第二十四話 思案のしどころ
昼食は浜辺で作る。カインとエランがパエリアを料理していた。パエリアは母と思い出の味なのか、二人とも機嫌も良さそうに作っていく。手際も良い。
ジョセが魚介類の下処理をする。レシアは野菜を洗って切っていく。マリアとベルコは食材を金串に刺して焼いて行く。リサは肉に付いていた骨と魚のアラでスープを作る係を担当した。
誰一人として料理未経験の者がいないのですんなり食事は完成した。串焼き用のタレが屋敷から届いた。ベルコとレシアは塩派なのか、タレを使わず塩胡椒で味付けする。
夏なのでしっかり火を通してから食べた。リサは肉より魚介に手が伸びた。旬ではないと評価されたロブスターが一番美味しい。
ベルコは自分で獲ったロブスターには手を付けず、もっぱら肉を焼いて食べている。ここら辺は好みの問題だ。
マリアとレシアは串焼きよりもパエリアが気にいっていた。ジョセは使用人なので給仕に専念していたが、食事が落ち着いてくるとカインから声を掛けられる。
「ジョセも食べるといい。残して捨てるのももったいない」
カインなりの気遣いだ。最初から食事に誘ってもジョセはきっと断る。使用人としての分をわきまえている。なので、タイミングを見て理由を付けてカインが誘った。
エランも軽い感じでジョセに参加を促した。
「この暑さでは残してもすぐに悪くなる。せっかくお嬢さん方が協力してくれたんだ。できるだけ残したくない」
ここで断ると逆に悪い空気が出るのでジョセが頭を下げる。
「では坊ちゃん方のご厚意に甘えさせていただきます」
ジョセは残った料理に手を付ける。和気藹々のレクリエーションだった。だが、リサは用心していた。こういうリラックス時に誰かが何かを仕掛けてくるかもしれない。
いささか、被害妄想的かと思うが、何度もいいように操られたら愚か者だ。
エランがカインに気さくに声を掛ける。
「時に弟よ。お前は嫁候補を決めたのか?」
「これは今までにない展開ね」とリサはニコニコとしながら警戒した。他の女性陣は気にした素振りもなければ、緊張もない。それは表向き。予期しない中間発表の結果では駆け引きが発生する。
「なんとなくいい人はいますよ」とカインは照れながら答えた。具体的な名は挙げなかったが、カインはチラリとレシアを見た。リサはカインの視線を見逃さなかった。
ベルコもマリアもカインの視線の先に気付いていた。
「まあ」とレシアは微笑む。レシアはカインの視線に気づいたかどうかわからないが、カインの好意を疑っていない。
「勝者の余裕ってやつかしら」とリサは軽く嫉妬した。カインに対するレシアの優位はわかっていた。でも、このままでは終わらない予感があった。
ベルコとマリアはここまではカインに積極的なアプローチをしていない。お見合い参加者の視点では勝負を捨てているようにすら見える。
でも、『見える』と『そうである』は違う。ただ単に人目に付かないように活動していた。ないしは、作戦のための準備期間だった、もある。
ベルコやマリアの目的が結婚になく、マンサーナ島に隠された秘密にあったとする。二人は秘密を手に入れるために結婚が最善の手段となれば、一気に攻勢をかけてくると予想できる。
二人が動き出した時にレシアの優位は崩れる気がする。リサにしてもエランとの婚約が完全に消えれば、カインを追うしかない。
リサが心の中で考えを巡らせていると、エランがカインに告げた。
「具体名を挙げたくないのなら、いいさ。ただ、願わくば」
意味ありげにエランが言葉を切って、リサの方を向き微笑む。
「リサさんをお前と取り合うことは避けたいな」
「なぬ!」とリサは心の中で驚いた。エランからの遠回しの求愛宣言。この間までの憎しみが嘘のような変わりよう。リサはここで敵意のような気を両隣から感じた。リサの右はマリア、左はベルコだ。
視線が合うと気まずいので意識を向けない。一瞬だが確かに敵意を感じた。屋敷で働いていた時代によく見た、女が女に向ける嫉妬の気配だ。
「まあ、エランさんったら」とかわい子ぶる。ベルコとマリアの敵意を削ぐためだが、効果がどれほどあるかわからない。むしろ逆に煽ったかも、と答えてからひやりとした。
カインはリサを花嫁として迎える気が今のところサラサラないのか、ニコニコとエランの言葉を聞いてる。どうしようと思うと、勝ち馬になれて気をよくしているのかレシアが別の話題に変えた。
レシアの話題はリサの耳を右から左へと素通りする。リサは現状分析に頭を使っていた。
現状を分析すると勝者二枠にはレシアとリサが入っている。嬉しい状況ではあるが、これでベルコとマリアとの敵対は避けられない。
エランが急にリサを選んだ理由もわからない。訳の分からないままに勝者になりそうなら、意味不明なうちに敗者に転落もある。
結婚はしたい。とはいっても、エランの危険な面を見ている。ここに二重人格の疑いが加われば、ますます結婚後が不安になる。かといって、ここからカインを篭絡しにかかるのも愚策に見える。
有利な地位を捨て三面の敵を相手にした場合の勝ち目は薄い。何よりもレシアとカインの仲に割って入るのは難しい。また、カインを取りに行った場合はリサの隙を突いてエランを取られる危険性が高い。
無謀な作戦に挑んで失敗して敗走。撤退しようとしたら帰還先が別の勢力に落とされていた。帰る場所を失って大敗。そうなれば完全な無能であり、軍事作戦なら戦犯として処刑ものだ。
結婚を勝利とするなら薄っすらだが希望が見えた。でも、砂上の楼閣の上に立つ勝利であり、勝利後の未来は暗い。
「ここが勝敗の分かれ目です。判断をお間違えないように」とリサの心の中の軍師が進言していた。
ほどなくして浜辺のレクリエーションは終わった。後半のレシアの話は全くに耳に入っていない。最後に干し果物のデザートが出たが甘い以外の印象はない。何の果物だったのかも記憶からすぐに消えた。




