10話 幕間 尊き初代色の第二王子
神話の時代の終わり、人間の時代のはじまりを紡いだ、六大古国の一つ。
魔族さえも恐れさせる、強き魔法使いの王家が治めし、マギロード王国。
この王国の首都で煌く、銀の王城で働く者たちの中でも、ひときわ王家に近しき者たち……すなわち、傍仕えの執事や侍女、そして近衛騎士たちは今、六歳の第二王子に夢中だった。
いや、厳密に言えば――彼が開示した、とある真実に。
「セルディス殿下は、【創世神の愛し子】だったんですね!!」
「えぇ、そうよ。特別なお方なの」
「わぁ~~! そんな方にお仕えできて、とってもうれしいです!!」
かつて、話題の第二王子自身がこっそりと治癒魔法をかけ、痛めた右足を癒してくれていたことなど知る由もない若い侍女は、先輩の侍女相手にキラキラと瞳を輝かせる。
まるで子犬のような彼女の様子に、小さく笑った先輩の侍女もまた、嬉しげな表情のまま言葉を続けた。
「本当に、幸運なことだとわたしも思うわ。
王族の方にお仕えできるだけでも栄誉あることなのに、【創世神の愛し子】様にお仕えできるなんて」
「ですよねですよね!!」
今度は兎のように、ぴょんぴょんと跳ねてしまいそうなほど、嬉しさを身体で表現する若い侍女は、しかし次いではたと動きを止めて、真剣な表情を先輩の侍女に向ける。
「ところで、【創世神の愛し子】様って、どういうところが特別な方なんですか??」
何事かと、こちらも動きを止めていた先輩の侍女が、そんなことも知らずにはしゃいでいたのかと、思わず拭いていた目の前の机に突っ伏しかけたのは……言うまでもない。
(まさか……初代陛下のお色を持ってご誕生なされたセルディス殿下が、かの【創世神の愛し子】であらせられたとは)
眼鏡をかけた初老の執事は、手慣れた様子で明日の準備を進めつつ、そう心の中で呟く。
彼の頭の中に浮かぶのは、まだかの第二王子が今より幼かった頃。
歳を取り、おとろえた目の力をおぎなうためにかけていた、自身の眼鏡を見つめ、見え方が変わらない眼鏡を欲しがった日のこと。
(今思えば、あの頃にはすでに、かつてのご記憶を取り戻されていらっしゃったのかもしれませんな。
兄君であらせられるアルヴェル殿下が、あの年頃であった時を思い返しても……やはり、セルディス殿下はより落ち着いたご様子で、まるで初代陛下のお色の特別さまで、ご理解なさっていたような……)
三年ほど前の記憶をたどりながら、初老の執事はまた眼鏡の件へと回想を戻し、ふと思いつく。
(もしかすると、かつての時のセルディス殿下も、眼鏡をかけていらっしゃったのでしょうか?)
その閃きが、まさしく正解であることは――当の第二王子のみぞ知る。
「いやはや……なんとも尊きお方の近衛になったものですね」
「あぁ……正直、緊張で身体が固まってしまいそうだ」
「……たしかに」
第二王子の部屋の扉、その前に立つ二人の近衛騎士は、互いの不必要なまでの緊張をほぐすため、そう小声で語り合う。
彼らは三年ほど前、第二王子の寝室にコウモリ姿の魔物が侵入した際、第二王子の守護につとめた騎士たちで、今も彼の近衛騎士として従事していた。
「そう言われてみますと、窓が割れる大きな音にも、魔物の存在にも、殿下は泣いてしまうこともなく、とても落ち着いていらっしゃいましたよね」
襲撃の際、第二王子を抱え上げて避難につとめた騎士の言葉に、魔物と対峙した騎士が深々とうなずく。
「あぁ。幼いにもかかわらず、なんと勇敢な方なのだろうかと、当時は思っていたが……。
かつての時のご記憶があったのならば、魔物が王城に侵入した際、すぐに我々が駆けつけることを、理解しておられたのだろうな」
「えぇ、おそらくは」
そうして途切れた会話の後、二人の近衛騎士は自然と、深呼吸を繰り返す。
護るべき存在を、必ず守護してみせると、静かに意気込みながら。
そうして、多くの傍仕えの者たちが、決意を新たにする中。
いまだ誰にも語られざる言の葉が、いつかの日に彼や彼女を幾度も驚愕させることを――尊き初代色の第二王子だけが、知っていた。




