第二十三話 策謀
翌日は朝から雨だった。リサは病気にでも掛かったかのように眠かった。食事とトイレに行った以外は全て寝ていた。次の日は眠気が嘘のように飛んだ。天気も晴れていたので気分が良い。
翌々日の朝食終了後、メイドから完成された水着を渡された。着るとサイズはピッタリだった。水着の上に軽い上着を羽織って浜に下りて行く。外は気温が上がっており泳ぐには良い日だった。
女性陣は全員が参加していた。各自、デザインを選んだ水着を着ていた。ベルコはセパレートタイプの黒の水着。水着より体に目がいった。ベルコの腹筋は割れており、褐色肌の筋肉が美しい。
マリアはセパレートタイプの黄色の水着を選んでいた。形状はベルコより露出が多い。普段の服の上からではわからなかったが、くびれがしっかりとわかる。また、胸はそれなりにあった。
レシアは白のワンピース型の水着を選択していた。腰の部分と背中の部分が大きく空いているので大人の魅力を感じる。
他の三人の水着を見てリサは少しばかり選択を誤ったかなと後悔した。もう少し、攻めた感じの水着でもよかった気がする。
男性陣はカインとエランが参加する。カインの参加に驚きはないが、エランの参加は少し意外だった。また、エランの表情は前に会った時とは違いだいぶ柔らかい。
表情は余所行き用で繕っているのかと疑ったが、違って見えた。
「二日の間に何かあったのかしら?」とリサは疑問に思った。とりあえずは様子見でいこうと判断した。場の雰囲気を悪くしてはいけない。
海に入ると水は冷たい。最初は冷やっとして入る気にならなかったが、マリアと、ベルコ、レシアはざぶざぶと入る。
三人とも我慢している雰囲気はない。水に入れないと三人に負けた気がする。我慢して入ると、冷たさは気にならなくなった。三人はまずひと泳ぎと、海を楽しんでいた。三人は海に慣れている。
リサも泳げるのだが大きくなってからはバカンスとは無縁な生活だった。勘を取り戻すまでにちょっと苦労がいた。どうにか、泳げるようになり、一息つくと足が着かない場所だった。
慌てそうになると、エランが優しく声を掛けてきた。
「慌てないで、ゆっくりと浮くように。ここは流れが遅いですから」
エランは微笑んでいた。夏の日差しとあいまってエランの顔がキラキラと見えた。金髪に白い肌のエランを間近で見たが美しい。運動のせいで心拍数が上がっていたの思わずドキっとした。
目の前のエランは別人に見える。
「エランさんですよね?」とわかりきった言葉が口から出る。
「そうですけど?」ときょとんとした顔でエランが答えた。肯定の言葉が返ってきているのが、逆に奇妙に感じた。
ザバッと音がして水中からベルコが姿を現した。ベルコは大きな海老を手にしていた。海老は五百gもありそうだった。
子供のように顔を輝かせてベルコが獲った海老を自慢する。
「見ろ、オマール海老だ。このサイズが海底にうようよいる」
にこっと笑ってエランが教えてくれた。
「ロブスターはいま産卵期なので雌より雄のほうがおいしいですよ。あと、大きさは手にしているサイズがいいです。小さすぎても大きすぎても味は落ちます」
エランの言葉を聞いてベルコが納得する。
「産卵後の雌は味が落ちるからな。獲って浜に持って行って雌なら戻そう。サイズもほど良いのを狙おう」
ベルコは海に潜ると、ロブスター漁を開始した。エランがキョロキョロとすると、泳いでいるマリアを見つけた。マリアもまた何かを探していた。
「向こうもなにか楽しい物を見つけたようです。合流しましょう」
エランが泳いでいくのでリサも従っていく。エランはリサに配慮しているのかゆっくり泳いでいた。
とても綺麗なフォームでエランは泳いでいた。泳ぎ慣れているからだろうが、泳ぐ姿は見事なまでの好青年だ。
マリアの傍に行くと、マリアが銀貨を掲げる。
「海中に銀貨が落ちているよ。これ誰んだろう」
すらすらとエランが教えてくれた。
「持ち主は不明ですね。マンサーナの近くでは沈んだ船の荷物が時折、海岸に流れ付きます。ほとんどはゴミですが、中には銀貨もあります」
