28話 実戦訓練はダンジョンで
新しい日常の形に、慣れた頃。
【第二王子付き特務魔法団】のみんなに、とある提案を告げた。
「――ダンジョン、ですか?」
会議室での私の発言に、団長のロデルス・スールッツが問い返す。
それにうなずき、銀縁眼鏡を押し上げながら、説明を加えた。
「はい。魔族たちの住処であるダンジョンは、実戦訓練に最適の場所なので、みんなに挑戦してもらおうかと」
とたんに、それぞれ真剣な表情で考え込む面々の横で、人工精霊の始祖様がくるりと一回転を披露する。
「いいんじゃないか?
俺は賛成だぜ、地下遠足!」
「わたしは、地下は好みません!
風が通らない空間が、多すぎます!
そのような所に、我が君まで行ってしまうなんて~~!」
面白そうに賛成をした始祖様へ、たまたま私に会いに来てくれていた風の君が、すかさず反論を響かせた。
「うるせぇぞ、風の。
ってかなんで今お前がここにいるんだよ」
「わたしがいつ、どこで、我が君とお会いしようと、あなたには関係のないことです」
「てめぇ……」
あっという間に剣呑な雰囲気を放ちはじめる二人に、素早く待ったをかける。
「はいはい、喧嘩はそこまでにしてください。
始祖様と風の君の喧嘩なんて、私にしか止められないのですから、ほどほどにしてください」
「チッ。分かった」
「我が君が、そうおっしゃるのでしたら……」
「いったい前世で何度、その言葉を聴いたことか……。
いえ、もうお二方なんて放っておいて、本題に戻りましょう」
「オイッ! 放るなよ!?」
「わ、我が君~~!」
少なくとも今は、嘆く二人にかまうような雑談の時間ではない。
一瞬呆けていた【特務団】のみんなの意識を引き戻し、再度尋ねると――今度こそ、決意を秘めた表情で、肯定が返る。
かくして、【特務団】と、ついでに魔法団長から託された王城魔法使いの十名とを加えて、実戦訓練を兼ねたダンジョン探索へ行くことになった。
「ここが、【暗がり洞窟】。
本来は、銀級や金級になりたての冒険者たちが定期的に入り、中にいる魔物たちを溢れさせないように、討伐しているダンジョンです」
首都からほど近い森の奥、高い崖にぽっかりと口をあけた洞窟を前にしてそう告げると、王城魔法使いたちから小さくどよめきが立つ。
「おぉ、ここが……」
「ダンジョンは、学園での実習以来です……」
零れ落ちた声を耳に入れて、彼や彼女たちの反応を確認しつつ、【特務団】のみんなへと紫の瞳を向けると、こちらは油断なく周囲と洞窟の奥を魔力感知で探っている様子。
日頃の訓練の成果に、ふっと小さく笑んだのち、改めて無表情に戻して告ぐ。
「今回、この【暗がり洞窟】での定期的な討伐の仕事を、冒険者たちから私たちが譲り受けた、と言う状況ですので、しっかり中にいる魔物たちを討伐しながら奥へと進みます。
討ち漏らしに注意して、安全第一に――踏破しましょう」
「はっ!」
私の言葉に、【特務団】の団長ロデルスが頭を垂れるのに合わせ、他の面々もサッと頭を下げる。
それに一つうなずき、最終確認として、私自身の安全のためについて来てくれている始祖様へと声をかけた。
「危うい場面以外では、勝手に暴れないでくださいね、始祖様」
「へいへい、分かってるって。
――暴れる時は、セスに一声かけてから暴れるからな!」
「暴れる前提なのは何とかなりませんか……」
「ハハッ! そりゃ無理な相談だな!」
思わず、銀縁眼鏡の奥で半眼になった紫の瞳を始祖様へ注ぐが、紫色の人工精霊はご機嫌に周囲を飛び回るだけで、効果はない。
いっそのこと、やはり風の君にもついて来て貰えばよかったかと思考が飛んだところで、静かに頭を振った。
風が通らない場所では、風の精霊たちも本領発揮が出来ないのだから、始祖様を止めることは難しいだろう。
……結局のところ、私が何とかするしかない。
始祖様の暴走を止めつつ、ダンジョン踏破を目指す優秀な王城魔法使いたちを支援する。
まぁ、出来なくはないだろう。
そう考え――さっそくとダンジョン内へと踏み入った。
洞窟形状のダンジョン内は、時折光る植物や石があるだけで、基本的には暗闇が広がっている。
光球で周囲を照らす魔法を使い、警戒をしながら進む【特務団】と王城魔法使いたちは、すぐに現状に慣れ、襲い来る魔物たちをも予想以上に難なく討伐してみせた。
かつて、小型の魔物たちを凶暴化させる力をもった強い魔物を相手にして、力不足を痛感していた【特務団】のみんなが、こうも問題なく魔物たちを倒していく姿には、感動さえ覚える。
前衛の【特務団】と、後衛の王城魔法使いたちとの間に挟まれ、順調に進む一行のただ中で足を動かしながら、しかしと気を引きしめた。
「――ダンジョン探索は、ここからが本番だぞ」
「えぇ……心得ています」
右肩に乗る始祖様の、かすかな呟きに、こちらも小声で返し、暗闇が広がる前方を見やる。
予定踏破日数は、三日。
実戦訓練を兼ねたダンジョン探索は――まだ、はじまったばかりだ。




