49話 邪悪はまだ陰の中
白き輝きが消え、光が獣の魔人をすっかり消し去った後。
「兄上、姉上、みんな、無事ですか?」
溢れ出る魔力を再度封じて、問いかけながら振り返ると、全員の視線が注がれていた。
「あ、あぁ……怪我自体は、戦いの余波でかすり傷がついたくらいだよ」
「オレたちも大丈夫です!」
若干慌てたように、兄上とヨルがそう答えるのに安心してうなずきつつ、さきほどから兄上の隣でうつむき、ぷるぷると震えている姉上を見やる。
慣れていることも多い小冒険から、突如強敵である魔人との戦闘になったのだ。
姉上も、本当は怖かったのだろうか?
心配になり、姉上へ声をかけようと口を開き――言葉が出るより先に、姉上がぱっと顔を上げた。
キラッキラに煌いている、紫の瞳と視線がぶつかる。
「すっご~~いわっ!!
セルディスは本当の本当に、とってもすごい大魔法使いだったのねっ!!」
――そう言えば、姉上は私よりもずっと、強い心を持つ人だった。
笑顔を咲かせ、全力で感動しつつも、好奇心全開で声を弾ませる姉上に、思わずこちらも微笑みが浮かぶ。
「なんだよルフェリア、今さら気づいたのかぁ?
セスは俺の、自慢の愛弟子なんだぞ?
凄くないわけがないだろ~?」
「違いますわ、始祖様!
わたくしの自慢の弟が、もっともっとすごかったことに、気づいたのですわっ!!」
……こうも全力で褒められると、頬も熱くなってしまうというものだ。
照れ隠しの咳払いを一つ、コホンと響かせ、何はともあれと告げる。
「とりあえず、まずはかすり傷を癒しましょう」
私の照れ隠しに気づいた面々が、笑顔で賛成の言葉を森の中に響かせた。
その後、すぐさま取って返した冒険者ギルドにて、ギルド長ドレイクに事態を伝えたのち、王城へと帰還。
「このまますぐに、父上にご報告に行こう」
「はい、兄上」
「分かりましたわ、お兄様!」
兄上の一声で、王城へ戻ってそうそう、まずはと父上の執務室へ足早に向かう。
入室の許可を取り、兄上と姉上と一緒に部屋の中へ入ると、先に軽く報告が届いていたようで、三人そろって母上の腕の中に包まれた。
「獣の魔人と戦い、倒したと聞いた。
怪我はかすり傷だけだったそうだが、本当かい?」
「はい、事実です。
安全第一で戦いましたから」
王ではなく、父としての顔で近寄り尋ねてくる父上と、いまだ腕の力をゆるめようとしない母上を安心させるため、そう凛と答える。
「本当よ、お母様、お父様!」
「セルディスと始祖様が、しっかりと私たちを護ってくれました」
続いた姉上と兄上の言葉に、ようやく母上は腕をゆるめて微笑み、父上もふっと吐息をついて王の顔を取り戻した。
「報告を聴こう」
威厳を込めて告げられた言葉に、兄上と姉上と共にうなずきを返し、そろってソファに腰かける。
重臣たちの他にも、魔法団長や【特務団】の団長ロデルス、それに各騎士団長までそろう部屋の中、兄上の状況説明の言葉がしばし続く。
獣の魔人との戦闘のはじまりから終わりまでを語る、兄上の声を聴きながら、ふと浮かんだ疑問に視線を右肩へと流す。
私の右肩に乗る、人工精霊の始祖様もまた、何事かを考えている様子だった。
おそらく、私と始祖様の考えている疑問は、同じだろう。
兄上の説明がひと通り終わったのを確認し、口を開く。
「今回の獣の魔人の襲撃が、以前の古いダンジョンから魔物たちが溢れ出た一件と関わりがあることは、間違いありません」
「あぁ。アイツは、影の狼の魔物たちのことを話してたからな。
おおかた、子分をやられた腹いせに、報復に来たってとこだろ」
「なんと……」
始祖様がつけ加えてくださった説明に、父上や魔法団長、それにロデルスまでもが、険しい表情になる。
しかし、本当に伝えたいことは、その先の言葉だった。
「問題は、あの獣の魔人が単独で動いたのか、それとも……他の魔人の関与があったのか、かと」
「アイツにそそのかされた可能性が、高いだろうな」
「始祖様も、そう思いますか?」
「おう」
いつになく真剣な声で、迷いなく肯定を返す始祖様に、こちらも表情を引きしめる。
視線で問う父上に、一つの推測を口にした。
「おそらくは、今回の一件もまた――灰色の魔人が、獣の魔人を裏から言葉巧みに操り、仕向けたものでしょう」
この王国にとって、私の前世から続く因縁のある、最大の脅威たる灰色の魔人。
あの魔人はかつても、他の魔人さえマリオネットのように操っていた。
一気に空気を重くした執務室の中、少しでも何か手掛かりがあればと、風の君を呼び協力をあおぐ。
……が、しかし。
近くの森に、邪悪の痕跡がないかを調べてくれた風の君は、そっと首を横に振った。
「特に異変はありません」
「隠れるのだけは、あっちが上手だからな」
灰色の魔人の最も厄介な点を、苦々しく語る始祖様にうなずき――いまだ陰の中にいる邪悪に対して、闘志を灯す。
「警戒を続けよう」
凛と告げた父上の言葉に、全員が力強く応えた。
――その瞳に、私と同じ闘志を燃やして。




