3話 建国神話と特別な色
家族そろって一緒に眠ろう、と言う父上の提案で、今度は父上の腕に抱かれて両親の寝室へと移動する。
目の前で、執事たちが手早く風の魔法を発動し、ふわりと浮かんだ大きなベッドが、寝室の中央でピタリと二つ並んだ。
「これで、皆一緒に眠れるな」
「はい、父上」
「おかあさま! ねるまえに、ごほんをよんでほしいの!」
「えぇ、そうしましょうか」
「うれしい! おかあさまだいすきっ!」
満足気な表情の父上の言葉に、兄上が嬉しげにうなずいた後、二つ並んだベッドにまた紫の瞳を煌かせていた姉上が、そう母上に可愛らしいおねだりをする。
ぎゅっと母上に抱きつく姉上の姿に、微笑ましさで思わず頬をゆるめていると、そのつぶらな瞳が父上の腕の中にいる私を見上げた。
「セルディスも、ごほんすきでしょう?」
「はい。ほんはすきです」
「私も本は好きだな」
姉上の言葉に、前世から……あるいはもしかするとそれよりも前から、本好きである点はおそらく変わらない事実なので、と素直に返答すると、兄上も笑顔で加わる。
「そう言えば三人共、本を読み聞かせる時はいつも真剣に聴いているな」
「ふふっ! 本は偉大なる先人とも言いますから、子供たちが本好きで嬉しいですね」
「あぁ、そうだな」
感心の響きを乗せた父上のつぶやきに、言葉通り嬉しげに母上が返し、父上も紫の瞳を穏やかに細めてうなずく。
子供を思う親らしい会話にしみじみと感じ入っている間に、家族全員がベッドへと上がり、本日の寝物語にふさわしい本が一冊、母上の手元におさまった。
このマギロード王国において、王家以外が用いることを禁じられている、紫色の表紙を持つその本は――この古き王国が建国された時の、建国神話をつづったもの。
私も前世で数回、表紙を開く機会を授かった……国宝に近しい本だ。
とは言え、やわらかな母上の声が読み上げる内容自体は、そう難しいものではない。
「むかしむかし、遥か遠き神話の時代――」
[混沌の闇の中に、六つの光が生まれた。
それこそが、創世神によって生み出された、はじまりの人。
破壊の限りをつくす魔族と戦う力を持った、偉大なる六人の魔法使い。
この中の一人こそが、我らが始祖、マギロード王国の初代陛下。
他の五人と共に、混沌に沈む神話の時代を終わりへと導いた、偉大なる大魔法使い。
我らが王国の建国と共に、人間の時代のはじまりを告げた、偉大なる御方]
「ワース・マギロードしょだいへいか!」
紫の瞳を煌かせて、懐かしさを感じる名前を、姉上が告げる。
「……かつて、マギロード王国の建国時に、力ある魔族狩りたちを率いて、この王国の領土を切り拓いた、まさしく偉大なる御方だ」
ゆったりと、そう補足のようにつぶやいた父上の言葉は、私も前世で聞いたことがあった。
破壊衝動を宿す魔族に対抗する、強き力を持つ存在を魔族狩りと呼び、その魔族狩りたちを、前世や今世では冒険者と呼んでいることも、自然と思い出す。
「セルディスと、同じ色をお持ちだったのですよね?」
「あぁ、そうだ」
兄上の問いかけに、父上がうなずいて答えた事実こそが、記憶以外に私が前世からのなごりとして持つ、もう一つの特別さ。
青銀の髪に紫の瞳と言う色は、初代陛下と同じ色であり、この王国にとっては古くから、特別な色――特別な存在を意味する。
それはひとえに、多くの同じ色を宿した先人たちが、初代陛下と同じく、いずれも強い力を持つ大魔法使いとして、歴史に名を残してきたから。
単純に、初代陛下と同じ色と言うだけで尊ばれるだけではなく、偉大な大魔法使いになるだろう、と言う予想を誰しもが思い浮かべる。
そう言った特別さがあるのだ。
もっとも、これは前世の時も同じだったため、私の場合はあらかじめそうなるだろうと言う予測が出来る分、必要以上に期待を背負う気はないのだが。
思い返すと、前世ではそもそも、自らの瞳の色の重要性を学ぶ前に貧民街で暮らすことになったため、紫の意味を知ったのは貧民街から独立した後だった。
そう……あの、妙に口の悪さが目立つ事以外、最大限尊敬していた、私の魔法使いとしての偉大なる師匠兼血筋上の始祖様から、最初に教わった知識こそがまさに。
紫の瞳の、意味だったのだから。
本の挿絵に描かれた、長い青銀の髪を風に流す、初代陛下の姿をじっと見つめる。
かつて、私の師となってくださった始祖様。
あの方こそが、他ならぬこの絵で描かれている――ワース・マギロード初代陛下だった。
とある魔導書に宿る人工精霊として、自らが創り出した魔法と自らの意思を遺していた、偉大なる大魔法使い。
前世の人生で、私に多くの学びを授けてくださった、恩人。
あの方の子孫として生まれ、何より魔法使いとして師事できた幸運は、私の前世における最大のものだったに違いないと、今でも思っている。
「――そうして、偉大なる初代陛下は、我らが王国を建国したのでした。……おしまい」
うつらうつらと、夢うつつに寝物語の読み聞かせを終える、母上の声を聞きながら。
今世でも――かつてと同じ幸運を手にするのだろう、と。
どこか確信めいた予感が、胸をよぎったのだった。
次の更新は、明後日となります!
ぜひお楽しみに♪