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第二十六話 フェアリーサークルと死神(下)

 狼狽えたが相手が天気ではどうしようもない。どこかに隠れて死神をやり過ごせないかと考え直す。


 ピカっと空が光って雷鳴が轟く。雷の音なんて普段は怖くない。だが、今の雷はリサの断末魔を打ち消すための悪魔の仕打ちに見えた。


 突如、ザーッと雨が降り出した。さっきまで空は雲っていたが降る様子がなかった。


「天の助け」とリサは喜んだが、うかうかはしていられない。フェアリーサークルが見えるようになっても見つけらなければ意味がない。


 雨に打たれながら走った。大粒の雨で視界が悪い。体が冷える。でも、立ち止まってはいられない。キラキラと輝く何かが視界の先に見えた。


 急いで駆けよると、ロッソに見せてもらったのと同じ環状列石があった。ただ、こちらは青く煌めいている。


 燭台の蝋燭が消えたので時間はない。急いで環状列石の中心に避難する。数秒遅れで死神の気配がした。ほどなくして、真っ黒な外套を着た煤けた存在が現れる。


 リサは身を固くして動かない。死神にはリサが見えていないのか、環状列石の周りをうろうろするだけ。


 死神は環状列石の中に入れなかった。環状列石がぼんやりと発光する。空がピカッと光って、雷が落ちた。轟音を上げ、雷が死神を撃つ。


 死神とリサは数mも離れていなかったが、リサは傷一つ負わなかった。石の発光が止まった。


 死神が膝を突いて、炎に包まれた。火が消えると死神の中からクランが現れた。クランは立ち上がるとリサを見つめる。クランの瞳には怒りはない。むしろ、安堵の色があった。


 訳がわからないと思うと、クランの背後からロッソが歩いてくる。ロッソはきちんと傘を差していた。余裕の登場だ。ロッソは堂々とした態度でクランに告げる。


「フェアリーサークルは見つかりました。母の魂は帰るべき場所に帰れるようになりました。用済みになったので、お引き取りいただけますか?」


 ロッソの言葉は丁寧だが、強い意志が感じられた。


 クランは立ち上がるとロッソを見下ろす。

「現世にレイアの魂を留める。これはエランとの約定だ」


 呆れた顔でロッソはクランに意見した。


「仕事熱心な方ですね。でも、母さんの魂を現生に縛り付けるのに貴方は反対だった。だから、私がエラン兄さんから母さんの墓を隠そうとしても邪魔しなかった」


 エランとロッソの確執は母の違いだけではない。レイアの魂の在り方を巡っての対立でもあった。


 エランとクランの契約内容は知らない。クランは契約に反しない範囲でエランを騙していたので、エランはクランも嫌っていた。クランがエランを騙した理由はレイアを憐れんだために思えた。


 不機嫌な顔でクランが立ち上がった。


「フェアリーサークルが見つかると思わなかったからな。フェアリーサークルは救い。選ばれた運命の者にしか見つけられない」


「選ばれた者」と聞きリサは気分を良くしたが、ロッソが皮肉っぽく言い直す。

「幸薄い者とも言いますがね」


「なっ」と言葉を失ったが、抗議は慎んだ。ロッソとクランの話はまだ続いている。


 クランがフェアリーサークルの中に歩いてきた。危害は加えられそうなかったが、リサは思わずフェアリーサークルの中から退避した。クランはリサに向き合い褒める。


「フェアリーサークル内に逃げて審判の雷を誘発させるとは豪胆な娘だ。雷に打たれる確率は二分の一。当たれば即死なのに良く決断できたものだ」


 知らなかったので、顔が引き攣りそうになる。ロッソをキッと睨む。ロッソはプイと顔を背ける。


 生き残ったから良かったものの、危うくロッソに殺されるとこだった。これだから、ローズ家の人間は信用ならん。


 クランが懐から指輪を取り出す。クランがリサに指輪を投げたので受け取った。指輪には十五カラットもあるルビーが付いていた。


「当主の妻の証であるレイアの指輪だ。お前に預ける。好きにしろ」


「もらってもいいの?」と言いたいが言葉を飲み込む。ここまで大きいなら売れば一生遊んで暮らせる。指輪を貰った事実を知るのはロッソだけ。なら、黙っていてくれるかもしれない。


 ロッソが優しい顔でやんわりと意見する。

「綺麗でしょう。きっと、リサさんがしても似合いますよ」


 ロッソの言葉に心が動く。


「パクってまう?」とリサの心の悪魔が囁く。リサは指輪を嵌めた。指輪の宝石には怪しい魅力があった。「まずい」と思い、リサはすぐに心の悪魔を消し去った。


 澄ました顔でロッソがサラリと教えてくれた。


「宝石はルビーではなく、召喚石ですよ。価値はルビー以上です。なんたって、それ一つで一万の軍勢を吹き飛ばせる力がある」


 とんでもなく物騒な代物だった。こんなものがあるから隣国の軍人が来た。侵略対象の国が持っていれば奪っておかねば戦局が変わる。


 もしかして、ベルコやマリアも結婚したかったわけではなく、結婚指輪がほしかったのだろうか。二人に限っていえばありそうだった。


 指輪はレイアさんのものなので、外そうとしたが指輪が外れない。

「あれ」っと焦るリサに気にせず、「さようなら」と告げあっさりした態度でクランが消えた。


「じゃあそういうことで」とロッソも帰ろうとしたので、リサは慌てて引き留めた。

「待って、指輪が抜けない」


 シレっとした顔でロッソが告げる。

「それは大変だ。指を切断しなければ取れないかもしれませんね」


 ロッソの言葉に面くらうと、ロッソが近づいてくる。


 手を引っ込めようとすると、ロッソが手を出すように促す。

「応急の処置をします。大丈夫、痛くはありません」


 恐る恐るリサは手を出した。ロッソが指輪にキスをすると指輪は消えた。

「一時的に指輪を見えなくしました。これでしばらく指輪は守られるでしょう」


「私は?」と訊くと、ロッソは小首を傾げる。


「自分でどうにかしてください。あと、フェアリーサークルが見つかったので貸し借りはなしでいいですよ。指輪を見えなくしたのはサービスです」


「私の記憶にない日の行動を教えてほしかったんですけど」


 素っ気ない顔でロッソは応えた。

「別件なので新たに私からの貸一でしょうかね」


「指輪を外すのは?」


 ロッソは清々しいまでに白々しく答える。

「指輪を貰ったのはリサさんですよ。私じゃない。指輪を嵌めたのもリサさんです。私は似合いそうですね、と感想を言っただけなので、外れなくなったのは私の責任ではないです」


「やってくれたわね」とリサは怒りを覚えた。甘い顔して助けてくれたと思ったら、すぐに付け込んで騙して来た。これだから男は信用できない。


 雨が酷くなってきた。ロッソは空を見上げる。

「これはマズイ、急いで帰らないと」


 ロッソは傘を持ったまま、足取りも軽く帰っていった。

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