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紫眼のセルディスは平穏を望む  作者: 明星ユウ
二章 日常と冒険を謳歌する少年
45/50

45話 再会するその日まで

 



 フリア・ノルテッツ辺境伯令嬢と、共に孤児院での時間を過ごした、その日から。


 事前に、フリア嬢が庭園へ出入りする事の許可を取り付けたことで、お互いの時間が合えば、庭園で日常の出来事や魔法の話を語り合う日々が続いていた。




「殿下! ごきげんよう」

「ごきげんよう、フリア嬢」


 綺麗な所作の一礼に、こちらも一礼を返す。

 庭園の一角で交わすこの挨拶にも、そろそろ慣れてきた。


 ――薄緑の長い髪を、花々の間で揺らすフリア嬢に対して、本当に花が似合うご令嬢だと思うことにも。


 そんなフリア嬢は、今日は笑顔で交わした挨拶の後、すぐに表情を引きしめて、口を開いた。


「殿下。本日は少しだけ、わたくしにお時間をいただけませんか?」

「かまいませんが……どうしました?」


 真剣な表情のフリア嬢に、何かあったのだろうかと、心配になる。

 しかし、何やら私以上にフリア嬢を気にかけている様子の始祖様から、心配事を聴いた覚えもない。


 私の問いかけに、フリア嬢は少しだけ水色の瞳に強い感情を乗せて、答えてくれた。


「前に殿下が教えてくださった魔法を、使えるようになったので、ぜひ見ていただきたいのです……!」

「――なるほど。それは楽しみです」


 困り事ではなかった点に安堵しつつ、つい微笑みが浮かぶ。

 魔法の披露は、大歓迎だ。




 少し移動して、土の道が伸びる場所へたどり着くと、さっそくフリア嬢が静かに地面へと手をかざす。


 瞬間、スルスルと突如伸びてきた緑色の蔓に、この緑魔法でどのような動きを披露してくれるのだろうかと、好奇心が胸の内に灯る。


 次いで、伸びて立ったままの蔓の近くに、もう一本の蔓が地面から伸びてきて、素早くぐるりと絡みつく様子に、思わず口を開いた。


「なるほど。標的に蔓を巻き付かせて、動きを封じるのですね」

「はいっ! まだ、動くものに試したことはないのですが……」


 以前伝えた情報から、こうして新しく魔法を習得しただけでも凄い事だと言うのに、そのさらなる向上心を宿す言葉には、感服せざるを得ない。


 だからこそ、一つうなずき、言葉を返す。


「たしかに、実戦を考えますと、その練習も必要ではありますが――まずは、この短い期間で一つの魔法を習得したこと自体が、とても素晴らしいと思います。

 ぜひご自身を褒めてあげてくださいね」

「は、はいっ! うれしいですっ!

 ありがとうございますっ! 殿下!」


 私の言葉に、フリア嬢が満開の花のような笑顔を咲かせた。

 こちらも微笑みを返しつつ、いつも思う事を、また思う。


 この笑顔は本当に――とても眩しい笑顔だな、と。




 そうして、いつもの日常の中に、フリア嬢と過ごす時間が含まれた日々は、あっという間に流れ。


 やがて……フリア嬢が辺境伯領へ帰る日になった。



 王城の庭園へ、母君であるノルテッツ辺境伯夫人と共に訪れたフリア嬢と、こちらも王妃である母上と共に対面する。


 淡い水色の長髪を背に流した辺境伯夫人は、一瞬だけ青色の瞳でこちらを見てから、深々と一礼をしてくれた。


「王都で過ごす日々にて賜りました、王妃殿下のご恩情、第二王子殿下のご厚意に、感謝申し上げます。

 ノルテッツ辺境伯家は、これからも末永く王家のお力になれるよう、努めて参ります」

「努めてまいります」


 夫人とフリア嬢の言葉に、母上と一緒にうなずきを返す。


「その心、たしかに受け取りました」

「領地までの帰路、お気をつけて。

 それから――また会う日まで、どうかお元気で」


 つぶらな水色の瞳と、視線を交わして伝えた言葉に。


「はいっ! 殿下もどうかご自愛を!

 また……お話しできる日を、楽しみにしています!」


 そう笑顔を咲かせたフリア嬢の――小さな背を見送った。




 数日後、少しだけ立ち寄った庭園を、ゆったりと眺めながら、ふと思う。


 心優しい人々は、前世でも多く見てきた。

 困った性格だと感じた人々の近くには、いつも誰かを護り、救い、癒そうとする人々がいたから。


 あの小さな令嬢が、その人々と同じ優しさを持ち、私にさえその優しさを注いでくれることは、すでに分かっている。

 そしてそれが、とても嬉しく感じることも。


 ――彼女が、運命の乙女と呼べるほど特別な存在なのかは、私にとってそれがあまりにも未知なものであるがゆえに、いまだ分からないままだ。


 けれど……それでも。

 一つだけ、明確に気付いたことも、あった。



「で? なんか思うことはあったかぁ? セス~?」


 右肩に乗り、実に愉快気に尋ねてくる始祖様へ、ふっと微笑みを返す。

 私の考えなどお見通しだろうから、今さら隠す必要もない。


「そうですね。

 ――家族と同じくらい、大切にしたいと思えるご令嬢だな、とは」


「お……おぉ!? マジかぁっ!?!?

 レンディス~~ッ!! セスが――」


 一瞬固まったのち、慌てて父上の名を叫びながら、飛んで行ってしまった始祖様を見送り、ふと空を見上げる。


 未来はまだ、分からない。

 それでも、心はとても穏やかに凪いでいて。


 今の空の色はちょうど――フリア嬢の瞳と、同じ色に見えた。




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