24話 大魔法使いセルディス
ようやく、前世よりも今世の自身が人間らしくなっている、と言う事実を自覚したのち。
あっという間に帰って行った風の君を見送り、くるりと後ろを振り返る。
きっと、心配して私の様子を見に来てくれていたのだろう。
扉のすきまからこちらを覗いていた、父上たち家族と目が合った。
「――と言うことで、魔法使いとしての師匠が眠る場所へ行ってきますね、父上たち」
「あ、あぁ、分かった。
行っておいで、セルディス」
「「「行ってらっしゃい、セルディス!」」」
「はい。行ってきます」
そうして家族に見送られ、やって来たのは、貧民街の裏にある森の中。
近衛騎士二人と、この辺りには詳しいからと、ユシルと交代した【特務団】の団員ヨルと共に、暗い森を進む。
一見、ありふれた森だが、建国当時は王家の森だった事もあり、実はこの森には二つの秘密が隠されている。
その内の一つは、森の奥に風の君が住む、精霊の住処があること。
そしてもう一つが――初代陛下である始祖様の遺産が隠された、地下の部屋があることだ。
「それでは、少しここで待機していてください」
「えっと、殿下。
本当にお一人でも、大丈夫なんです?」
「はい。……と言うより、そもそも私にしか魔法が反応しないので」
「へ――?」
そう疑問を浮かべるヨルや近衛騎士たちを置いて、一歩足を踏み出す。
刹那、青銀色の光に包まれ――次に紫の瞳が映したのは、見慣れた地下部屋だった。
三歳の頃の夢に出てきた、気品ただよう部屋の中。
磨かれた机の上にひっそりと置かれていた本が、ふわりとひとりでに浮かび上がる。
前世では、あの本がそのまま頭上から降ってきたが、さすがに二度も、本の角を額に打ち付けられるつもりはない。
こちらも魔法で浮き上がり、空中で懐かしいその魔導書を手に取った。
とたんに、魔導書の内側から飛び出して来たのは、小さな紫色の光。
赤子の掌大のそれは、人工精霊――初代陛下ワース・マギロードが遺した、意思そのもの。
魔導書を握ったまま、ゆっくりと床に降り立った私の周囲を一回りして、人工精霊の始祖様はその紫の光を明滅させる。
「新しい後継者が来たのかと思ったら、まさかの二度目ましてかよ!
ひっさしぶりだなぁ? セス!」
「……お久しぶりです、始祖様」
懐かしい愛称で私を呼ぶ、かつて別れた日と同じ声に、自然と微笑みが浮かんだ。
「なんか、やわらかくなったな? お前」
「はい。
――人間らしくなりましたから」
「ハハッ! なんだそりゃ!!」
かつてと変わらない笑い声を、またこうして聴けたことが、本当に嬉しい。
――どこか救われたような気持ちで、始祖様を連れて転送魔法で地上の森へと戻り、王城へと帰還した。
そして、夕食後、改めて家族が集まった部屋の中。
「――この方は、魔導書に宿る人工精霊であり、私たちの初代陛下が遺された、ご意思そのもの。
前世で、天級冒険者兼魔導公爵であった私……大魔法使いセルディスの、師匠です」
「なんと!」
「まぁっ!」
今世の家族へ、始祖様を紹介するついでに、前世の私の事も伝えると、父上と母上から驚きの声が上がった。
「そう! この俺こそ!
お前たちの自慢の初代陛下だぜ!!
んで、セスは俺の自慢の愛弟子な!!
――ところで、セス。
俺の自慢の子孫とその嫁さんは、俺かお前のどっちの存在に驚いてるんだ?」
「どちらにも驚いていると思いますよ、始祖様」
前世からのいつも通りな始祖様とのやり取りに、兄上と姉上はつぶらな瞳を丸くしている。
部屋の壁側に控える傍仕えのみんなからも、私と私の右肩に乗る始祖様へと視線が注がれる中、ぽつりと父上が零した。
「実は……セルディスの名は、まさしく大魔法使いセルディスの偉大さと、その力で人々を救った心優しき英雄としての素晴らしさにあやかり、同じ青銀の髪を持つからとつけた名だったのだ」
まさかの、そういう名前事情があったとは。
「まさかセルディスが、本当にあの大魔法使いセルディス本人だなんて!」
母上も驚いているが、今は私も驚いている。
予想外の両親の言葉に、思わず右肩の始祖様へと視線を注ぐと――。
「フ、ハハハッ!
完全なる同一人物だった、ってオチがついたわけか!!
傑作だな!!」
と、相変わらずのご様子だ。
こちらとしては、まったくもって、笑っている場合ではないのだが。
「……私はむしろ、この一致が偶然なのか、何かしら天に意図されたものなのか、気になりますが……」
「同名なんだから、そりゃ当然、天の思し召しってヤツだろ」
「またそのように重要そうな事を、サラリと……」
もはや聞き流してしまいたくなるほど、あまりにもサラリととんでもない真実を聴いてしまった気がする。
とは言え、また始祖様とこのようなやり取りが出来ること自体は、嬉しく思う。
それに……予感も、あった。
また今日、この日から――かつての時のような、賑やかさと楽しさに満ちた日々が、はじまるのだろう、と。




