13話 悪意へのお説教
「なるほど……このように魔力を操作することで」
「これが出来んのか! すげぇですね!」
穏やかな侯爵家の落とし子の青年が、感動を宿して言いかけた言葉を、飄々とした貧民街育ちの、平民の青年が引き継ぐ。
「えっとえっと、こちらはどのようにすれば!?」
「あぁ、これは――」
次の質問をした、冒険者も兼業しているらしい、元気で時折口が悪くなる伯爵家三女の女性の問いに、丁寧に答えていくと、周囲からも感嘆の声が上がった。
彼や彼女はみんな、私の前世の生き方を最初は半信半疑に思い、警戒をしていた者たち。
不遇の立場に置かれた者たちの心を、相談役として、魔法の勉学の代わりに日々魔法棟へとおとずれる中で、ようやく解きほぐすことが出来た。
「セルディス殿下に学ぶ機会をいただけたこと、本当に光栄に思います。
……僕に、これほど貴重な時間を手にする幸運が、おとずれるなんて……」
少しだけ声を震わせながら、そう伝える侯爵家の落とし子の青年ユシルに、やわらかな微笑みを返すと、兼業冒険者の女性ミミリアが続く。
「わたしも、冒険者としての助言までいただけて……本当にうれしいです!
セルディス殿下が、相談役としてここへ来てくださるようになってから、毎日がすっごく楽しいです!!」
ぱっと笑顔を咲かせたミミリアの言葉に、隣でうんうんとうなずいた貧民街育ちの平民の青年ヨルが、楽しげに片手を上げる。
「俺も俺も! 相談役が殿下で、ホント良かったと思いますよ~!
最初は、前の人生って言っても、殿下が平民だの貧民街育ちだののことなんて、わかるわけねぇだろって思ってたんですけど。
貧民がまっさきにおぼえたい魔法を当てて、おまけに前はどう使ってたか、なんて話されたら、信じないわけにもいかないってやつですよ~!」
「信じてもらえて、何よりです」
一番警戒を続けていたヨルの、その警戒がとけたのは、ほんの二日前。
今では他の二人と同じく、とても素直に私へと質問をしてくれるようになったのだから、根気よく関わったかいもあると言うものだ。
――とは言え、彼や彼女の警戒とは真逆の問題も、出てきてしまったのだが。
「まったく……セルディス殿下も困ったお方だ。
あのような者たちと、親しくするなど」
「かつてに囚われてしまっておられるのでしょう」
「なにせ、かつての立場が立場ですからな」
広い部屋の端で、そう呟く声が聞こえる。
正直なところ、まさか今世の第二王子と言う立場があってなお、この手の会話が耳に届くとは思っていなかった。
それこそ……前世ならまだしも。
「【創世神の愛し子】ってだけで、殿下は殿下だろ。マジであいつらの頭どうなってんだ?」
「いけないよ、ヨル」
「同感だけどね」
「ミミリア嬢まで……」
小声ながらも、そう反論を呟くヨルを、たしなめるユシル……と、同感するミミリア。
内心だけでヨルの言に同意しながら、静かに部屋の端から届く言葉に耳をかたむける。
「フン。嘆かわしいことだ。
……そうだな。やはり一度、お伝えしておかねばなるまい」
「えぇ、えぇ」
「仰る通りかと」
そう告げた声を聞き、落とし子であっても侯爵家の者として、彼らと関わりのあるユシルが、身を固くした。
真面目に研究や訓練に集中している、他の者たちの横を通りすぎてこちらへとやってきた数名に、銀縁眼鏡を指先で押し上げてから、向きなおる。
「殿下。かつてのお立場のこともあるとは言え、やはりその者たちと関わるのは問題があるかと」
「問題とは?」
切り返すと、彼らはそろってあざ笑うような表情を浮かべた。
「その者たちと、我ら貴族とでは、立場が違うのです」
そう告げた伯爵家次男の青年に、無言で紫の瞳を向ける。
前世と同じく、怒りではなく、呆れを感じながら。
そちらがその気ならばと、口を開く。
「根本的な話をしましょうか」
――悪意へのお説教、開始だ。
「そもそも、この国の王侯貴族とは、民を護るために力ある魔族狩りたちが、その地位についたことがはじまり。
すなわち、このマギロード王国の貴族とは、民である限り貴族も平民も等しくすべて、守護する役割を持つ存在だと、歴史が証明しています」
「なっ!」
目を見開く彼らに、すっかり静まり返った室内で、言葉を続ける。
「王城魔法使いの役割もまた、この国を護り、この国の民を護る存在のはずですが。
――なぜあなたたちは、自身が護るべき者を、傷つけようとするのでしょうか?」
前世から、貴族の者たちと関わるたびに思っていた、素朴な疑問を今また、貴族の彼らへと問いかけてはみたが……。
「それは古き歴史の話でしょう!?
今の時代は、貴族は皆、上位者として存在しているのです!
それは、王城魔法使いも同じこと!」
ありふれた反論に、うっかりため息が零れた。
「……だとしても。
上位者だから、誰かを傷つけていい、と言うことにはなりません。
最も上位者である王家が、権威や魔法を民に振りかざした歴史がありましたか?」
「そ、それは……!」
「ただ力を誇示したいだけならば、冒険者として魔族を倒すほうが、よほどこの国と民のためになります。
本当に、力を持つ者の役割が、分からないのですか?」
口ごもる彼らに、それならば、と告げる。
「模擬戦をしましょう」
分からないのであれば、示せばいい。
力とは――何のために使うものなのかを。




