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第五話 白璧微瑕のレシア

 マリアが屋敷の中に入ると、入れ替わりに若い男が出てきた。男性は肩まで伸ばした金髪を後ろで結んでいる。


 身長はエランより頭一つ低い。顔立ちは優しく、目は穏やか。気は弱そうだった。服は汚れてもいいように、画家が着るような白いワンピースだった。染料の匂いがするので芸術家だとリサは予想できた。


「父さん、侍従長が探していたよ」


 モジリアニがリサに息子を紹介した。

「リサさん、こちらは次男のカインです。本人は優秀な画家のつもりですが、絵よりも陶芸が得意な息子です」


「お見合いにきたリサです。よろしくお願いします」


 リサは次男に丁寧な挨拶をしたが、心の中ではカインの評価は低かった。芸術家には良い印象がない。金ばかりかかって稼げない。しかも、追い求める美のためには周りを巻き込んでいく。


 友人も画家と付き合った結果、栄養失調で体を壊した。


 そこまで尽くしたのに、友人の恋人は友人を捨てて金持ちのあばずれ娘と結婚した。理由は金のかかる芸術を続けるためだ。そこまでして、後世に作品を残したいと意気込む男の気が知れない。


 どうせカインも親の金で道楽を楽しむ放蕩息子だろうとリサは当たりを付けていた。エランが後を継いで、モジリアニが死に家を追い出されれば、貧民まっしぐらだ。


 リサの心中を知らないモジリアニの言葉をカインは笑った。

「酷いな父さん、絵も陶芸もどっちも得意だよ。絵では結果が出せていない事実は認めるけどね」


 やはり道楽息子か、とリサは心の中で軽蔑した。生活苦から抜け出すための結婚なのに、将来性がない男と結ばれる気はさらさらない。


 リサの心中などまるでわからないのか、モジリアニは自慢する。


「私は陶芸に一本に絞ったらいいと思うんですがね。カインの焼く陶器は好事家には評判が良い。本気でやるならきちんとした工房を作る金を出すのに」


「素晴らしいですね」と笑顔を作って相槌を打つ。だが、所詮は親バカの意見だ。評判が良いと言っても、金持ちが付き合いで買っているだけとリサは冷やかに思っていた。


 カインが悲し気にモジリアニに意見する。


「父さん、芸術は人間の精神なんだ。お金じゃないよ」

 ダメだなこいつ、とリサはカインの言葉を苦く思った。


 モジリアニの息子自慢が続いた。


「お前の食器は侯爵閣下の食事会でも使われた。器の値段だって目の肥えた商人たちが一セットに金貨二十枚出した」


 リサの評価が一変した。陶芸の土なんてタダ同然。タダ同然の土を捏ねて焼いただけで金貨になるなら錬金術と変わらない。侯爵は国では厳しい審美眼を持つとの評判だった。


 侯爵が個人所有して、豪商が買い求めるのなら価値は確かだ。


 リサは心の中で羨んだ。

「恵まれた家に生まれ、それでいて稀有な才能を持つ。そんな人っているのね」


 カインが街角のしゃれた店を借り切った宴席で自慢している男なら素直に嫉妬した。結婚相手になるかもしれないとなると変わってくる。


 上手く心を射止めれば、カインは金の卵を産む鶏だ。褒めて、励ませば、一生生活に困らない。

生活の場も薄ら寒い孤島ではなく、賑やかで娯楽が溢れる都会で暮らせる。


 モジリアニが屋敷に入ると、カインは目を細めて浜を凝視している。リサもつられて見ると牛車がやって来る。牛車には一人の女性が乗っていた。女性はリサが着ていたような旅人が着る服を着ている。


 だが服にはさり気ない意匠がこらしてある。ボタンにも紋様がある。服の生地も上等だ。どの花嫁候補たちよりも高い服を着ている。女性が牛車から下りる。動作が綺麗だった。


 所作や着ている物から庶民ではないとリサは予想した。


 女性は銀色の髪をして綺麗な白い肌をしている。顔立ちも整っており、薄く化粧をしていた。歳は二十代後半と花嫁候補としては高いが、民話のお姫様のようだ。ただ、女性の顔色は良くなかった。


