑学を披露している間に、兄上も教師も気をもち直したようだった。
いつの間にか、部屋の中にいる全員がどこか興味深げに、私が語る【創世神の愛し子】ならではの出来事――まさに今回の一件のきっかけとなった、文字や歴史の知識をはじめから知っていたという内容に、耳を傾けてくれている。
「そうか……だから、セルディスはとても賢かったのか」
「いいえ。賢く見えただけですよ、兄上。
私は、特別賢人の素質を持つたぐいの人間ではありませんから」
ささやかな兄上の勘違いに訂正を告げると、横で姉上が勢いよく首を横に振った。
「そんなことないわ!! わたくしのかわいいセルディスは、ぜったいわたくしより賢いもの! お兄様とおなじよ!」
「うんうん。私も、可愛いくて賢いルフェリアの意見と、同じだな」
「ふふんっ!」
……本当に、とても可愛らしい兄と姉だと思う。
思わず、微笑ましさと嬉しさに頬をゆるめていると、ようやく準備が整ったのか、父上の執事が私を呼びに来た。
兄上と姉上に、父上とお話をしてくることを伝えて、初老の執事の先導に従う。
たどり着いたのは、父上の執務室とおぼしき部屋だった。
執事のノックに、すぐさま開かれた扉の奥では、すでに父上と母上がソファに腰かけている。
壁側には重臣なのだろう、真剣な表情をした者たちが並んでいた。
これもまた、当然の対応だろうと思うだけで、多くの驚きの眼差しといくつかの疑いの眼差しが注がれていても、特に無表情を変えることもなく、両親の対面のソファに腰を下ろす。
目の前に座る父上と母上は、真剣ながらも驚きをふくむ表情のまま、一度互いに視線を交わしたのち、口を開いた。
「【創世神の愛し子】の証である、かつての記憶については、先人への敬意をそこなわぬよう、通例にのっとりこちらから尋ねることは控えるが……それにしても、驚いたな」
「えぇ。落ち着いている子だとは思っていましたが……それは、アルヴェルも同じでしたから、気がつきませんでしたわ」
「あぁ、私もだ」
――さすがは、当代の国王と王妃。
どうやらお二人は、突然告げられた私の言葉を、疑う気もないようだ。
素晴らしい判断力だと思うと同時に、若干心配にもなる。
いくら兄上という落ち着いた子の前例があり、なおかつ兄上や姉上同様、私を大切に愛してくれていることが、目に見えるほど明らかであるとは言え、少しは疑うものだと思うのだが……。
疑いさえしないほど、私を信じてくれている。
きっと、そう言うこと、なのだろう。
本当に――今世の私の家族は、素敵な人たちだ。
ふわりとうかんだやわらかな微笑みの奥で、改めてそう感じ入る。
……いくつかはまだ、疑いの眼差しが注がれているが、ひとたび父上と母上が私を【創世神の愛し子】だと判断したのであれば、それはもはや決定事項。
何より【創世神の愛し子】と言う存在自体が、その呼び名が示す通り、創世神から珍しい恩恵を授かった特別な者なのだ。
ここから先、私のかつての記憶を疑うことは、すなわち創世神への冒涜としてあつかわれる。
そのため、周囲に控える者の誰も、口を挟むことはできない様子で、私たちを見つめていた。
おおよそ予想通りの展開だ、と。
前世でも【創世神の愛し子】であった身としては、ただそう思う。
むしろ――この後に伝える内容のほうが、重要だ、と。