30話 兄王子の誕生記念祭
三日間に渡る、ダンジョンでの実戦訓練は、最奥までたどり着き、しっかりと魔物たちの討伐をおこなった上で外へと戻り、一応無事に終えることが出来た。
……途中、案の定ご自身も魔法を使いたくなってしまった始祖様が、少々向かってくる魔物たちを蹴散らすような場面もあったものの。
まぁ、おおむね問題は無かったと、そう言っていいだろう。
いずれにせよ――【第二王子付き特務魔法団】にとっても、参加した王城魔法使い一同にとっても、実りある時間になったことだけは、間違いない。
そうして、ダンジョンから帰還した日の、数日後。
わっとにぎやかさと華やかさが増した、王城と城下の様子を眺め、つい笑みが浮かぶ。
――今日は、第一王子である兄上の準成人を祝う、十二歳の誕生記念祭だ。
そわそわと、慌ただしくも喜ばしい雰囲気の満ちる王城の中。
私と姉上は、私の自室でそろってソファに腰かけ、始祖様や風の君と語り合いながら過ごしていた。
本当ならば、私たちも広間で行われている、兄上の準成人の祝宴に参加したいところだが……残念ながら、年齢的にまだ公的な宴には参加できない。
そのため、姉上と共に大人しくお留守番をすることになった。
「お父様とお母様だけ、お兄様のお祝いの宴に参加できるのは、わたくし、ずるいとおもうの!」
……訂正。
姉上は少々大人しく、は出来ていないものの、ひとまず弟である私の面倒を見るという形で、お留守番を頑張ってくれていた。
「残念ではありますね」
「そうでしょう!?」
隣で、可愛らしく頬をぷくっと膨らませる姉上の言葉に肯定を返しつつ、それならばと提案をしてみる。
「では、私たちは父上と母上が見ることが出来ないものを見る、と言うのはいかがでしょう?」
「お父様たちが見ることができないもの?
とっても気になるわ!!」
私の提案に、興味津々で紫の瞳を煌かせる姉上に、やわらかな微笑みを浮かべて、一つの魔法を発動させた。
瞬間、眼前の空中に出現したのは、鏡のように私と姉上を映す、薄く丸い水鏡。
この水魔法の本来の使い方は、自らの目に映すように、魔法を届かせた地の光景を映す、遠見だ。
「あぁ! 水鏡か!
何をしでかすのかと思ったぞ」
「我が君はあなたのように、妙な事などしないお方です」
空中に現れた水鏡の魔法を見て、いつも通りな発言をする始祖様に、風の君がこれまたいつも通りに冷ややかな返しをする。
「ハッ! 今日がアルヴェルの誕生日じゃなかったら、ぶっとばしてやるんだがなぁ」
「受けて立ちますが?」
――よし、もうこのお二方に関しては、今日は全力で放っておこう。
始祖様も風の君も、なんだかんだと言いつつこのような祝祭の日には、結局自重してくれるのだから。
生暖かい眼差しを普通の眼差しに整えてから、素早く水鏡に城下の様子を映し出す。
水鏡の水面には、王城の近くに広がる、大きな邸宅の多い貴族街から、その先――ずいぶんと華やかに飾られた、城下の街並みが映った。
多くの人々が行き交う大通りには、生花や飾り布で着飾った民たちが、美味しそうな屋台に立ち寄ったり、笑顔で言葉を交し合ったりしている。
これが――王族が十二歳の準成人と、十六歳の成人となった日、そして毎年国王の誕生日に開かれる、誕生記念祭の光景。
年に一度、来年の祝福を願い大規模浄化魔法を展開する、大浄化祭に次ぐにぎわいを見せる、このマギロード王国にとって大切な祭の光景だった。
「まぁっ!! みんな着飾って、美味しそうな食べ物を食べているわ!
たくさんの笑顔……とっても楽しそうね、セルディス!!」
「はい、姉上」
紫の瞳をキラキラと煌かせ、可愛らしい笑顔を咲かせる姉上に、微笑みを返す。
民の笑顔に笑顔を返せる姫は、きっといつの時代でも、心優しき王族として民の心を癒すだろう。
束の間、前世で出逢った姫君の事を思い返していると、どこかしみじみと始祖様が呟く。
「しっかし、アルヴェルはもう学園に行く歳になったんだなぁ」
「そうですね……」
始祖様の言葉に、同じく感慨深く思いながら、うなずきを返す。
準成人である十二歳からは、一般的にすべての国民が、王立学園に通う事になっている。
王族である兄上も例外ではなく、ゆくゆくは姉上や、私も通う。
貧民街に住む子供たちとて例外ではなく、事実上マギロード王国の民たちには、最低限の学びが行き届いている状態だった。
始祖様の呟きに、姉上も見入っていた水鏡から視線を外して、笑顔を咲かせる。
「そうでしてよ、始祖様!
お兄様の学園生活を、わたくしたちも応援いたしますの!」
「おぉ、ルフェリアは本当にいい子だな~!」
「当然ですわ! 始祖様の子孫ですもの!!」
……こう言うところは、本当に姉上は始祖様に似ていると思う。
うっかり零れそうになる笑い声を抑え、銀縁眼鏡を指先で押し上げる。
始祖様と姉上の言葉に、前世でも通った学園を懐かしみつつ――兄上に良き学びがあることを、心から祈った。




