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第三話 持たざる者のリサ

 メイドに部屋に案内された。こじんまりした部屋に最低限の家具だけがあった。ベッドが広くて質がいい。理由は屋敷の息子たちの誰かがやってきて一緒に使う事態を想定しているためだ。


 別に結婚前に性交渉があってもいい。


 ここには嫁入りにきているのであって、結婚すれば「子供はまだか」と周りに言われるのは理解している。特に金持ちであれば後継者が産まれなければ、妻の座を得ても返品同様の扱いがある。


 悪くすれば夫に愛人を作られた上に母屋を乗っ取られて孤独死だ。


 孤独死は嫌だ。できれば、子供たちに囲まれて幸せな人生を送りたい。親となり子供と一緒に暮らす。一般人には普通の生活でもリサにとっては憧れである。


 一息付くと先ほどのエランとベルコのやりとりが思い浮かぶ。ひどく刺激的な場面だった。思い出しても胸がドキドキする。


「ベルコはカッコ良かったな。ベルコが男ならのめり込んだかな」


 リサはベルコの雄姿を思い出すと頭がポーッした。

「まさか、惚れた?」


 すぐに心の中で笑い飛ばす。胸の高鳴りは、恐怖と興奮によるもので恋ではないと、結論する。すぐに疑問が浮かぶ。興奮ってなんで?


 弱いと思っていた女性が強くて、強くて横暴だと思った男が負ける。リサの中では衝撃的なシーンだが、果たしてそこまでの興奮をするだろうか。


 ベルコが男だったら、悪漢を倒す勇者として見れた。ならば、これは憧れと似た原始的な恋だ。


「そう、男なら。守ってもらえるのかな」と思ったところで故郷の友人を思い出す。女性に恋した女性がいた。二人は街から逃げ出した。あの頃は二人の気持ちがわからなかった。


「もしかしたら恋に性別は関係ないのかな。いかん、いかん」


 リサは首を横に振った。たとえベルコのことが好きになったとしても選んではいけない。私はここに嫁にきた。理由は幸せを掴むため。一時の気の迷いで、初心を捨ててはいけない。


