36話 お馴染みの悩み
地下ダンジョンから溢れ出た魔物たちによる暴走襲撃事件のその後は、またしばし穏やかな時間が流れていた。
すっかり慣れた日常を過ごしつつ、今日は昼前の魔法棟でおこなう、王城魔法使いたちの育成訓練の合間に、自らも少し魔法を使ってみる。
遠くの的を紫の瞳で見つめ、銀縁眼鏡を指先で押し上げてから、一呼吸。
刹那、周囲の空中に小さな氷の剣が十本出現し、まっすぐに狙い違わず、的へと飛来し突き立った。
「まぁ!! やっぱりセルディスはすごいわ!!」
とたんに上がるどよめきと、感嘆の吐息が漏れ聞こえる後方から、今日は姉上の声が届く。
後方を振り返ると、ひらひらと上品に姉上が手を振る姿が見えた。
すぐさま軽く駆けて、そばへと行く。
「姉上! 何かご用でしたか?」
「いいえ。今日は冒険に出る前の、訓練に来たのよ」
「あぁ、そう言うことでしたか」
問いかけに対する姉上の返答に、納得を返す。
私や、すでにはじめていた兄上と同じように、姉上も十一歳になってから、冒険者の活動をしている。
三年前、私が姉上の滞っていた魔力の流れを正す、魔力治癒をおこなってから、姉上はずいぶんと魔法の扱いがお上手になった。
さっそく、と私と一緒に魔法の練習を開始する姉上の様子は、とても楽しそうに見える。
それでいて、丁寧に水の槍の魔法を複数本周囲へと展開し、じっくりと紫の瞳で的を狙い、そして放たれた水の槍たちが確実に的へと当たっているところは、さすがは王族と言うべきだろう。
思わず隣で感嘆の吐息を零していると、ふいに姉上の頬が不服そうに膨らんだ。
「どうして、同じにならないのかしら?」
「……何がですか?」
不満げな言葉に、紫の瞳をまたたいて問いかけると、同じ色の瞳がぱっとこちらへ注がれる。
「この水の槍よ! 五本出すことはできるのに、同じ威力にならないの!」
――なるほど。
姉上のご不満は、水の槍を複数本出す魔法を使う際、一本一本の威力に差が出てしまう事だったらしい。
ただ、それ自体は、魔法使いにとって、避けては通れないほどお馴染みの悩みであり、実際は徐々に慣れによって均一になっていくものだ。
姉上とて、あと一年か二年訓練を続ければ、形や威力を揃える事は可能だろう。
一つうなずき、そう説明しようと口を開いた時。
「姫君と同じ悩みがあります」
「私も! どうしても威力を同等にすることが出来ないのです!」
「わ、我々も同じく……!」
さきほどの話を聴いていたのだろう、他の王城魔法使いたちも、次々に同様の悩みがあると声を上げた。
「まぁ! あなたたちも?」
「はい! もう長年の悩みなのです……」
「ある程度、その魔法に慣れることで、解決するものではありますが……」
「しかし、魔族たちが慣れるのを待ってくれるはずもありません」
「そうよね。冒険者をしていると、本当にそう思うわ」
「わたしも、戦えば戦うほど、この魔法の不安定さが気になります!」
「わかるわ!」
……つまるところ、王城魔法使いたちの多くも姉上と同じく、不安定な魔法のままではダメだと痛感している、と言うことか。
たしかに近年は、不本意ながらも、実戦の機会が数多くあった。
その中で、王城魔法使いの面々にとっても悩ましい問題として、浮き彫りになったのだろう。
いつの間にか、議論のように飛び交いはじめた会話はやがて、何か解決策はないだろうか、と言う流れに変わっていく。
彼や彼女たちが、どのような解決策を考えるのだろうかと、つい黙して聞き耳を立てていると……。
「――セルディスは、どう思う?」
そう、姉上がふいに、私へと問いかけた。
とたんに一瞬で静まり返った場に、他のみんなも私の答えを期待していると察する。
しかし、とは言え。
こういう事はやはり――自ら答えを導き出してこそ、価値あるものになると、私は思う。
まぁ……それはそれとして、姉上のキラキラの瞳には、どうしても勝てる気がしないのだけれど。
こうなると、もはや間を取る他ないだろう。
銀縁眼鏡を押し上げてから、姉上へと向き直り、口を開く。
「……みんなでその問題について、研究をしてみると言うのは、どうでしょうか」
「――おぉ! 久しぶりに答えを秘密にしたな! セス!」
提案の言葉に真っ先に反応を示したのは、どこからともなくぱっと姿を現した、我らが偉大なる始祖様。
「……いつから聴いていらしたのですか? 始祖様」
「ルフェリアが頬を膨らませてたあたりから」
「……それはもはや、最初から、と言うやつですね」
「まぁな!!」
楽しげに紫の光を明滅させる、イタズラ好きな始祖様は横に置いて。
キラリ、と姉上の瞳が煌いたのを、見逃す私ではない。
「研究!! わたくしもしたいわ!!」
「――決まり、ですね」
結果として、姉上と共に、魔法団長と父上の許可を得る事に成功したのち。
興味がある王城魔法使いたちで集まり、長年の難題であった、複数展開型魔法の安定化について、研究会を開くことになった。




