14話 伸びた鼻はへし折るもの
たとえ、前世の立場がどのようなものだったとしても。
今世では【創世神の愛し子】であり、第二王子でもある私の、この言葉にさえ耳を傾けないのであれば。
……その傲慢はいつの日か、彼ら自身の平穏を崩すものとなるだろう。
それが分かるからこそ、広い部屋のすぐそばに広がる、訓練場へと足を向ける。
「気になる人は、全員参加してかまいませんよ。
彼ら全員と同時に戦いますから、増えてもあまり変わりません」
私の言葉に、王城魔法使いたちの魔力が、ざわりと揺れた。
魔力を通し、透けて見えた感情は、困惑、心配、怒り。
「殿下……」
護衛の近衛騎士の男性二人が、私を心配する声に、つと振り向いて微笑みを返す。
「大丈夫です。
私が怪我をすることはあり得ませんから」
実際、口にこそ出さなかったが。
ただの王城魔法使いとの模擬戦なら……十人も百人も、たいした違いはない。
いまだ六歳と言う幼い身ゆえの、魔力量の違いはあるものの。
私はかつて、王城魔法使いよりも強大な力を持つ、大魔法使いだったのだから。
そうして、広い訓練場へと踏み入り、中央から右寄りの場所で立ち止まる。
振り向き見やった目の前には、私との模擬戦に参加することを決めた、十数人の王城魔法使いたちが並んでいた。
最前列では、さきほどまで問答を続けていた者たちが、苦々しげな表情を浮かべている。
落とし子や、平民や、貧民街育ちや、冒険者だから、と。
そう侮ることそのものが、彼ら自身にとって危険な状況へ至る可能性に、きっと彼らは気づいていないのだろう。
ここで、伸びた鼻を折ることは――結果的に、必ずいつか彼ら自身を救うはずだ。
何よりも、彼らのような貴族に、本来の役割が何かを気づかせること以上の、平穏への近道は無いのだと、前世ですでに学んでいる。
模擬戦の参加者たちを見やり、銀縁眼鏡を指先で押し上げて、告ぐ。
「それでは、はじめましょう。
全員同時に、魔法を発動してください」
そのほうが、対処法としては楽なので。
内心でそうつけ加えつつ、彼らのように、背丈ほどの長さの杖をかかげることもなく、ただ静かに紫の瞳で眼前を見つめる。
次の瞬間――いっせいに放たれた、様々な種類の魔法が、色鮮やかにこちらへと飛来した。
「殿下っ!」
焦る誰かの声が聞こえたが、特に私が焦る要素はない。
おもむろに片手をかかげて、横にサッと振る。
その所作と、慣れ親しんだ繊細で複雑な魔力操作のみで、こちらへと飛んでくる魔法たちとは相反する属性の魔法たちを放つ。
そして――飛んでくる十数個の魔法たちを、ことごとく打ち消した。
「なぁ!?!?」
「あり得ない!!」
お約束の反応を、前世で聞き慣れているからと聞き流して。
一度きりの反撃の魔法を、咲かせる。
「〈咲け、氷の花――ブリズフラウ〉」
短い詠唱と、魔法の名の宣言の後――ザァッと私の足下から、一息で訓練場の地面をおおいつくすほど咲き誇ったのは、水色の花々。
突如訓練場に広がったそれは、冷ややかながらも美しい、氷の花園だった。
実はこの魔法、ただ辺り一面に氷の花を咲かせる、というだけの攻撃性のない芸術魔法なのだが。
模擬戦の参加者の多くは、たしかに。
魔法が発動した瞬間――自らに魔法が届くことを察して、怯えた。
「力が自身に向かって振るわれることは、恐ろしいことです」
ハッと顔を上げた者たちへ、静かに語りかける。
「だからこそ、その力を弱き者を傷つけるために、使ってはいけないのです。
私がなぜ、力を持つ者の役割は、民や国を護ることだと伝えたのか……もう、お分かりでしょう。
――あなたたちの役割と立場を、もう一度改めて考え直すことを、お勧めしておきます」
淡々とした私の語りに、すでに役割や立場を理解している大半の者たちが、最前列で私と対峙していた者たちへと視線を注ぐ。
若干、まだ納得しているとは思えない表情を浮かべる彼らの一人が、多大な屈辱とほんの少しの戸惑いを、ぽつりと言葉にした。
「……どうして、攻撃性のない魔法を返したのですか」
複雑な胸の内から零れ出た、単純な疑問の言葉に、私なりの考えを答える。
「さきほども話した通り、民を護る立場である貴族もまた、民に含まれます。
つまり、あなたたちもまた、私が王族として護る立場の存在、大切な民です。
……思想の違いで揉めたゆえの模擬戦とは言え、私があなたたちを、魔法で傷つけるはずがないでしょう」
私の答えに、問いかけた者の表情が、驚きに変わった。
同じように表情を変えた者たちへ、それはそれとして、と紫の瞳を細めて告げる。
「ただし――今この場で、伸びきった鼻は折りましたから、今後は伸ばさないように」
「は、鼻……?」
傲慢と言う名の伸びた鼻は、もう折った。
だから、今後は伸ばさないように……と伝えたのだが、彼らには意味が分からなかったらしい。
なぜ伝わらなかったのだろうか、と考えて、はたと気づく。
この表現は、私のおぼろげな一度目の人生で学んだとおぼしき、表現だった。
「……そう言えば。
この表現が伝わるのは、お一方だけでしたね」
唯一このような表現が伝わる相手であった――始祖様とのやりとりを思い出し、懐かしさに微笑みが浮かぶ。
今のこの場に、あの方がいないことが惜しい、と。
そう考えた瞬間――上空でぶわりと、魔力を帯びた風が渦巻いた。




