39話 祖父母の参加
複数展開型魔法の安定化について、研究会で議論と実践がはじまってから、数日が経った日。
「おぉ! セルディス!!
大きくなったなぁ!」
「あら、本当に大きくなりましたね」
――まさかの、唐突な祖父母との再会に、ぱちりと紫の瞳をまたたく。
お爺様とお婆様と言えば、たしか西の端の王家の森を守護していらっしゃったはず。
チラリと父上へ送った視線に、苦笑が返って来た。
「いや……実は、こちらの近状報告は、いつも手紙で西の砦へと送っていたのだが……」
「何やら、セルディスとルフェリアが、面白い研究をはじめたと聞いてな!」
「魔法の安定化は、わたくしたちにとっても解決しなくてはならない課題でしたから、強い結界をかけた上で、王都に戻ってきましたの」
「――と、言うことだ」
「「なるほど……」」
父上の言葉に、食い気味に言葉を続けたお爺様と、説明を引き継いだお婆様の言葉で、ようやく状況を理解する。
確かに、最も深き魔族の領域に近い、西の王家の森を守護するお二人にとって、魔法の安定化は解決できるのであれば、なるべく早く解決したい問題点だったに違いない。
苦笑する父上の言葉に、兄上と共に納得していると、姉上が紫の瞳を煌かせながら、お爺様へ駆け寄った。
「まぁ! それなら、お爺様とお婆様も、一緒に研究をしてくださるの!?」
「うむ、じいじたちも混ぜてくれるかい? ルフェリア」
「もちろんよ! お爺様っ!」
「おぉ、おぉ、ルフェリアは本当に可愛い子だなぁ」
威厳を宿すお爺様のお顔も、姉上の愛らしさには勝てないらしい。
お茶目さを垣間見せつつ、すっかり好々爺の表情をしながら、姉上の頭を撫でるお爺様を眺めて、お婆様がふぅと吐息を零す。
「あの方ったら……。
あなたたちや孫たちの顔も見ることが出来るからと急がず、落ち着かせてからここへ来ればよかったわ」
凛とした表情でそう呟くお婆様は、お爺様に対してなかなかに辛辣だ。
とは言え、これはこれで仲良しな熟年夫婦だと言う事は、しっかり伝わってくるのだが。
前世の記憶が戻る前の、幼くおぼろげな記憶の中、仲睦まじい様子を見せていた祖父母の姿が浮かぶ。
「まぁ、そう言わないでくれ。
レンディスとフィリナの子供たちで、私たちの孫なんだ。
可愛くないはずがないだろう?」
「それはもちろん、そうですけれど……」
……よし、これはもう間違いなく、仲良し熟年夫婦だ。
ついでに、いつも父上母上と呼び、陛下や妃殿下と呼ばれているため、うっかり忘れてしまいそうになるレンディス父上とフィリナ母上のお名前も、憶え直しておこう。
内心だけでそう思考を巡らせていると、部屋の中にぱっと現れた人工精霊の始祖様が、ヒュンッと私の前を横切り、お爺様の目の前へと飛んでいった。
「おぉ!! 俺の自慢の子孫が増えてんじゃねぇか!!」
「おや!? 貴方様が、息子からの手紙にあった、我らが始祖殿ですな!」
「おうよ! お前たちの自慢の始祖だぜ!」
「お会いできる日を、楽しみにしておりましたぞ始祖殿!」
お爺様は父上の父上なので、子孫は別に増えたわけではない、とツッコミを入れたかったが……その前に、お爺様が始祖様と意気投合してしまったようで。
紫の光を強める小さな姿の始祖様と、その子孫の証である紫の瞳を持つお爺様が、実に楽しげに語り合う様子に、つい微笑みが浮かぶ。
仲が良いのは、いいことだ。
――ところで、お爺様とお婆様がいらっしゃった理由の本題は、魔法安定化の研究だったと思うのだけれど……?
そっと見上げた、視線の先。
いつまでも始祖様との会話を切り上げないお爺様を見つめていたお婆様が、静かに静かに、冷然と微笑んだ。
かくして、研究会の噂を聞きつけたお爺様とお婆様まで、悩ましい難題への解決策を模索する研究会に参加し、いっそう議論と実践が白熱したものになった数日間を経て。
「あ!」
「どうしました? 姉上」
今日も今日とて実際に魔法を発動させて、認識の変化につとめていた姉上が、唐突に上げた声に振り向くと……。
「セルディス。
わたくし、たぶん分かったわ」
紫の瞳が、キラリと光る。
次いで、サッと片手を振り、水の槍を自らの周囲へと浮かべた姉上は、とても満足気な笑顔を咲かせた。
「ほらっ!
出来たわ!!」
「えぇ、お見事です、姉上」
確信を宿した言葉通り、魔力量も形も、そして的へと放たれた際の威力も均一になっているだろう水の槍を見やり、思わず拍手を打ち鳴らす。
間違いなく、姉上は魔法の安定化に、成功したのだ。
とたんに周囲から上がる歓声と称賛のどよめきに、すぐさまお爺様とお婆様が、こちらへと歩いて来る。
「どうやったんだい? ルフェリア」
「常識を変えるのよ、お爺様!!」
「おぉ? うむ……??」
お爺様の問いかけに、姉上がなかなかに深い言葉を返す。
しかし、実際認識の問題なのだから、大正解だ。
――こう在れと、想像さえ出来ればいいのだから。
何はともあれ。
研究会はようやく、成功への足掛かりを掴んだのだった。




