32話 合同作戦会議
風の君の指示によって、すぐさま風の精霊たちが情報収集をしてくれた結果。
銀級冒険者の青年が語った内容は正しく、そしてより深刻な事態に陥っている可能性が浮上した。
「どうやら、古い地下のダンジョンから、少しずつ森の中へ魔物たちが出て来ているようです、我が君」
「ありがとうございます、風の君。
ずいぶんと、想定よりも大ごとになってきましたね」
「あぁ。コレはマズイぞ、セス」
「はい、始祖様」
情報を伝えてくれた風の君に感謝しつつ、始祖様と今回の一件の危険性を確認し合う。
「セルディス殿下。
陛下と連絡がとれました」
そうしている間にも、外に停めてあった馬車の中で、魔法を使い父上へ現状の伝達をしてくれていた【特務団】副団長のユシルが戻り、そっと耳打ちをしてくれた。
「陛下は、ギルド長と共に、合同で現状確認と防衛対策をおこないたいと」
「分かりました。
――ちょうど、呼びに来てくれたようですね」
流した視線の先には、ギルド長ドレイクが二階の階段から降りてきて、こちらへと真剣な強面を向けている。
それにうなずき、護衛のみんなと共にギルド長の先導で、ギルド長室へと踏み入った。
机を挟み、ソファへと腰かけたギルド長と私の眼前で、水魔法が発動する。
ユシルが発動した遠見の水魔法は、机の上に鏡を置いたように、執務室の椅子に座る父上を映し出した。
「急な事で、慌ただしくてすまないな、ドレイク」
こちらの姿を確認した父上は、開口一番にギルド長へとそう告げる。
父上の言葉に、強面のギルド長は慌てて首を横に振った。
「とんでもございません、陛下!
殿下のおかげで、銀級冒険者の一人が命を救われたと受付の者から聴き、礼に向かおうとしていたんです。
まずは殿下、本当にありがとうございました!!」
そう言ってスキンヘッドを深々と下げるギルド長に、首を横に振って口を開く。
「いえ、私が民を救うことは、当然の事ですから。
それに……これからの状況によっては、あの程度の事でお礼を言われている場合ではなくなるかもしれません」
「だな」
私の言葉に短く同意した始祖様の声は、常になく真剣なもの。
それに気づいた父上が、水鏡の向こうから私へと、同じ色の瞳を注いでくる。
問いかけるその眼差しに応え、風の君から伝えてもらった情報を父上とギルド長へ説明していく。
「危険地帯と化している可能性がある場所は、王都周辺の森の、北側の奥とその近辺。
襲ってきた魔物は、その場所の周辺にはいないはずの、闇をまとう狼姿の魔物だったようです」
眼差しを鋭くする、ギルド長と父上の顔を交互に見やり、私の予想を伝える。
「おそらく――未発見のダンジョンから、魔物が溢れ出しています」
とたんに、ピリリとした警戒と緊迫感が部屋に満ち、誰かがそっと息をのむ音が聞こえた。
苦虫を嚙み潰したような表情になったギルド長と、難問に立ち向かうように眉根をよせた父上に、銀縁眼鏡を押し上げてから、声をかける。
「今回の件もまた、以前の小型の魔物たちが凶暴化した事件と同じく、王城と冒険者ギルドとの合同で対応に当たったほうがよろしいかと」
「俺もセスの意見に賛成だ。
……どうにも、きな臭くなってきやがったからな」
賛成の後に続けられた始祖様の呟きに、束の間思案しながら記憶をたどり、ぱちりと紫の瞳をまたたく。
「始祖様。
そもそも、魔族が関わる事件で、きな臭くないものがあった記憶がありません」
「ちげぇよ! いや、違わねぇけど! そうじゃねぇよ!!
今回はヤバそうだって話をしてんだよ!!」
「そうでしたか」
ヒリつく空気が霧散するのは、一瞬だった。
ギルド長と父上に至っては、いつの間にか笑いの発作を必死に抑えている。
ギルド長は泣く子も黙るような強面で、父上は精悍で端正なお顔だと言うのに、二人ともすっかり台無しだ。
「おい、セス。
お前わざとか?
分かってて今の言ったな?」
「はて、何のことでしょう」
――さて。
始祖様をサラリと巻き込み、場の過剰な緊張をほぐしたところで。
改めて、ギルド長と父上の意見をすり合わせつつ、今回の一件に対する対応を決めていく。
「今回は、私も冒険者として参戦します」
「おう! セスがいれば、何があってもたいがい何とかなるし、生き残るやつも増えるだろうからな」
「おぉ! それは頼もしい!!
よろしくお願いします、殿下!!」
「はい、お任せください、ギルド長」
会話の中、ほんの少しだけ心配の色をその紫の瞳に乗せた父上は、しかし今回は私が動くことを許してくれた。
それほどまでに、危険な状態になっている可能性を、国王として考えてくれたのだろう。
かくして、父上とギルド長の合同作戦会議の結果。
――王城と冒険者ギルドが手を組み、魔物の調査と討伐をする事が決定した。




