44話 魔法に宿る慈愛の心
唐突に私の同行が決まった、フリア・ノルテッツ辺境伯令嬢の孤児院訪問のその日。
朝の予定をすべて変更し、早朝からはじまったのは……私のおめかしだった。
「いえ、確かにその他の準備は、すでに終えていますが」
そう呟く私に構うことなく、準備は進む。
実際、ノルテッツ辺境伯側にはすぐに連絡が届けられ、喜んでと言う返事まで貰っている上、孤児院へ送る物資も調整済み。
だから他に残っている準備と言えば、後は私が着替えるくらいだった。
……とは言え、それだけにしてはやけに、侍女のみんなが少々、やる気に満ち溢れすぎている気がする。
今までも、誕生祝宴などで着飾ることはあったけれども。
服装はともかくとして、ここまで念入りに櫛を通し、綺麗に編まれて、青銀色の長髪を整えられるとは……。
私はただ、フリア嬢と共に、孤児院の様子を見に行くだけなのだが。
「俺も今日は、大人し~く留守番しといてやるから、デートを楽しんでこいよ、セス!」
「……ただの視察と支援に行くだけですよ、始祖様」
私以外の楽しさが満ちた部屋の中で、一番楽しそうな始祖様の言葉に、ついため息が零れる。
「ハッ! 理由なんざ細かいコトはどーでもいーんだよ!
ったく! 俺の可愛い愛弟子が、まさかここまで朴念仁だったとはって待て待てセス落ち着けうわぁぁ~~!?!?」
いきなり失礼なことを言い出した始祖様は、風魔法でちょっと空の旅へご招待をしておいて。
何はともあれ、今世でははじめてとなる、冒険者ギルド以外の城下の施設に行くのだ。
――しっかりと、気を引き締めておこう。
かくして、約束の時間、孤児院の小さめな門の前にて。
「突然の同行を快く引き受けてくれて、ありがとうございます」
「いえっ! 殿下とご一緒できることは、とても光栄なことですので!」
そう、フリア嬢と互いに挨拶を交し合い、さっそく孤児院の敷地へと踏み入った。
すぐに出迎えてくれた孤児院の管理人に導かれ、子供たちが集まっている、庭へと向かう。
この管理人と、持ってきた物資や孤児院の管理状況について話しをするのは、ノルテッツ辺境伯家から来た調査員と、私と共に王城から来た文官だ。
不正などがないか、確認するのは彼らの仕事なので、探り合いは専門家に任せておく。
私とフリア嬢は、彼らとはまた別の仕事があるのだから。
始祖様はデート、などと言っていたが、そもそも私とフリア嬢とでは、この場での役割が異なる。
フリア嬢は、孤児たちが育てている野菜や花の治癒、私は孤児たち自身の健康状態の確認と治癒をすることが、今回の私たちの役割であり仕事だ。
二人そろって孤児院の子供たちと交流をするのは、仕事が終わってからであり、ましてや二人きりで過ごす時間など、今回はないだろう。
――やはりどう考えても、ただの視察と支援だと思います、始祖様。
心の中で、王城でくつろいでいるだろう始祖様へと念を飛ばしながら、たどり着いた小さな庭に集まった子供たちと、軽く挨拶を交わす。
「こんにちは。
第二王子のセルディスです。
覚えにくければ、セスと呼んでもいいですよ」
「セスおにいちゃん!」
「セス様?」
「セス殿下!」
たいへん素直で可愛らしい。
思わず緩んだ口元で微笑んでから、フリア嬢へと視線を向ける。
お次の挨拶をどうぞ、と言う意味で向けた視線は、なぜか驚いたように水色の瞳を見開いた表情を映した。
「どうしました? フリア嬢?」
「――あっ! いえっ!
その……愛称呼びをお許しになるとは、おもっていなかったもので……」
なるほど、確かに普通、王族がいきなり愛称や略称呼びを、孤児院にいる子供たちに許すとは思わないだろう。
どうやら意図せず、驚かせてしまったらしい。
「殿下は子供たちに、とてもお優しいのですね!」
一転して声を弾ませたフリア嬢の淡い色の瞳が、何やらキラキラと煌いて見える。
私としては、単純に子供たちが覚えやすいだろうと、思っただけだったのだが……。
まぁ、子供たちにもフリア嬢にも、喜んで貰えているようなので、良しとしよう。
気を取り直したフリア嬢が、一年ぶりですねと挨拶をしている間、素早く子供たちの健康状態を魔法で確認する。
幸いにも、せいぜい遊ぶ中や転んで出来たかすり傷があるていどで、体調が悪い子や深い怪我をしているような子は、いないようだ。
念のためにと、そっと孤児院の建物内、その先の敷地の外付近まで魔法で探ってみたが、重症の子が隠されていることもなく。
内心安堵しつつ、フリア嬢の挨拶の後、すぐに子供たちへと治癒魔法をかけるだけで、私の役割は終了。
次はフリア嬢の出番だと、子供たちと共に庭の畑へ導くと、じっと水色の瞳が畑の野菜を見つめた後。
伸ばされた両手から、小雨のような癒しの水魔法が畑へと降り注ぎ、わっと子供たちから歓声が上がった。
少しだけしおれていた緑の葉が、あっという間に元気を取り戻していく様子を見つめ、ふと微笑む。
不思議とその魔法は――フリア嬢が持つ慈愛の心、そのもののように思えた。