 牛車を牽いてきた漁師はカインに訳を話す。

「坊ちゃま、花嫁候補の一人のレシア・クロフォード様です」


 姓がある。レシアは上流階級の人間だ。強敵が現れたかもしれない。金持ちの結婚では血縁や生まれは武器である。また、礼儀作法や教養は軍馬である。


 リサにはない強力な武装をレシアは持っている。レシアが訓練された騎士ならリサは騎士に挑む民兵である。


 これで年齢があと五つ若かったら、花嫁枠は一つしかなかったわね。花嫁選びが戦いなら一番の強敵はレシアかもしれない。


「大丈夫ですか?」と心配を装ってレシアに近付く。良い香りがした。リサの故郷にいた街角に立つ女たちが使う香水もどきの香りではない。金持ちのマダムからするような上品な香りだ。


 ハンカチを片手にレシアは具合の悪そうな顔で謝った。

「ちゃんと挨拶したいけど、気分が悪すぎるのごめんなさい」


 リサはそっとレシアの背を撫でる。生地の手触りはやはり高級生地だ。袖に目をやるときちんと縫製されている。ハンカチを確認すれば名前の刺繍が入った絹だった。


 絹のハンカチはこの地方では珍しく、貧乏人が持っていれば盗人扱いされて衛兵に連れていかれる。だが、レシアが持っていると不審には見えない。気品のなせる業だ。


 心配顔でカインがレシアに申し出た。


「それはお辛いでしょう。とりあえず、中に入りましょう。使用人に船酔いに効く薬を用意させます。荷物は私がお持ちします」


 レシアは頷いてカインと共に屋敷の中に入っていた。リサは二人を見送りつつ分析する。上流の人間は基本的に荷物を運ばない。漁師に命令したり、使用人を呼んだりしないのはカインの性格。


 カインは高級な教育を受けてはいるが、下の人間を当然のように使役する人間ではない。良くいえば公平であり、悪く言えばプライドが低い。


 結婚した後も生まれにより女姓を差別する鼻持ちならない男はいる。だが、カインと結ばれれば、蔑みはない。エランのような変わり者なら結婚した後に奇行で苦労するかもしれない。


 カインならこちらが上手く家を切り盛りすれば、苦労は少ない。


 男女の仲なので喧嘩はあるが、余計な衝突は避けたい。夫婦喧嘩に怯える幼子の顔はよく知っている。だが、自分の持つ家庭には持ち込みたくない。自分が嫌だった光景は子供に見せない。


 子供のためでもあるが、自分が故郷の呪縛から抜けるために必要だ。


 カインはエランよりは若い。男は若い女性を好む風潮がこの国にはある。リサとしては不本意だが、今回に限っていえば追い風かもしれない。


 年齢を考えればエランとレシアならギリギリ有りだが、カインは忌避するかもしれない。年齢をカインが気にしなければレシアと競っては勝ち目が薄い。


「カインを射止めたいならレシアの情報がほしい」


 レシアがリサの思い描くような女性なら、成人後にレシアの結婚はすぐに決まる。なのに今までレシアが結婚をしなかったのは何か欠点となる理由があるはず。


 わかれば花嫁の座を狙う自分には有利になる。


「私って嫌な女ね」と誰もいない庭で口にする。結婚に夢を見ず、現実を追うごとにリサは自分が嫌な人間になっていくのがわかる。理性と心が離れていくのを感じる。


 自分の頬を両手でバシッと叩きリサは気合いを込める。

「幸せの形は自分が決めるわ。私は母のようにはならない」


 後悔も辛酸も自分が決断した結果でなければならい。でなければ、頼る人がいないリサはすぐに壊れてしまう予感があった。

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