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紫眼のセルディスは平穏を望む  作者: 明星ユウ
一章 かつてを今にも持つ先人
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6話 平和な時ほど……

 



 記憶が戻ったあの日から、今の時代の事を知るためにと、多くの疑問を身近な人々にたずねる日々が続いた。


 その結果、今の時代は前世の時と比べて、魔族たちの動きがあまり活発ではなく、比較的平和な時代であることが分かり、ひとまず安心できたことが一番の収穫だろう。


 他にも、魔法形態の変化はあまりないこと。

 父上が名君であること、母上が多くの女性にとってのあこがれであること。

 兄上がとても優秀な次期国王として見られていること、姉上はちょっとお転婆なことなども、知ることができた。


 そして、それとは別に。

 前世の記憶がある身としては、気がかりもあった。


 特に――魔族たちの動きと、平和な時ほど不穏な影が忍び寄るものだという、いわゆるお約束的展開。


 幼さゆえに、可能な言動は限られているものの、少なくともその二点だけは用心しておこうと心に決め――早くも三年の月日が流れた。




【創世神の愛し子】であることを伏せたまま、六歳になって少し経った、今日この頃。


 三年前に壊された後、すぐさま見事に修復された寝室の窓から、すがすがしい朝の陽光が射し込む中で、侍女のみんなに身支度をしてもらうのにも、もうすっかり慣れた。


 当然――先に身支度をすませた八歳の姉上の、寝室突撃にも。


「セルディスの髪は、ほんとうにきれいね!」

「ありがとうございます、姉上。

 姉上の銀色の髪も、とても綺麗ですよ。今日もキラキラとしています」

「まぁ! さすがわたくしの弟ね! このキラキラがわかるなんて!」


 そう、突撃後からの会話にも慣れ、自慢げに艶やかな銀色の長い髪をぱっとはらう、八歳の姉上をご機嫌にするのはもはや、得意技と言っても過言ではない。


 これでも、前世では八十年も生きた身。

 慣れることには、あるていどの自信があった。


 可愛らしい姉上の様子に、やわらかく微笑みながら、身支度のほうに意識を戻す。


 姉上が褒めてくれた、肩をすぎるほど伸びた青銀の髪は、侍女たちが今日も丁寧に櫛を通し、光沢をもつ紫の紐を使って、首の後ろでひとまとめにしてくれている。


 姿見の鏡に映る自らの姿は、まだまだ幼いものの。

 美しい刺繍がほどこされた、王族らしい気品あふれる服をまとっているおかげか、ずいぶんと兄上のような王子らしさも見えてきた。


 この身支度が終わると、姉上と一緒に食堂へ向かい、家族全員で食事を楽しむ。

 そしてその後は、六歳になった後すぐにはじまった、私としてはありがたい勉学の時間だ。


 今はちょうど、文字の読み書きや歴史の勉学と並行して、基礎的な魔法の勉学もはじまったため、個人的にはとても楽しく親しみのある時間になっている。


 もっとも、読み書きや歴史に関しては、前世の約二百年後である今世でも、さいわい目立った変化はなく、教わる前からおおよそ習得してしまっていた。


 前世の知識だけでも、教師陣から与えられる課題を難なくクリア出来てしまったことで、教師陣を驚愕させたのは記憶に新しい。


 表情にこそ出てはいなかったものの、身体の内側に宿り、表面までをおおっている魔力が、ゆらゆらとせわしなく揺れていたことで、すぐに彼や彼女の動揺に気づいた。


 とは言え、残念ながら前世でさえかなり特殊な環境で育った私には、一般的な幼子の知識の基準など、分かるはずもなく。

 どうしたものかと考えながら、今日も勉学にはげむことしか出来ないわけで……。


 そうしておとずれた、勉学の時間。

 ――ついに、一つの事件が起きてしまった。




「……これだけ賢いのなら、セルディスのほうが、次期国王に向いていると思うな……」

「――え?」


 私が学ぶ様子を見に来た十歳の兄上が、いきなりそう、ぽつりととんでもないことを零す。


 少しの驚きを胸に、椅子に座ったまま隣に立つ兄上を見上げると、優しく穏やかな兄上には似合わない、苦悩に眉根をよせてかげる表情が見えた。


 これは……おそらく、私があまりにもスラスラと勉学を進めている姿を、兄上自身よりも賢いと判断してしまったのだろう。


 チラリと一瞬だけ視線を向けて見やった、初老の紳士な教師の表情が、心なしか青ざめている。

 これは当然の反応だ。


 兄上や姉上や私の勉学を担当する人格者な教師陣は、第一王子と第二王子に、勉学の出来で争いを望むような者たちではないのだから。

 しかし、だからと言って彼では、現状を解決することは困難だろう。


 この場における一番の問題点は、二つ。

 兄上と私のどちらを優秀だと告げても、どちらに対しても無礼になる点。

 二人とも優秀だと告げても、今の兄上はあまり納得してくれないだろう点。

 つまりは、複雑な礼節と、感情の不安定さ。


 ……では、どうすればこの状況を平穏に戻せるだろう?


 静まり返った部屋の中。

 素早く覚悟を決めて、じっとその紫の瞳を同じ色の瞳で見つめ、サラリと告げる。


「いえ、兄上。

 私の場合は、これくらいの勉学は出来て当然ですよ。

 私はそもそも、記憶持ちの【創世神の愛し子】なので、中身は大人ですから」


「――えっ?」


 絶句したのは、決して兄上だけではなく。

 平穏を取り戻すための一手として、やはりこの手は最適だったと微笑みがうかぶ。


 そう、このような時は。

 いっそのこと思い切って――真実と言う名の爆弾を、綺麗に爆発させてしまえばいいのだ。




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