38話 そう在るものと思えばいい
研究会での議論は、結局のところ一つの方法論に落ち着いた。
すなわち――認識が重要であるのならば、もはや実践で身につけるしかないだろう、と。
結果、魔法棟の一角では、あーでもないこーでもないと悩む、姉上と【特務団】と王城魔法使いたちの集まりが出来上がっていた。
「想像力……」
「に、認識……」
実に悩ましげな声が零れる中、姉上と【特務団】のみんなは、それぞれ魔法を発動している。
「ローラン。
今回は上手く発動できたと思うのだけど……」
「では~、今の魔法の感覚を憶えてみるのは、どうでしょう~?」
「なるほど……」
副団長のユシルと最年少のローランのやり取りを聴く限り、どうやらまずは、感覚に意識を向けてみることにしたらしい。
発想としては、なかなかいいところをついている。
さすがは、私の自慢の魔法使いたちだ。
姉上や他の【特務団】の面々も、次々と魔法を発動する様子を眺めつつ、その横で私も魔法を発動する。
ひらり、ひらり、と頭上から降り落ちるのは、小さな雪花。
晴天の陽光を受け、キラキラと煌く雪の結晶たちは、まるで本当に白い花弁のようだ。
これも、いつかの日に咲かせた氷の花園と同じく、攻撃性のない魔法だが……私の場合はこのような魔法一つさえ、降る小さな結晶の大きさや内包する魔力量は、均一になる。
これは始祖様がおっしゃった通り、私が均一であるようにと、この魔法の形をそう認識している事で、形作られていた。
悩める姉上たちがその点に気付くようにと、実際に均一な魔法を披露しつつ、気分転換も兼ねて繰り返し雪花を降らせていく。
……ついでに、綺麗な丸い雪玉を生み出す魔法も発動させ、さきほどからそわそわとしていた始祖様と、遊ぶことにした。
刹那に雪玉を十個出現させると、さっそく半分の五個を始祖様が浮かせて持って行く。
銀縁眼鏡を押し上げ、私も雪玉を浮かせれば――雪合戦の開幕だ。
「フッフッフ! 覚悟しろよセスー!!」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ、始祖様」
実に不穏なやり取りだが、内容はただの雪玉の投げ合いなので、平和の極みである。
ブンッと勢いよく飛ばした雪玉を、互いに避け、あるいは魔法で盾を作って防ぎ、相手へと当てるための策を練っていく。
「無表情で投げつけてくるのはやめろよな!! セス~~ッ!?」
「はい?
そうおっしゃられましても、この雪合戦は単なる手慰みのようなものですし」
叫びながら、私が飛ばした雪玉をヒュンヒュンと飛び回って避ける始祖様に、無表情のまま返事をしつつ、追加で雪玉を出現させる。
と、ふいに上空で魔力の宿る風が渦巻き、風の君が銀の髪をなびかせながら現れた。
「我が君!!
わたしもご一緒したいです!!」
……どうやら、始祖様と雪合戦をして遊んでいる事が、バレてしまったらしい。
しかし、風の君が参戦するとなると……。
「おわー!? 風の! お前ぜっったい手加減しろよ!?」
始祖様の心配も、ごもっとも。
つい始祖様と同じように、風と雪の組み合わせで起こる自然現象を思い浮かべて、わくわくの笑顔でそばへと下りてきた、風の君へとお願いを伝える。
「みんなのお邪魔にならない程度でお願いしますね、風の君」
「お任せください!」
「雪合戦の時に言うコイツの手加減だけは、世界一信用できねぇんだが!?!?」
楽しげに了承してくださる風の君と、ここぞとばかりに不信感をあらわにする始祖様。
――正直なところ、私もすでに、今後の展開は予想出来ている。
「そ~れっ!」
「ほら見たことかぁぁぁ~~!?!?」
案の定、風の君が起こした風に雪玉が崩れ舞い、吹雪と化して巻き上がった。
お約束のように、その吹雪に巻き込まれて空へ吹き飛ばされる始祖様の光景に、思わず苦笑を零す。
それはそれとして、そもそも雪合戦は本題ではない。
唖然とした表情でこちらを見やる研究会の面々に、幾つかの雪玉を空中に浮かべ、並べて見せる。
そのどれもが同じ大きさである点に気付いたみんなが、ハッと表情を変えて雪玉を取り囲んだ。
雪合戦は手慰みだが、雪玉は手本だと言う事に、ようやく気付いて貰えたらしい。
「どうしたら、セルディスの雪玉みたいに出来るの?」
雪玉を見つめていた姉上の、素朴な問いかけに、銀縁眼鏡を指先で押し上げてから答えを告げる。
「――そう在るものと、思えばいいんですよ、姉上」
「それが難しいのよぉ!!」
私の答えに対する姉上の返しは、間違いなく研究会一同の心を表していた事だろう。
この分だと……今回の研究は、まだしばらく終わりそうにない。