「でも、私とベルコが花嫁候補として二人で落ちたら」


 浮かんだ考えをすぐに捨てる。ベルコに私を選ぶ気がなければ自分の傷口に塩を塗るだけ。ベルコがどんな人間かはよく知らない。


 知らない人と恋愛はできても結婚はできない。私がしたいのは結婚。作りたいのは壊れない家族のいる幸せな家。


 さっきの感情は始めて見る光景に驚いただけ。恐怖からの落差であり恋ではない。リサは結論づけて、感情を胸にしまった。


 部屋を出て屋敷を見て回る。屋敷の部屋数は多い。見て回れる場所にあるだけで二十を超える。屋敷の庭を確認するために玄関を出る。


 一人の中年男性に出会った。エランと同じく金髪で、立派な口髭を生やしている。体形は丸みがかっているが、太っているとまではいえない。


 顔立ちがどことなくエランに似ているので、屋敷の当主であるモジリアニ・ローズと思われた。


 結婚まで上手く運べばモジリアニは義父になる。愛想を良くしておくのが賢い。

「もしかして御当主様ですか、お見合いにきたリサと申します」


 庶民に姓はない。結婚すればリサ・ローズ夫人と呼ばれる。目下の目的だ。


 男性はにっこりと笑い歓迎してくれた。

「初めまして、リサさん。当主のモジリアニ・ローズです。遠い所から息子たちのために来ていただき感謝しております」


 予想は当たった。人当たりの良い男だ。金持ちらしい、いやらしさがない。リサのいた街では金持ちは女性をあたかも値札がついた商品のような目で見る人も多かった。


 そんな視線に対しても、不機嫌な顔をするようでは生きていくのが辛い故郷でもあった。


 故郷では笑顔で応えて心の中で金の詰まった袋として男を見る女性もいる。媚びて歓心を買うには手っ取り早い。


 女性を男の所有物として見る扱いには嫌悪感がある。だが、生活を考えれば、リサも多分に漏れずマンサーナ島では故郷の女性たちと同じような対応をするしかなかった。


 プライドでは飯は食えない。生きるために心をすり減らす。そんな生き方が嫌だからこそ、少々胡散臭いともいえる見合い話に飛びついていた。


「エラン様にお会いしました。知的な方ですね。独自の世界をお持ちのようで、驚きました。また、お洋服のセンスも好感が持てました。」


 嘘は言っていない。エランに好感を持ったのは現時点では『服のセンスだけ』である。だが、物は言い用と心得ていた。


 息子を悪く言われて気分の良い父親はいない。上流家庭の結婚には親の意向が強く働く。最後で他の候補と競り合いになった時に、父親の一存で落ちたくはない。


 モジリアニは機嫌よく応じる。


「魔術が趣味の変わった息子を褒めていただき嬉しいですな。当家は昔から長寿と美容に関わる魔術で栄えた家。エランもローズ家の血を濃く引いているのです」


 ローズ家が化粧品で財を成した家だとは知っている。ローズ美容水やローズ長命酒は街では有名な品だった。もっと庶民には手が出ないのでどんなものかはリサも見た経験はなかった。


 控えめな態度をとってリサはアピールする。


「化粧品や医薬品は有名ですよね。よく存じております。私にも何か手伝えることがあればよいのですが」


「当家が開発したレシピは許可のある業者以外には秘匿にしております。でも、当家の一員になれば知ることもあるでしょう。その時はよろしくお願いしますよ」


「フフフ」「アハハ」と二人は笑い合った。


 レシピはライセンスを受けた者以外には謎だった。裏の話では材料に『処女の生き血を使っている』『材料には胎児の体が含まれている』と怪しい噂がある。


 販売店では『根も葉もない言いがかり』と説明している。だが、そんな噂もなんのその。効き目は確かなので金持ちや権力者には高値で売れている。


 材料の真相は結婚すればわかるかもしれないが、もし本当でも構わない。この世の中は誰かが誰かを犠牲にして生きている。婚姻が叶えば、犠牲になる側から犠牲にする側にまわるだけの話だ。


 下の人間が奪われるだけの世界をリサは良しとは思ってはいない。でも、自分には世界を変える力があるとは思えない。


 守れるのは精々、自分が築く家庭だけ。ならば、私は自分が築く家族の幸せを考える。


 多少の変人でも夫は愛そう。子供たちは元気に育ってもらおう。使用人には優しくしよう。そこが私の限界であり、私が手に入れたい幸せ。


 リサを屋敷に送ってきたのと同じ牛車が来る。牛車には荷物と一緒に一人の女性が乗っていた。女性はこの地方では珍しいオレンジの短い髪をしていた。小柄で愛嬌のある顔はリスなどを思わせる。


 小柄だが痩せていない。ベルコが美しい野獣なら、こちらは賢い狐に見える。恰好は旅支度姿だが着慣れている。旅行の経験が多いと察した。


 若い女性なので今回のお見合いの参加者だ。リサの感覚がこの女性とは女の戦いになると一目みて予感した。


 牛車が止まると、女性がさっと牛車から跳び下りた。身のこなしは軽く様になっている。されど、軽業師ではない。靴が違う。靴は手入れされて使い古されたもの。


 外見は普通の靴だが、出るはずの音が小さかった。リサの生まれた街でもこの手の靴を履く人間がいる。靴は仕事用なので、高くても職人が作っている。


 ただ、特殊な靴を必要とする仕事はまっとうな仕事ではない。


 リサは下層階級の下の人間だった。下層の人間は時折、釣銭を誤魔化したり、古い食材を誤魔化したりして、売ることがある。


 だが、ある一線を守って暮らしている。目の前の女性はその一線を越えた人間に思えた。

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