42話 婚約者候補……?
たどり着いた食堂には、すでに家族がそろっていた。
「すみません、遅くなりました」
「いや、昼食の時間には間に合っているが……」
「いつも最初に座っているセルディスが、後から来るなんて珍しいね。
何かあったのかい?」
謝罪をしつつ席に着くと、不思議そうな表情をした父上の言葉を、兄上が引き継ぐ。
率直な問いかけに、しかし私が口を開くよりも早く、始祖様が長いテーブルの上の空中へと飛び出した。
「朗報だぞ、お前たち!!
ついに! セスに!
気も魔力も合いそうな――お嬢さんが見つかった!!
喜べ!!」
……始祖様ならば、何かしらは言い出すと、たしかに予想してはいたが。
まさか本当に、このように言い出すとは……。
父上たちのみならず、給仕の者たちまで一様に、ぽかんと呆けさせた始祖様の発言に、思わずため息が零れ落ちる。
「始祖様……。
語弊しかない説明を、しないでください」
「あぁ? お前もついさっき、可愛いって言ってただろ!」
「その点は否定しません。
そもそも、子供はみな可愛いものでしょう?」
「急にジジイ目線で話しを逸らそうとするなっての!!」
……どうやら、始祖様は本当にこの話題を続けたいらしい。
もう一度深々とため息を吐き、銀縁眼鏡を指先で押し上げる。
なんとなく、煌く視線がこちらへと注がれているような気がするが……叶うならば、気のせいだと思っていたい。
「まぁまぁ! セルディス、どちらのご令嬢とお会いしたのかしら?」
「ノルテッツ辺境伯家のご令嬢、フリア・ノルテッツ嬢です」
母上の問いに、素直にさきほど言の葉を交わしたフリア嬢の名を伝えると、父上がふむと器用に眉を上げる。
「ノルテッツ辺境伯の娘?
……あぁ! それなら、この時期に開かれている貴族会議のために登城した、辺境伯について来たのだろう」
「ふふっ。王城の庭園は、花を愛でる者にとっての楽園ですものね」
「あぁ、そうだな」
――なるほど。
どうして令嬢が一人で庭園を見て回っていたのか、少し疑問を抱いていたが……父君である辺境伯の仕事が終わるまで、美しい王城の庭園を見学して過ごしていたのか。
一人で納得していると、今度は姉上が空中に浮かぶ始祖様を、ぱっと見上げた。
その紫の瞳を、キラキラと煌かせて。
「始祖様!
わたくしのとっても可愛くて強くて頼りになる自慢の弟は、その令嬢と婚約すると言うことですの!?」
……褒めるか突き落とすか、どちらかにしてください、姉上。
一度に詰め込まれると、不出来な私の情緒が追いつきません。
思わず、そう脳内でツッコミを入れつつ、もはや半ば諦めの境地で瞼を伏せる。
後はもう、激流のごとく止めようのない会話の流れに、身を任せる他はないかもしれない。
「そりゃ、セス次第だな!」
「まぁっ!!」
「へぇ!」
「始祖様の勧めもあることだ。
一応、密やかな婚約者候補とでも、こちらは思っておこうか」
「そうですわね!」
――ほら見たことか。
案の定な展開だ。
始祖様の返答に、興味津々な姉上と兄上はともかくとして。
にっこりと嬉しそうな父上と母上には、早々に密やかながら婚約者候補と認識されてしまった。
「……前世と違い、今世では王族と言う立場上、婚約や結婚などは避けて通れないものだろうと、一応考えてはいましたが……」
早すぎる展開に、つい愚痴のように零すと、ヒュンッと目の前に始祖様が飛んで来る。
「なに言ってんだセス!
俺の子孫たちは恋愛結婚が大前提なんだから、別にお前が気に入らねぇなら、独身でも問題はねぇよ!
……まぁ、さすがにセスとアルヴェルとルフェリアの誰かには、新しい俺の自慢の子孫を残してもらいたいとは思ってるが……」
後半は小声で呟いて濁した始祖様の、前半の方の言葉に、はたとあることを思い出す。
「――そう言えば始祖様は、恋愛結婚推奨どころか、絶対くらいの勢いでしたね」
「おうよ!! 愛のない婚約だの結婚だのは、中央の平和な他所の国のやつらにでも、任せておけばいーんだよ!」
「いえ、どの国にも、別に政略結婚は任せなくていいと思いますが……」
始祖様らしい表現に、つい苦笑を浮かべながら、胸の内で思案する。
どうしても、この手の話題に煮え切らない態度をとってしまうのは……前世の記憶ゆえだろうか。
それとも――それよりも前の人生から続く何かが、あるのだろうか?
家族愛も、友愛も、見知らぬ者たちの幸福を願う愛も、確かに分かるのに。
今一つ、そのような状態に至ったことがないためか、運命の乙女への愛はよく分からない。
きっと、本質的なものは、他の愛と何も違いはないのだろう。
だから、私がまだ誰も選ぼうと思わないのは――ただ、覚悟がないだけなのだろうとは、推測できるのだが。
「愛することに、臆病になんてならなくていいんだぞ、セス」
始祖様は時折、本当に優しい声で、私の名を呼ぶ。
「……今一度、考えては……みます」
「おう! それでこそ、俺の自慢の可愛い子孫だ!!」
まるでそっと――背中を押すように。




