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紫眼のセルディスは平穏を望む  作者: 明星ユウ
一章 かつてを今にも持つ先人
23/50

23話 人間らしくなったから

 



 冒険者登録をおこない、ついでに昇級試験を合格して、無事に銅級冒険者の証である銅板のカードを手にすることが出来た。


「殿下ならいつでも歓迎ですぜ!!」

「ありがとうございます、ギルド長」


 豪快な笑い声を上げる、ギルド長ドレイクに感謝を告げ、石造りの建物から外へ。

 眩い橙色に周囲を見回すと、帰り道である大通りはすっかり、夕陽に染まっていた。


 その、鮮やかな夕陽に照らされて――ほんのりと色付いた長い茶色の髪が、風に揺れる姿に。


 ハッと、息をのんだ。


 それは、前方で仲間たちと談笑しながら歩む、見慣れない冒険者の後ろ姿が、見えただけのこと。

 そう、ただそれだけの光景だった。


 ……それなのに、何故か。

 息を詰めるほど、鮮やかに。


 かつての時に親しくしていた、冒険者たちの顔が。

 苦楽を共にした、戦友たちの顔が――頭を、過ぎってしまった。


「セルディス殿下?」


【特務団】副団長ユシルが、不思議そうにかけた声に、ひっそりと深呼吸をする。


「……何でもありません。

 帰りましょう」

「は、はい」


 つとめて落ち着き払った声で、伝えたつもりだったが。

 ユシルからの返答にも、近衛騎士二人の表情にも、戸惑いと心配が含まれていた。


 馬車に揺られて王城へと帰る道中も、気遣うような視線が注がれている事は、分かっていたのだが……。

 問題ない、と彼らを安心させる言葉を、伝えることは出来なかった。


 今は、胸で渦巻く感情を、抑えることに集中する必要があったから。




 王城へと帰還し、自室へと戻り、そこでようやく口を開く。


「――少しだけ、一人にしてください」

「……承知いたしました」


 部屋の中に入ったとたんに、はじめて聞く内容の指示を受け、執事や侍女たちはさぞ戸惑ったことだろう。


 しかしそれでも、彼や彼女たちは、すぐさま隣の部屋や廊下へと移動して行き、私をこの部屋で一人きりの状況にしてくれた。



 窓辺に一人立ち、つと息を詰める。

 夕暮れに染まる城下を見下ろして、思い浮かぶのは。


 ――前世での、冒険者ギルドの光景や、戦友たちとの冒険の、日々。


 かつて、一番長い時間を過ごした場所。

 かつて、一番関わりが深かった人たち。


 同じ建物の中に満ちた喧騒は……しかし、どうあっても新しく。


 ようやく……本当に、今さら。

 ――もう二度と、見慣れたあの人たちに会うことは出来ないのだと、痛感した。


 胸が、苦しい。

 寂しさとは、こうも……胸を締め付けるものだっただろうか。


 にじんだ視界があふれ、涙が頬を伝う。

 反射的に左手で眼鏡を外して、右手で目元を隠す。


 息を、なんとか吸い込み、吐く。

 涙を流すほど、感情があらわになることなど、前世ではなかったのに。


 ……そもそも、前世では八十年も生きた身として、親しい人たちを見送ってきた側だったのだ。


 だからこそ、どれほど懐かしく思っても、再会することは叶わない、と。


「分かり切っていた、はずでしょう……」


 思わず、そう小さな呟きを零すと――ふいに、両頬をそよ風が撫でた。


 ハッと顔を上げると、いつの間にか目の前に、風の君が浮いている。


 ……おそらく、私の現状を察知して、なぐさめにきてくれたのだろう。

 風の君はいつも、人間の事など分からないと言いながら、それでもずっと優しく私に寄りそってくれていたから。


 つい先ほど、両頬にそえようとしてくれていたのだろう手が、今度は片手だけ伸ばされ、優しく頭を撫でられる。


「お寂しいのですね? 我が君」


 ――さみしい。

 あぁ、その通りだ、と素直にうなずくと、風の君はそよ風のように笑った。


「人間らしく、なりましたね」

「――え。

 風の君には私が、人間ではないものに見えていたのですか?」


 青天の霹靂とは、まさにこのことか。

 あまりにも予想外の言葉の衝撃に、涙も引っ込んだ。


「いえいえ!

 ただ、こう……上や後ろから、いつもご自身を観ていらっしゃいましたから。

 今は、ご自身の中から見ているところが、人間らしいな、と」


 そこまで言われて、ようやく納得する。


「あぁ……たしかに、前世では客観的に物事を見ていましたが、今世では自分事として感じることが多いですね」


 次いで、気づいた。

 今世では本当によく、自分事として感情が動いている。

 だからこそ、今回の涙に繋がったのだろう、と。


「なるほど――人間らしく、なりましたか」


 ストン、と胸に収まった深い納得に、もう一度うなずく。

 眼前で、ぱっと涙のなごりを風で飛ばしてくれた風の君も、笑顔で口を開いた。


「えぇ! ところで、それはそれとしまして。

 我が君にはわたしも、それに……おおいに不服ではありますが、彼もいるのです。

 今回の我が君でも、問題なくあの魔導書を開くことが出来るでしょうから、お寂しいのでしたら、彼を目覚めさせればよろしいかと。

 ……わたしは、不本意ですが」

「……あの方を?」


 不服さを表しながらも、そう伝えてくれた風の君の提案に、思わず紫の瞳をまたたく。

 同時に、そうか、と呟きが零れた。


 せっかく、人間らしくなったのだから。


 素直に、寂しいから一緒にいて欲しいと――そう、始祖様を叩き起こして、今世に巻き込んでしまえばいいのか。




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