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第八話 ローズ家の食卓

 夕食の時間に食堂に呼ばれた。近頃は上流階級でも日々の食事にお金をかけるとは限らない。普段の身内だけの食事は質素に済ませる。


 お客を呼んでの宴席時にだけ豪華な食事を用意するのは普通の対応でもある。


 まだ結婚が決まっていない嫁候補であれば出される食事に期待はできなかった。食堂にはリサの他に、ベルコ、マリア、レシアが揃う。向かい側にモジリアニがいるが、エランとカインはいない。


 料理が出る前にモジリアニが詫びた。


「顔を合わせての食事にしたかったのですが、息子たちが作業に没頭して出てこない。せっかく自分たちのために遠くからきてくれたのに、申しわけない」


 さすがにこれはちょっといただけないわね、とリサは心の中で批判した。お客に対して失礼だ。でも、同時にリサは別の事態を想定していた。


 初日の食事会に息子二人が出てこない状況が予定されていたケースだ。現状は嫁候補の忍耐と対応を図るモジリアニの策かもしれない。油断は禁物。


 モジリアニは嫁に気位の高さを望んでいない。結婚後は徴税対象の麓の村人と付き合う。商人とも交渉する。お高く止まって、プライドだけは高いと思われれば家の運営が厳しい。


 慎重に事を進めなおかつ、他の三人の出方を見るためにリサはやんわりとモジリアニに話しかける。


「御子息様とは既にお会いしました。何かに打ち込むのは悪いことではないでしょう」


 リサは理解を示したが、レシアは違った。レシアの表情は曇っていた。レシアはモジリアニの弁解には意見した。


「今日の食事会は父親であるモジリアニ様が予定されたもの。少しでも顔を出さないのは息子といえど、さすがに失礼でしょう」


「はっきり言うな」とリサは感心した。レシアは礼儀とは何かを心得ている。上流の人間は体面を気にする者が多い。些細な行き違いや思い違いから大きく周りを撒き込んで争いに発展する。


 余計な争いを避けるために礼儀はある。


 とはいえ、正しい事をきちんと正しいと主張するのは難しい事でもある。レシアはローズ家に対して気後れしていない。宛がわれた嫁に落ち着く気はないと見えた。


 家に入れば、義父には忠節を尽くし、夫を立てるが、対等であることを望む。


 つまらなさそうにマリアが簡潔に言う。

「別に私は気にしないよ。全員が揃っているなら食事を始めよう。料理が冷めたら美味しくない」


 上辺を飾らず利に聡い。レシアとは逆に言い辛い事でも本音でマリアは語る。


 レシアは眉をひそめてマリアに注意する

「料理は逃げません。初めての場だからこそきちんと伝えなければいけないこともあります」


「あんた堅いね」と素っ気なくマリアは言い返した。


 ベルコが先に進めようと口を開いた。


「何事も予定通りにはいかないものさ。嫁選びの期間は二週間ある。さすがにずっと出てこなければおかしいが、運悪く出られない状況もあるだろう」


 優先するのは礼儀でも実利でもない。現実にどう進めるのかがベストなのかをベルコは考えて動いている。常に最善の選択肢を進む合理主義者がベルコなんだとリサは理解した。


 短い遣り取りだが、他のライバルたちの性格がわかる発言だった。もっとも、誰も自分を偽っていなければ、の話だ。


「皆さん、色々と意見があると思いますが、食事会を始めさせてください」


 ホスト役であるモジリアニが進行を提案すると、レシアは異論を挟まない。場をわきまえているし、エランとカインの態度に怒っていない。


 先ほどは伝えなければいけない常識としてモジリアニに伝えたにすぎず、モジリアニもそんなレシアの態度がわかっていた。


 モジリアニが給仕に合図を送る。モジリアニは食事が運ばれてくるまでの間に提案した。


「皆さんのことは私が知っています。ですが、貴方の中で他の方の名前を知らない人がいるかもしれない。名前くらいは名乗っておきましょう」


 食事がテーブルに運ばれてくる間に全員が名乗りだけを上げておく。どこの出身で、どんな経歴で、どんな家柄の生まれかは誰も語らない。


 モジリアニは将来の義理の父になるかもしれないので、色々と知る権利がある。また、嫁候補は紹介者を介してモジリアニに推挙されている。招待したモジリアニは嫁候補全員の素性を知っている。


 嫁候補同士の間では、自分から言わねばわからない。

「余計な情報は現時点では語らない」がリサも含めての嫁候補のスタンスだった。


 料理が運ばれてくる。三品の料理が盛られた大皿が一つ。スープが入ったカップが一つ。パン籠が一つで構成されていた。


 運ばれてきたマリアが料理を見て感心する。


「けっこう豪華じゃん。嫁候補には『これでも喰わせておけ』といわんばかりに硬いパンに乾いたチーズ、それに具の少ない味の薄いスープが出ると思った」


 マリアの言葉は的外れではない。下層民ならマリアのいった内容でも充分な食事だ。リサだって、マリアのいった内容の食事ですら食べられない日が普通にある。


 上流視点ではどうなのかとリサは気になりレシアを見る。レシアは少しばかり戸惑っていたが、不快な表情はしていない。


「複数の料理を一皿に盛り付ける形式は珍しいですね」


 レシアの指摘はわかる。この国では料理は一品ずつ皿に盛るのが基本だ。だが、このおかずを纏めて盛り付ける方が合理的ではある。皿を多く用意する必要もなければ、洗うのも楽だ。


 リサが上手い事やるなと思うとベルコが教えてくれた。

「東方料理の流れを組む盛り付けだな」


 皆の視線がベルコに行くとベルコが解説してくれた。


「東方では戦が絶えず、飯はゆっくり食えない。それなのに東方の軍は飯が粗末だと士気が目に見えて下がる。そこで考案されたの複数の料理を一皿に盛って出す形式だ」


 モジリアニがニコニコして褒める。


「当たりです。貿易に来た商人から聞き採用しました。正式な晩餐会ではやりませんが、普段はこの形式です」


 昔からある名家は伝統に拘りがある。だが、ローズ家当主のモジリアニは省力化できる仕事は積極的に取り入れる男だった。この性格と方針が家を安泰にしている。


 料理をパクッと食べてマリアが評価する。


「赤い料理は野菜をトマトとブイヨンで煮た物。揚げ物はマグロだね。マグロに掛かっているソースは玉葱ベースで香辛料を少量加えたもの。緑の野菜はセロリかな」


 レシアが上品に少量ずつ口にして感想を加える。


「トマトは酸味と甘みが控えめの種類ですね。マグロからは血の嫌な臭いがしません。船上で血抜きされたのでしょう。セロリはもっとクセがある食材です。なのに、このセロリにはクセがない。酢に漬ける前の下処理が良いのでしょうね」


 レシアが料理に詳しいのに驚きはないが、マリアが食材を当てたのは驚いた。トマトとセロリは国でやっと市場に出回ってきた品だ。リサも名前は知っていたが食べたことがなかった。


 気になったのでベルコの表情を見る。


「なんだっていいさ、美味ければな」


 盛り付けの知識があったが、ベルコはあまり食には興味がない。


 気になる情報にはとことん貪欲になるが、興味がないとどうでもよくなる。男によくいる気遣いができないのに、いらんことをとことん知っているタイプだ。


 料理に関する知識や話題では勝ち目がないとリサは悟った。その日の食事をするのにも苦労したリサには無縁の話だった。


 下心のある男に従いていけば美味しいものを食べられたが、リサには抵抗があったし、危険でもあると自覚していた。

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