第二十八話 茸狩りの夜
金目当てならぬ宝物目当てと知ってもエランは怒らなかった。
「ベルコさんを否定しませんよ。何を犠牲にしても欲しい物がある人は、幸せな人間です。召喚石について教えてあげましょう。召喚石は確かにありました」
「あった?」とベルコは怪訝な顔で聞き直す。
「父が母に贈った指輪に嵌っていました。ですが、母が亡くなった後は目にしていません。父が回収して保管しているのか、誰かの手に渡ったのか不明です」
「やっぱりこれ本物なんだ」とリサは狼狽えた。手が隠された指輪に触れそうになるが我慢する。エランは母親に執着したが、財産や宝物にはあまり興味がないのかもしれない。
ベルコがじっとエランを見つめて問いただす。
「召喚石はまだこの島にある。召喚石は特殊な石だ。外に出れば感知される」
「知らんかった」とリサは驚いた。だがこれで、指輪をこっそり持ち出して売れなくなった。売る前に追手がかかる。ひょっとすると、ベルコが追ってきて後ろからバッサリがある。
エランの顔には全く興味がなさそうだった。
「なら父が帰ってきたら相談するといいでしょう。もっとも、それまでにマリアさんが見つけて持ち出していなければ、ですけどね」
マリアも召喚石を探している。エランが知っていたのだから、マリアの行動はもうローズ家側に漏れている。エランがマリアを処罰しないのはエランにとってマリアも召喚石もどうでもいいからだ。
エランがふっとリサに顔を向けて微笑む。
「私にはリサさんがいればそれでいい」
愛の言葉だが、リサは背筋がゾクリとした。エランは微笑んでいる。陰もなければ嫌味もない。でも、エランの微笑みにリサは言いようのない恐怖を覚えた。
エランはリサに惚れている。でも、エランの笑みは男が女を落とそうとするものでもなければ、愛おしく恋人を思う笑顔でもない。何かが違う。
「なぜ私をそこまで愛してくれるのですか?」
「なぜって、貴女でなければダメだからですよ」
答えになっていない。でも、確信めいた予感がした。このままではリサはマンサーナ島から出て行くことをエランは許さない。
助けを求めてベルコを見る。ベルコは冷たくリサを見ていた。ベルコはリサを敵視している。でも、妥協が一切できない敵対ではない。
いざとなればベルコにエランを斬らせて島を脱出する。その後は指輪を指ごとあげれば脱出は可能かもしれない。
避けたい事態だ。そんなことになれば指を失った上に、結婚はなくなる。さらに悪くなると殺人の首謀者だ。来た時より大幅にマイナスになりかねない。
「弱気になっちゃダメ。現状はチャンスなのよ」とリサは自分を奮い立たせた。
三人のやりとりなど知らないレシアとカインが戻ってきた。レシアはたいそうご機嫌だった。レシアの袋にはシメジに似た茸が入っていた。
「見てください。こんなに茸が取れました」
「こっちはそれどころではなかったんですけどね」の言葉を飲み込む。
代わりの言葉をリサは掛ける。
「凄いですね。今日は茸のスープですかね」
「ははは」「うふふふ」とリサとレシアは笑い合った。だが、リサは心の中で「笑えないわ」と愚痴った。
夕食の時間になったが、マリア、エラン、カインの姿が見えなかった。気になったので給仕の女性に質問した。給仕の女性が澄ました顔で教えてくれた。
「マリア様の姿が部屋にありませんでした。お風呂場にもいらっしゃいませんでした。もしかして森に行かれたのではないかと思い、エラン様とカイン様が探しに行っております」
「早まったわね、マリア」とリサはマリアの身に起きた危機を予感した。
レシアは不思議そうな顔をして給仕に尋ねる。
「どうしてマリアさんはこんな遅くに森に行ったのでしょう?」
「さあ?」とばかりに給仕は素っ気ない尋ねる。レシアは心配したのかリサにも尋ねた。
「私たちも捜索に加わったほうがよいのかしら」
リサの答えを聞く前に給仕がぴしゃりと止めた。
「お止めください。夜の森は危険です。間違って崖から転落したら命に関わります」
「そうね」とレシアは浮かない顔で受け入れた。
この時点でリサは嫌な予感がした。マリアが夜の森に出掛けて海に落ちるヘマをするとは思えない。だが、何かを掴んだマリアが殺されて崖から投げ捨てられる可能性はある。
事故による転落死と他殺による墜落死を見分けるのは難しい。マリアを助けたいが、今から動いても助けられない気がする。もう、マリアは亡くなっているかもしれない。
夕食が始まると一品目に茸のスープが出てくる。ふくよかな味がするスープだが、マリアがいないので分析がない。静かだなと思うと、ベルコが立ち上がる。
「不味い。失礼する」とだけ口にしてベルコは席を立った。ベルコはマリアを探しに行く気だなと感じた。
ベルコの残った食事を下げるために給仕が消えたのでレシアと食堂に二人っきりになる。
そっとリサはレシアに尋ねる。
「マリアさんが心配ね」
「あら、心配ないわ」とレシアが微笑を湛える。レシアの微笑は今までにみたことがない冷たく意地の悪いものだった。レシアが初めて見せる一面にリサはどきりとした。
レシアはスプーンを軽く抓む。レシアはスープを飲まずに軽くかき混ぜる。
「だって、マリアさんは私の部屋にいるんだもの」
意味がわからなかった。リサが驚いていると、レシアが氷の魔女のように微笑む。
「これは内緒よ。リサさんだから教えたわ。裏切らないでね」
裏表がある人間はいる。だが、今までのレシアの顔とはまるで違う。これまでの態度が演技だとしたら名女優を通り越した偉人の域だ。リサがどう答えようかとすると、給仕が戻って来た。
「ごちそうさま」と優雅にレシアは答えると、席を立った。料理はほとんど残している。
給仕は去り行くレシアに一礼してから、黙って残った料理を下げた。
最初は仲が良かった花嫁候補だがお見合いが進むうちにバラバラになっていく。利害で対立するし、人間性が見えて来るので、おかしな展開ではない。
されど、こういう風に崩れてくるとはリサは予想だにしなかった。
「涙あり、感動あり、友情ありの展開になってほしいとはいわないけどねえ。このまま行くと、本当に怖いのは生きている人間だった、とかなりそう」
自分の吐いていた嘘なんて大したことではないような気がしてきた。皆が皆で仮面を被って欺き合った。全員が役者だったと最後に気が付いた。
「私なんて端役にすぎなかったのかもね」
リサは食事を終えると自分の部屋に帰った。レシアの部屋に行って真実を確認しようとは思わない。レシアの部屋で死んでいるマリアでも見つけようなら気がおかしくなりそうだった。
無駄と思いつつもリサは部屋のドアの鍵と窓の鍵を確認する。誰かがドアや窓を開けたらわかるように糸を結んで細工をしておいた。ベッドに横になる。嫌な夜になるかもしれないと、憂鬱だった。
「眠れるだろうか」と天井を見上げると異常な眠気が襲ってくる。これは危険だと起きようとするがリサはベッドに崩れ落ちた。




