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紫眼のセルディスは平穏を望む  作者: 明星ユウ
二章 日常と冒険を謳歌する少年
47/50

47話 怒る魔人の襲来

 



 兄上と姉上との小冒険は、実に順調に進んでいた。


 討伐対象の狼姿の魔物たちを難なく倒し、証明部位を回収後、魔力感知で魔物の位置を確認して、その場所へとまた移動する。


「いやぁ、順調順調!」

「今のわたくしたちなら、この程度の魔物でご心配はかけませんわ、始祖様!」

「ホント、ルフェリアもアルヴェルも、あっという間に強くなったよな~!」


 始祖様と姉上に至っては、そう楽しげに会話を交わす余裕まであるほどだ。


「油断してはいけないよ、ルフェリア」

「分かっておりますわ、お兄様!」


 つい、兄上の心配性な一面が出るが、姉上は慣れたものらしい。


 姉上の元気な返事に苦笑を零す兄上の背を、ぽんぽんと軽く叩いてなぐさめつつ、今回ばかりは始祖様と姉上の余裕に、内心では同感する。


 なにせ、護衛の近衛騎士たちや、【特務団】のヨルとミミリアの出番さえ、今回はほとんどなく、進んでいるのだ。


 きっとこの小冒険は、安全なまま終わることだろう、と。


 ……そう思ったのが、フラグだったのかもしれない。




 周囲を警戒しつつも、問題なく森の中を移動していた、その時。

 ふいに肌をピリリと刺すような感覚がして、思わず足を止めた。


 今、確かに感知したのは――強大な魔力を宿す、脅威の化身。


「セス」

「殿下!」


 刹那、始祖様と【特務団】のヨルが、同時に私へと声を放つ。

 ……どうやら始祖様もヨルも、アレの存在に気づいたらしい。


「どうしたんだい?」


 素早く問いかける兄上と、不思議そうに私たちを振り返った姉上に、迷いなく口を開く。


「強い魔族が、こちらへと向かって来ています。

 これほど強い感覚が伝わってくるのならば、おそらく……相手は、魔人かと」


 とたんにサッと、兄上と姉上の表情が変わる。

 誰かが息をのむ音と共に、近衛騎士たちが思わずといった風に、剣の柄を握った。


 必要不可欠な緊張感が、またたく間に周囲へ満ちていく。


「倒そう」


 静かに、それでいて厳かに、兄上が告げた。

 覚悟の灯った紫の瞳の強さは、まるで父上を見ているかのよう。


 兄上の言葉に、すぐさま全員が力強く、うなずきを返す。


 これは至極、当然の返答だ。

 たとえ相手が、破壊の象徴のような存在である魔人だからと言って、逃げるという選択肢など、はじめから私にも始祖様にもない。


 そしてそれは、心配の感情は別として――このマギロード王国の王族である、兄上や姉上も同じだった。


「無茶はしないわ」

「うん。

 セルディス、いざという時は、私とルフェリアは父上への伝達を優先するよ。

 残念だけど……私たちにはセルディスほどの強さはないからね」


 普段ならば、真っ先に戦いを挑みそうなしたたかさを持つ姉上が、冷静にそう告げ。

 それにうなずいた兄上もまた、お二人自身の安全を考えた策を伝えてくれる。


 きっと、お二人はすでに、気づいていらっしゃるのだ。

 ……ご自身の立ち位置次第で、私の戦い方が変わるのだということを。


 ありがたい申し出に、微笑んでうなずきを返す。


「心得ました。

 私にとっても、可能な限りお二人が怪我をしない方が、安心して戦いに集中できます」


「大丈夫、分かっているよ」

「そうよ、大丈夫よセルディス!

 この時のために、魔法を磨いてきたのだもの!」


 何とも頼もしい、兄と姉だ。

 そう思えるほどには、私もお二人を信じている。


 強大な魔力の持ち主が、ぐんっと距離をつめてきたことを感知し、銀縁眼鏡を押し上げて息を吸い、吐く。


 戦うための覚悟など、改めてする必要もない。

 この場にいるみんなと、この国とを護り、魔族を倒すことは――私にとっては、すでに当たり前のことなのだから。


「――来る」


 短く、始祖様が合図のように呟いた、瞬間。


 ザァッ!! と土を踏み荒らし、長身の姿が前方に現れた。


 スラリとした、人間の男性に似た体躯。

 ピンと立った狼の耳、不機嫌に揺れる尻尾。

 そして、魔族を示す赤い炯眼。


 ――獣人のような姿の、獣の魔人だ。


 素早く剣や杖を構える面々を背に、数歩前へと歩み出て、獣の魔人と向き合う。

 グルルル……と低いうなり声が鳴り、赤い炯眼が鋭く私を見た。


 一触即発の空気の中、獣の魔人が口を開く。


「オマエ、影の子分たちを、消したヤツ。

 今日は、オレがオマエを、喰う」


 ……なんとも物騒な言葉だ。

 さすがは獣の魔人、魔族の中でも特に破壊的な衝動が強いだけのことはある。


 しかし、こちらも負けてはいられない。


 睨みつけてくる赤い炯眼を、冷ややかに見返し、言葉を返す。


「あいにくと、こちらもかじられた方がいたからこそ、反撃したまで。

 私まで、大人しくかじられるつもりはありません」

「負け犬の遠吠えなんざ、こっちが聞いてやる義理もねぇしなぁ?」


 いつもの始祖様の悪口も、今は一段と痛烈だ。

 再び、低く喉を鳴らした獣の魔人が、ぐっと身をかがめて吠える。


「切り裂いてやるッ!!」

「――願い下げです」

「やれるもんならやってみやがれっ!!」


 ザッと土を蹴り上げる音が――戦闘開始の合図となった。




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