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第九話 妖精はいるか

 国では十三歳以下の飲酒は法で禁止されている。年齢を偽っているとはいえ、一番年下のリサの年齢でも飲酒は可能。他の三人はリサより年上なので全員が飲める。


 ベルコにいたっては大酒飲みにさえ見える。


 それでも食事には酒類が出なかった。国で禁止されていないが女性は飲酒を避けるべきとの風習が残っている。妊娠しているならいざ知らず、馬鹿げた習慣だとリサは忌まわしく思った過去もある。


 言葉の上だけでも酒を勧めないモジリアニの態度が別の意味で気になった。国にはメジャーな三大宗教がある。他の宗教は禁教とされているが、弾圧はされていない。


 三大宗教以外の信者は異端を信仰する変人と見做される。特に年上になるほどこの傾向は強い。


 異端信仰が露見するのが酒の席であることがよくある。理由は異端宗教の多くは飲酒を禁止している。食事の場で酒を勧める行為はある種の踏み絵である。


 信仰を重んじる家では結婚前の家族の顔合わせで酒を出す。それとなく相手の信仰を知る酒の提供は普通だった。


 冷静にリサは心の中で冷めた分析をする。


「モジリアニが酒を出さない理由が気になるわ。信仰に寛容なら問題ないわ。でも、ロージ家の信仰が異端なのかが、気になるわね」


 リサは信仰に興味はない。わかっているのは、世の中には神様はいるが自分を救ってはくれない事実だ。


 寄進をしていないせいかもしれない。信心が薄いせいかもしれない。だが、救いが自分の手に届かないなら、異端の神と変わらない。


 異端を信じる者は信仰心が強い傾向がある。なので、ローズ家が酒を忌避する異端信仰者なら下手に批判したら一発退場だ。


 酒と信仰が絡むのは他の嫁候補も気が付いているのか話題にしない。食事会は進んでいく。食事会の重要なキーマンであるエランとカインがいないので盛り上がらない。


 ローズ家の歴史と伝統の話題でモジリアニがどうにか場を繋いでいる。他人事ながら努力が見える。見方によっては痛々しくもある。


 これで明日も食事にエランとカインが出てこなかったらどうするのかしら?


 意地悪い感想だが、不謹慎にも心の中でニヤついてしまった。場を白けさせない努力をするモジリアニに対して嫁候補は悪態を付いたり、欠伸したりはしない。


 その内に話題もなくなった。料理も全部、平らげた。


 そろそろお開きにしたほうが無難かと思ったところで、ベルコが口を開く。表情からは飽きてもいないし、呆れてもいない。


「ところで、貴殿にお聞きしたい。マンサーナ島に悪魔が眠るという噂。あれをどう思っておられる?」


「べルコがまたぶっこんできた」とリサは驚いた。もちろん、驚きは顔には出さないように努力した。宗教の話は眠れる狼だ。起こせば災いを呼ぶ。


 モジリアニは気を悪くした様子はない。

「悪魔の話はローズ家の発展を妬んだ者の噂ですよ」


 言葉では否定しているが、無意味な回答だ。もし、真実が『この島には悪魔がいます』でも、常人なら必ず否定する。つまり、嘘でも真実でもモジリアニの回答は変わらない。


 世間話に退屈していて口を出さなかったマリアが少しばかり身を乗り出す。

「でも、噂が出た理由はあるんだよね。召喚石の存在とか」


 ますます危険な話だ。召喚石はお伽話の中の存在ではない。この世界に存在する品だ。だが、扱いは軍需物資であり、民間人の所有は禁じられている。御禁制の品だ。


 召喚石は戦局を一変させ、国を亡ぼす力がある。現に八十年前に消えた国があり、老人たちはいまだに恐怖を覚えている。


「それも噂ですよ」と笑ってモジリアニはまた否定する。


 マリアの表情が真剣になる。

「マンサーナ島の森に環状列石があるでしょう。あれの正体はなに?」


 全く知らない情報だった。同時になにか危ない話の予感がした。モジリアニの笑顔は変わらない。この手の話題は何度も人から聞かれてきたためと思われる。


「フェアリーサークルと昔の人間は呼んでいました。フェアリーサークルはこの世界と妖精の世界を結ぶゲートだと伝承にあります。悪魔だなんてとんでもない」


 物はいいようだ。ローズ家にとっての妖精でも他人にとっては悪魔なこともある。だが、この世と別の世界を結ぶ門があったら、大変だ。


 冷笑を浮かべたマリアが追及する。

「じゃあさあ、なんで国の学者団の学術研究調査を断ったの」


「妖精さんに失礼だからですよ。ゲートは常時機能していませんが、時折に開く時に妖精さんが遊びに来ると祖父から言われました。私は妖精を見たことがないですけどね」


 モジリアニの言葉を疑わないのかレシアが感心する。

「マンサーナ島は妖精と人間の交流場なのですね。素敵な場所ですね」


「今の話の流れでそうなるかしら?」とリサは突っ込みたかったが我慢する。


 疑問に思ったのかベルコも話題に入ってきた。

「貴殿が見ていないのなら、ゲートから出て来るのが妖精か悪魔かわからないだろう」


「私には見えませんが、見える人間はいるのです。妖精は時折我が家に遊びにきて風呂に入っていくそうです」


「あっ」と思わず声が出た。全員の視線がリサに向いた。黙っていられる場の雰囲気ではなかったので渋々答えた。


「妖精さんはいるかもしれません」


 リサは脱衣所と風呂場で気配があって、確認したが誰もいなかったことを話した。


 ほらみたことかと、モジリアニの機嫌は良くなった。マリアとベルコは露骨に疑いの表情を浮かべる。


 不安な顔でレシアが嫌がる。

「妖精さんて、女性のお風呂を覗くんですか?」


 またしてもズレた質問だなと少し呆れるが、正直に答える。


「妖精が男だとは限りませんよ。もしかしたら、お婆さんの妖精で腰痛の湯治に来たのかもしれないですよ」


「それなら問題ないですね」とレシアの不安な顔が和らいだ。


「本当にそれでいいのか?」と思うリサだが口からは別の言葉が出る。

「そうですね」


 現状では相槌を打つ以外は危険だ。モジリアニには気に入られたいが、ベルコとマリアは本当に花嫁になりたくてきたのか、疑問に思えてきた。


 リサさんは花嫁に選ばれました。ですが、お気の毒にも国の密偵の活躍によりローズ家は取り潰しになりました、では天国から地獄だ。


 リサは仲介人を通じモジリアニを騙してローズ家の嫁になろうとしている。マリアやベルコもリサとは違う目的で、モジリアニを騙しに来た可能性が捨てきれない。


 リサの心中は暗くなる。リサは頭の中で迷っていた。

「玉の輿を狙ったけど、乗りかけているのは沈む船かもしれない」


 故郷の老婆がいつも愚痴っていた。


「本当に美味しい話は金持ちと権力者にしか集まらないのが世の常。他の人間にまわってくるのは美味しそうに見えるだけ、の話しさ」


 危険なら嫁選びからすぐに下りたほうがいい。とはいっても、現状の危険性は『だったら』『かもしれない』の域を出ない。これが、拾ったお宝のような話なら捨てるにはもったいなさすぎる。


 満足したのかモジリアニは食事会の終了を告げた。


「夜も更けてきたのでこの辺で終わりにしましょう。滞在期間はまだあります。次は息子たちを呼ぶので楽しくやりましょう」

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