2話 今世の形と前世からのなごり
前世と今世を振り返っている間に、父上以外の家族が避難していた、部屋の前へとたどり着く。
扉の前を護っていた近衞騎士が、サッと扉を開き、私と私を抱える騎士の入室の補助をしてくれる姿が、新鮮に見える。
近衞騎士に抱えられて移動している現状と同じく、前世の時とは異なる、まさに王族だからこその対応だと、無表情の裏で驚いている間に、室内へと入り込む。
「失礼いたします。王妃殿下、セルディス殿下をお連れいたしました」
「「「セルディス!」」」
入室した騎士の言葉に、三つの声が重なった。
侍女や執事、それに近衞騎士や王城魔法使いが、壁側に控える広い室内の中央で、ソファに腰掛けて待機していた、母上と兄上と姉上が、慌ててこちらへと移動してくる。
夕食後、早い時間に眠りについた私とは異なり、もともとこの近くの部屋でくつろいでいた今世の家族たちは、すぐにこの場へ避難できていたのだろう。
父上だけは、その身に宿す力と責務をもって、私を護るために駆けつけてくださった、と言う状況だったに違いない。
そう思考を巡らせる時間で、先に私のもとへと移動した初老の侍女が、手慣れた動作で小さな靴を履かせてくれた。
侍女が素早く身を引くと、ようやく騎士の腕の中から床へと降り立つ。
直後、母上と姉上に優しく抱きしめられた。
「あぁ、セルディス! 怪我はありませんか?」
「だいじょうぶです、ははうえ」
「いたいところ、ないの?」
「ありませんよ、あねうえ」
「無事でよかった……。
ここにいれば大丈夫だよ、セルディス」
「はい、あにうえ」
それぞれの銀の髪をゆらし、母上は優しげな翠の瞳にうっすらと涙をうかべ、姉上と兄上は紫の瞳に心配と安堵をうかべている。
三者三様の言葉に、この心優しい家族が安心できるようにと、表情の変化がとぼしかった前世で、晩年になってようやく自然にうかぶようになったやわらかな微笑みと共に、言葉を返す。
襲撃後、まだ幼い私がこの部屋へ避難してくるまでの間、きっとみんなとても心配してくれていたに違いない。
今世の家族は本当に、愛情深く、家族思いな人たちだから。
母上にゆっくりと手を引かれて導かれ、ソファへそっと抱き上げられて腰を下ろすと、可愛らしい姉上が私の小さな身を、ぎゅっと抱きしめてくれる。
その二つ年上の五歳である姉上と、私の頭を共に撫でる兄上は、四つ年上の七歳とは思えないほど落ち着いて、妹と弟を気遣ってくれていた。
まだまだ幼い兄と姉の、それでも年上らしさを感じる心遣いに、胸の内がほんのりとあたたかくなる。
幼い私たちに注がれる、母上の優しい眼差しを感じていると、ふいにまた扉が開いた。
「みんな、もう大丈夫だ。侵入した魔物は一体だけで、それももう倒したからな」
「陛下!」
「父上!」
「おとうさま~!」
扉の奥から室内へと入ってきた父上に、母上が上品に、けれど素早くソファから立ち上がって声を上げ、それに兄上と姉上が続く。
ぴょんとソファから降り、パタパタと父上に駆け寄った姉上を抱き上げ、一緒にソファのそばへと移動した父上は、母上の不安げな翠の瞳に力強い笑みを見せた。
「私にも騎士たちにも、怪我はない。
セルディスは、怖ろしかっただろうが……」
姉上をソファへと降ろしつつ、そう呟きながら私へと紫の瞳を向けた父上に、首を横に振る。
「だいじょうぶです」
「おぉ……そうか。
アルヴェルもルフェリアもだったが、セルディスも魔物を怖れない強き心を持っているのだな」
私の言葉に、どこか納得したような笑顔で、兄上と姉上の名を上げながら告げた父上は、次いで軽やかにこの身を腕に抱き、母上たちへと向き直った。
「さて、せっかくの機会だ。
セルディスの寝室が直るまでは、皆一緒に眠ろうか」
「いっしょに? セルディスとおにいさま、おとうさまとおかあさまも?」
安全と、おそらくはまだ幼い子供たちのためだろう父上の提案に、姉上が不思議そうに小首をかしげる。
それに、母上がうなずき、父上と兄上が口を開いた。
「あぁ、そうだよルフェリア」
「良かったね、ルフェリア」
返された言葉に、姉上の紫の瞳が煌めく。
つい、私まで微笑ましくなって笑みを浮かべると、家族みんなが笑顔になった。
……本当に、今世の家族は素晴らしい人たちだと思う。
前世では、生まれた時に母が創世神の元へと旅立ち、実の父にとっては不本意な落とし子として捨てられ、義理の母や腹違いの兄とも好ましい思い出はなかった。
その分、今世の家族を特別に思うのは、当たり前のことなのかもしれない。
素晴らしい魔法使いであり、一国の国王である父に、美しくこれまた才ある魔法使いの王妃である母。
優秀な第一王子である兄に、可愛らしい第一王女である姉。
そして、幼い第二王子である私。
王家と言えども、家族構成はありふれたものだが、その愛情深さはまさに全ての民を愛し、護る者にふさわしい。
ただ……その家族の中で、私だけは記憶以外にも、前世から今世にまで引き継いだものがあった。
それは、鮮やかな銀の髪に、王族の血筋を示す紫の瞳を持つ父上、兄上、姉上とは、異なる色。
間違いなく、同じ父上と母上から生まれた私は、しかし前世の時と同じ特別な色を、今世でも持って生まれていた。
青銀の髪に、王族の血筋を示す紫の瞳と言う――初代陛下と、同じ色を。