47話 怒る魔人の襲来
兄上と姉上との小冒険は、実に順調に進んでいた。
討伐対象の狼姿の魔物たちを難なく倒し、証明部位を回収後、魔力感知で魔物の位置を確認して、その場所へとまた移動する。
「いやぁ、順調順調!」
「今のわたくしたちなら、この程度の魔物でご心配はかけませんわ、始祖様!」
「ホント、ルフェリアもアルヴェルも、あっという間に強くなったよな~!」
始祖様と姉上に至っては、そう楽しげに会話を交わす余裕まであるほどだ。
「油断してはいけないよ、ルフェリア」
「分かっておりますわ、お兄様!」
つい、兄上の心配性な一面が出るが、姉上は慣れたものらしい。
姉上の元気な返事に苦笑を零す兄上の背を、ぽんぽんと軽く叩いてなぐさめつつ、今回ばかりは始祖様と姉上の余裕に、内心では同感する。
なにせ、護衛の近衛騎士たちや、【特務団】のヨルとミミリアの出番さえ、今回はほとんどなく、進んでいるのだ。
きっとこの小冒険は、安全なまま終わることだろう、と。
……そう思ったのが、フラグだったのかもしれない。
周囲を警戒しつつも、問題なく森の中を移動していた、その時。
ふいに肌をピリリと刺すような感覚がして、思わず足を止めた。
今、確かに感知したのは――強大な魔力を宿す、脅威の化身。
「セス」
「殿下!」
刹那、始祖様と【特務団】のヨルが、同時に私へと声を放つ。
……どうやら始祖様もヨルも、アレの存在に気づいたらしい。
「どうしたんだい?」
素早く問いかける兄上と、不思議そうに私たちを振り返った姉上に、迷いなく口を開く。
「強い魔族が、こちらへと向かって来ています。
これほど強い感覚が伝わってくるのならば、おそらく……相手は、魔人かと」
とたんにサッと、兄上と姉上の表情が変わる。
誰かが息をのむ音と共に、近衛騎士たちが思わずといった風に、剣の柄を握った。
必要不可欠な緊張感が、またたく間に周囲へ満ちていく。
「倒そう」
静かに、それでいて厳かに、兄上が告げた。
覚悟の灯った紫の瞳の強さは、まるで父上を見ているかのよう。
兄上の言葉に、すぐさま全員が力強く、うなずきを返す。
これは至極、当然の返答だ。
たとえ相手が、破壊の象徴のような存在である魔人だからと言って、逃げるという選択肢など、はじめから私にも始祖様にもない。
そしてそれは、心配の感情は別として――このマギロード王国の王族である、兄上や姉上も同じだった。
「無茶はしないわ」
「うん。
セルディス、いざという時は、私とルフェリアは父上への伝達を優先するよ。
残念だけど……私たちにはセルディスほどの強さはないからね」
普段ならば、真っ先に戦いを挑みそうなしたたかさを持つ姉上が、冷静にそう告げ。
それにうなずいた兄上もまた、お二人自身の安全を考えた策を伝えてくれる。
きっと、お二人はすでに、気づいていらっしゃるのだ。
……ご自身の立ち位置次第で、私の戦い方が変わるのだということを。
ありがたい申し出に、微笑んでうなずきを返す。
「心得ました。
私にとっても、可能な限りお二人が怪我をしない方が、安心して戦いに集中できます」
「大丈夫、分かっているよ」
「そうよ、大丈夫よセルディス!
この時のために、魔法を磨いてきたのだもの!」
何とも頼もしい、兄と姉だ。
そう思えるほどには、私もお二人を信じている。
強大な魔力の持ち主が、ぐんっと距離をつめてきたことを感知し、銀縁眼鏡を押し上げて息を吸い、吐く。
戦うための覚悟など、改めてする必要もない。
この場にいるみんなと、この国とを護り、魔族を倒すことは――私にとっては、すでに当たり前のことなのだから。
「――来る」
短く、始祖様が合図のように呟いた、瞬間。
ザァッ!! と土を踏み荒らし、長身の姿が前方に現れた。
スラリとした、人間の男性に似た体躯。
ピンと立った狼の耳、不機嫌に揺れる尻尾。
そして、魔族を示す赤い炯眼。
――獣人のような姿の、獣の魔人だ。
素早く剣や杖を構える面々を背に、数歩前へと歩み出て、獣の魔人と向き合う。
グルルル……と低いうなり声が鳴り、赤い炯眼が鋭く私を見た。
一触即発の空気の中、獣の魔人が口を開く。
「オマエ、影の子分たちを、消したヤツ。
今日は、オレがオマエを、喰う」
……なんとも物騒な言葉だ。
さすがは獣の魔人、魔族の中でも特に破壊的な衝動が強いだけのことはある。
しかし、こちらも負けてはいられない。
睨みつけてくる赤い炯眼を、冷ややかに見返し、言葉を返す。
「あいにくと、こちらもかじられた方がいたからこそ、反撃したまで。
私まで、大人しくかじられるつもりはありません」
「負け犬の遠吠えなんざ、こっちが聞いてやる義理もねぇしなぁ?」
いつもの始祖様の悪口も、今は一段と痛烈だ。
再び、低く喉を鳴らした獣の魔人が、ぐっと身をかがめて吠える。
「切り裂いてやるッ!!」
「――願い下げです」
「やれるもんならやってみやがれっ!!」
ザッと土を蹴り上げる音が――戦闘開始の合図となった。




