37話 複数展開型魔法の安定化研究会
悩ましい問題を解決するため、さっそく研究がはじまった。
研究と言っても、最初から解決策がすぐさま飛び出すわけではない。
魔法の安定化と言う難題について考えるためには、そもそも魔法と言うものについて、振り返る必要があったから。
「原始的に語るのであれば、魔法は魔力と想像力により引き起こす、奇跡的な力であると、こちらの書物に記されています」
研究会に参加する事になった【第二王子付き特務魔法団】のみんなの中でも、特に博識なナターシャが、集まった面々にそう説明をはじめる。
私の頭の中にも、自然と前世で始祖様から教わった知識が、浮かび上がって来た。
たしか……その奇跡的な力を、一種の技や学問に落とし込むことに成功したのが、いわゆる六大古国だったはず。
始祖様たちの神がかり的な力を、人間に使えるような知識、技術として整えた結果――前世や今世で世界中の魔法使いたちが使う、今の魔法形態が出来上がったのだとか。
とは言え、魔法は日々進化しているようなもので、今回の安定化の研究もまた、その進化の一つと言えるだろう。
もっとも、今回私がサラリと答えを教えるわけにはいかない点こそが、いまだに色濃く残る、魔法の神秘性のあらわれとも言えるのだが……。
「魔力と想像力から生じる、奇跡的な力、ですか……」
ナターシャの言葉に、副団長のユシルが悩ましく眉根を寄せる。
他の王城魔法使いたちも、それぞれに思考を巡らせる中、ぱっと現れた始祖様が、ふわりと私の右肩に乗った。
「なんかまた面白いコトをはじめたんだって?」
「いえ、至極真面目な研究ですよ。
複数展開型魔法の安定化を目指す研究です」
「ほう?」
あ、始祖様、今絶対に面白い遊びを見つけたと思っていらっしゃる。
「まぁ確かに、魔法はなんだかんだ個人差があるからな~」
「そうなのですよね……」
実に愉快気な声音で語る始祖様に、しかし全面的に同意してうなずく。
残念ながら、魔法に関しては本当に、大きな個人差があるのだ。
そう――主に、想像力と言う名の、個人差が。
「――そうか。
想像力が、魔法の不安定さを引き起こしているのか!」
ふいに団長のロデルスが、珍しく常の真剣で落ち着いた表情を崩して、ハッと目を見開き、思わずと言った風に言葉を零す。
さすがは、【特務団】の団長であり、魔族の森と対峙する辺境伯家の者。
まさにその点こそが、今回の難題を引き起こしている原因だと、気づいたらしい。
仮に、同じ文言を詠唱として唱え、同じ魔法の名を宣言したとして。
それでも、まったく異なる魔法が飛び出てくることさえ、あり得る。
それこそが、魔法の可能性であり、一律に揃えたい場合における、厄介な部分でもあった。
では、どうやって安定化を図るのか?
それこそが、今回の研究の主題だ。
団長ロデルスの気付きに、他の王城魔法使いたちだけではなく、【特務団】のみんなもいっそう思考に没頭していく。
「魔法の形を同じにするだけなら、その魔法の形を見せるだけで、たいがい同じ形になるんだけどなぁ?」
「今回の議題は、さらにその一歩奥の難題になりますね」
「む、難しい~~!」
そう呟くヨルの言葉に、ナターシャが上品に微笑みながら返し、それにミミリアが頭を抱える。
部屋の中にいる多くの者たちが頭を抱える様子を見やり、次いで楽しげに空中を旋回する始祖様の姿を視線で追う。
「おぉ! 悩め悩めガキども~~!!」
「楽しまないでください、ワース師匠」
「ゲ! セスに師匠呼びで怒られた……これはマジなやつだ!」
不穏な楽しみ方をする師匠の愚行を止めるのは、いつだって弟子の役割だ。
はぁ、と一つため息を落として、始祖様に半眼を向ける。
「おっしゃる通りマジなやつですので、悩める後輩たちを静かに見守って差し上げてください」
「分かった、大人しくするって!」
慌ててこちらへと戻ってくる困った師匠の事は、さておき。
各々実際に魔法を発動して試している、【特務団】のみんなへと視線を戻す。
「やはり複数展開型となると、慣れ親しんだもの以外は、不揃いになるな……」
小さな風の球体を数個空中に浮かべ、そう呟く団長ロデルスの言葉に、今までずっと何か考え事をしていた最年少のローランが、ようやく口を開いた。
「え~っと~。
ぼく、あまり不揃いになったりは、しないのですが~」
「――えっ?」
彼の近くで、みんなの話を聴いていた姉上が、ぱっと顔を上げて疑問を零す。
とたんに、部屋中から一気にローランへと視線が集まった。
普段は見せない気まずそうな表情をする彼へ、助け舟を出す。
「……ちなみに、私も前世で魔法を使いはじめた当初から、複数でも均一な展開が出来ていました」
「えぇ!?」
「想像力ってか、認識の違いってやつだな~!」
「え~~!?!?」
トドメの一撃のような始祖様の言葉に、姉上とみんなの叫び声が重なった。




