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紫眼のセルディスは平穏を望む  作者: 明星ユウ
二章 日常と冒険を謳歌する少年
35/50

35話 幕間 煙る灰色の陰

 



 マギロード王国の西の果て。

 王家の森の、さらなる奥深く。


 世界の端を示すかのように切り立つ崖の、その下にある小さな洞穴の中に――ソレはいた。



 外に薄暗く広がる、森の暗さよりもなお陰に包まれた洞窟で、煙るようにうごめくのは、灰色。


 ソレは、魔人。

 ソレは、かつての厄災。

 ソレは、今また災いを振りまこうと策を練る悪意。


 煙のように、本来の人間に似た姿を崩したまま、かつて灰色の魔人と呼ばれたソレは、魔力に音を乗せて呟く。


『ほんの戯れとしては……えぇ。

 少しは、愉快でしたねぇ』


 ソレは、己が手を出して引き起こした混乱を、酷く愉しんでいた。


 例えば、つい先ほど人間たちによって終わらされた、魔物たちの暴走。

 人間たちに気づかれぬよう、長らく隠して来た地下のダンジョンから、魔物を溢れさせる計略は、見事に叶ったものの……ソレの予想以上に、早く戯れは終わった。


 少し前には、一体の強い魔物に、自らより弱い魔物たちを凶暴化させる力を与えて、遊んだが。

 これもまた、破壊を広げる前に、予想より早く力を与えた魔物が倒されてしまった。


 つらつらと、ソレにとってはつい昨日企んだ事のようなはかりごとを思い出し、煙の姿の今はもたぬ口で嗤う。


『あぁ、そう言えば……。

 あの、薄い比翼をもつ子を、忌々しい城に向かわせたのは……えぇ。

 あれは、とても愉快でしたねぇ!』


 くつくつと、洞穴の中に嗤い声が響く。


 ソレが愉しげに呟いた一件は、第二王子セルディスが三歳の頃、彼の寝室の窓に穴をあけて入って来た、コウモリ姿の魔物による――あの、襲撃事件のこと。


『産まれたばかりの王子を襲わせようと思ったのですが……なかなか、そこまでは手が届きませんでしたねぇ。

 いやぁ、残念、残念……』


 本当に心底残念そうに、それでも嗤い声を零し続けながら、ソレはさらに独り呟く。


『魔力色の髪の王子など……排除は早ければ早いほど、都合がよかったのですが、ねぇ』


 その言葉こそが、あの襲撃事件の糸を裏で引いていた、ソレの真意。


 かつて、自らを消滅の一歩手前まで追い込んだ――魔力色の髪と、紫眼を持つ人間の魔法使いの、その代わりに、と。


 同じ色を持つ幼い王子を、消し去ってしまおうと、ソレは考えたのだ。


 この時代に至り、ようやくかつて削られた力の多くを取り戻した灰色の魔人は、次は何を使って破壊し、遊ぼうかと思考する。



 魔力の揺れがおさまり、洞穴内がシンと静まり返る中――ふいに、洞穴の外に別の魔人が姿を現した。


『おや?

 これはこれは、獣の魔人ではありませんか!

 ようこそ、ワタシの住処へ』


 愉快気に声を弾ませた灰色の魔人に対し、新たに現れた魔人――狼の耳と尾を持つ人間に似た姿を持つ魔人は、不機嫌そうに低く喉を鳴らす。


「オマエが、一番古いヤツだときいた」

『えぇ、合っていますよ。

 ワタシが、一番古い魔人です。

 この土地では、ねぇ』


 獣人姿の魔人の言葉に、灰色の魔人はやはり愉しげに答える。

 まるで、獣人姿の魔人がここへ訪れることさえ、予想していたかのように。


 また不機嫌に喉を鳴らした獣人姿の魔人は、人間の瞳に似たその赤い炯眼を、煙る灰色の魔人へ鋭く注ぎ、言葉を続ける。


「影の中がスキな、カワイイ子分たちが、たくさんやられた。

 オマエのせいだ」

『おやおや、それは違いますよ?

 あの子たちを消したのは――あの人間たちでしょう?』


 二体の魔人たちが交わした言葉は、まさについ先ほど片が付いたばかりの一件を指していた。


 灰色の魔人によって、意図的に隠された地下のダンジョンで、すくすくと育ち……やがて驚異的な存在となって、冒険者たちを襲った、闇を好む狼姿の魔物たち。


 獣人姿の魔人にとって、あの魔物たちは自らが率いる同族の、その一つに含まれていた。


 その魔物たちが、第二王子セルディスや強者の冒険者たちによって、ことごとく倒されたことに、今回の件に関わる灰色の魔人へと、獣人姿の魔人は怒りをあらわにする。


 多くの姿を持つ魔人の中でも、動物の姿を持つ魔人たちは、一様に魔族の本能である破壊衝動を、さらに強く宿している。

 ソレらが怒る様は、同じ魔人であっても、忌避する場合さえあるほどだ。


 しかし……あいにく。

 特に老獪な灰色の魔人にとって、獣人姿の魔人はただ本能のままに動く、単純なモノに見えていた。


 灰色の煙は、また嗤う。


『それでは……また策を考えましょうか!

 アナタが、あの人間たちに――報復が出来るように』


 くつくつと、洞穴の中に嗤い声が響く。

 不気味なほど……外に音が、漏れないままに。




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