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紫眼のセルディスは平穏を望む  作者: 明星ユウ
二章 日常と冒険を謳歌する少年
31/50

31話 危機の気配

 



 またしばしの時が流れ、九歳になって少しが経った。


 王子としての勉学と王城魔法使いたちの訓練に励み、冒険者としての魔族討伐に向かう日々は、どこか前世の続きのように感じて、とても充実している。


 ……だから、うっかり失念していた。


 平和な時ほど――何かが起こるのだ、と言うことを。




 今日も今日とて、冒険者ギルドでうけた魔物の討伐依頼を終え、無事に報酬を受け取る。


 同じようにカウンターで報酬を受け取る冒険者たちが、互いの成果を語り合う声を聞きつつ、夕方の冒険者ギルド内をぐるりと見やり。


 ふと、簡素な木製の扉へと視線を向けた――その時だった。


「誰かッ!」


 そう声を荒げ、勢いよく扉を押し開いて中へ入って来た青年と、彼の背に乗せられている仲間とおぼしき少女を見て、次に響く言葉を察する。


 背負われた少女は――明らかに、深い怪我を負っていたから。


「誰か!! 治癒魔法が使えるやつはいるかッ!?」

「使えます」


 焦った声に即答を返すと、パッと目が合う。


「殿下!? 頼む! お願いします!!

 おれの仲間を助けてくれ!!」


 少女を背負ったまま、こちらへと駆けてくる青年の邪魔にならないよう、他の冒険者たちが素早く道をゆずっていく。


 こちらからも走り寄り、サッと身をかがめた青年の背中側へと回る。

 青白い顔をした少女の、細い背中に刻まれた傷は、やはり深い。

 しかし、これくらいならば、まだ治癒が間に合う。


「殿下……!」

「大丈夫、救ってみせます」


 涙を浮かべる青年に、銀縁眼鏡の奥から紫の瞳を注ぎ、凛と答える。


「あなたたちは戦友、そしてこの国で生きる、民なのですから」


 だから――護ってみせる。

 その確かな決意と共に、治癒魔法を発動し、白光が少女の身を包み込む。


 私の右肩に乗り、珍しく静かに事の成り行きを見守ってくれていた始祖様が、ふわりと浮かび上がって青年の頭を小突いた。


「俺の自慢の愛弟子が治癒してんだ。

 治せないわけがねぇんだから、涙くらい拭け」

「は、はい!」


 始祖様に小突かれた青年は、大事そうに少女を背に乗せたまま、勢いよく腕で涙を払う。


 常のにぎやかさを消し、私たちの様子を見守るギルド内は、しばしの緊迫感に包まれていたが……やがて、白光が消え去ると同時に安堵が満ちた。


「――これで、もう大丈夫でしょう」

「ああっ! ありがとうございます、殿下!!」


 すっかり顔色が戻り、健やかな寝息を立てている少女を背から腕の中へと下ろした青年に、眼鏡を押し上げながら問いかける。

 まだ、このような状況におちいった過程を、訊いていなかった。


「いったい、何があったのですか?

 あなたたちはたしか、銀級冒険者……魔族との戦闘で、引き際を見誤るとも思えません」

「こんなケガをするくらいだ。

 油断するような性格のやつらには見えねぇし、なんかマズイことでもあったのか?」


 私に続き、始祖様まで重ねた問いかけに、ハッとした表情で青年が口を開く。


「そっ、そうだ!

 森の魔物たちが、おかしかったんです!!

 あんな魔物、今まであの場所で見なかったのに……!」

「あぁ? 見慣れない魔物だと??」

「はい!!」


 必死に伝えてくれる青年の言葉に、ざわりとギルド内に再び緊迫感がにじみ出る。

 その様子に、チラリと始祖様と視線を交わして、再度青年へと問いかけた。


「どのような魔物か、詳しく教えてください」

「分かりました!!」


 口早に語り出した青年いわく。


 王都の外に広がる森の北側の奥地で、洞窟や地下型のダンジョンで見かけるような、本来その場所に現れるはずのない魔物に襲われ。


 何とか倒し切ることは出来たが、仲間の少女が先ほどの深手を負ったことで、周囲の調査をする余裕もなく、冒険者ギルドへ戻ってきた、と。


 そう告げられた内容に、紫の瞳を細める。


 ――本来、その地で見慣れない魔物が現れる異変。

 まずは、この異変が森のどの範囲で起こっているかを、確認しよう。


 素早く天井へと視線を向け、声を張る。


「風の君!」

「――お呼びですか? 我が君」


 刹那、ぶわりと渦巻いた風の中から現れた風の君に、手短に願いを告ぐ。


「調べていただきたいことが」

「何なりとお任せください」


 綺麗に微笑む風の君へ、事の次第を伝え、調査をお願いする。

 了承の言葉ののち、またたく間に姿を消した風の君を見送り、報告を待つ。


 その間、小声ながら各々言葉を交し合う、冒険者たちの様子を確認しつつ、後方へと視線を流す。


 控えてくれていた近衛騎士の二人と、【第二王子付き特務魔法団】副団長ユシル・ギレムに目配せをするだけで、彼らは現状の報告を王城へ伝えるための行動に移ってくれた。


 彼らの頼もしさに微笑みながらも、始祖様と視線を交わし合う。


 ――平和の中、唐突に現れた危機の気配に、銀縁眼鏡をぐっと押し上げた。




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