マリアが銀貨をしげしげと見る。
「でもこれはここら辺で流通している銀貨じゃないね。古銭かな?」
エランが銀貨を受け取って鑑別する。
「これは二百年前に流通したテオドニア朝の銀貨ですね、好事家が集めていますが発行量が多いので高くはないですよ」
歯をみせてマリアがニカッと笑う。
「いいね。ロマンを感じるよね」
マリアの性格なので昔栄えた王朝に気分を馳せている訳ではない。もっと大きなお宝が近海に眠っている可能性を見ている。
浜でジョセのエランを呼ぶ声がする。
「わかったいま行く」と答えるとエランは魚のように鮮やかに泳いでいく。
こうして見ると爽やか青年そのものなんだけどねと、リサはちょいとばかし残念に思った。
エランが泳ぎ去るとマリアがリサにちょいと尋ねる。
「ところでリサは昨日の夜どこに行っていたの?」
なんかおかしなことを訊くなと思ったが素直に答えた。
「どこにも行っていませんよ」
「あ、そう」とマリアは応じたが顔にわずかだが疑いの色が浮かんでいた。
「なんでそんな話をするんですか?」
「いいよ。私の勘違いだね」とマリアは軽く流すと、海中に消えた。
「変なの」と思った。海で泳いでいると体が冷えてきたので浜に上がる。陽に当たって体を温めていると、レシアが寄ってくる。
「リサさん、もう大丈夫ですの?」
昨日、ほぼ寝たきりになっていた状況を心配されていたと思い返事をした。
「すっかり良くなりました」
リサの言葉を聞いてもレシアは不安そうだった。
「一昨日の夕食時に倒れられたでしょう。それに、昨日の昼も低い声で呻きながら歩いていましたけど、体調が悪いのなら無理なさらないほうがいいですよ」
何を言っているんだと不思議だった。昨日は寝たきりだったが、呻くほどではない。一昨日の晩は元気だったので全く理解できない話だった。
屋敷にはリサにそっくりな人はいない。人違いの可能性がないなら、レシアの話はおかしい。
レシアが強張った顔で告げる。
「昨日のリサさんはちょっと怖かったです。言っては悪いんですけど歩く獣のようでした。外もふらふらと歩いていたので本当にどうしたのかと」
全く覚えがない。でも、レシアが狂言でリサを脅かす理由はない。レシアの心配は続いた。
「一緒にエランさんと歩いていたので大丈夫だろうなと思ったんですが、本当にどうされたんです?」
なんのことやらわからないが、何か良くないことが身に起きていた気がする。こうなってくると、一昨日の夜から今朝まで本当に何もなかったのか気になった。
とりあえず、誤魔化すために適当に言い繕った。
「一昨日の夕食の時に出た赤ワインで悪酔いしたかもしれませんね。高いワインは飲みなれないから」
レシアは小首を傾げた。
「一昨日の夕食に赤ワインなんてあったかしら? エランさんの秘蔵酒なら出ましたけど」
「一服盛られたのね!」とリサは心の中で歯噛みした。こうなってくると、一昨日から今朝までの記憶は怪しい。エランの酒には何か入っていた。
そのままリサはエランの魔術で操られた気がした。リサの意思を奪ったエランの目的はリサの体ではない。
どうにかして母のレイアの墓を突き止めようとしたに違いない。ここまでやるとはマザコン恐るべしだ。だが、証拠がない。エランを責めてもここには味方はいない。
「おのれエランめ! やったわね」と心中で憎しみが湧くが、急に冷静になった。エランはリサを操った行為が露見するとは思わなかったのだろうか? また、急に好青年になった理由がわからない。
リサは心を落ち着けた。果たしてレシアの証言を鵜呑みにしていいのだろうか? 現状ではリサを操る強い動機を持つ人物はエランだ。
だが、他の三人の女性内の誰かがリサを陥れようとしてきた可能性はないだろうか?
罠を仕掛けるのなら『まさかあの人はしないだろう』と思われる立場に立ってからのほうが効果的だ。レシアの顔を見ると心配そうにリサを見ている。だが。レシアが善人の保証はない。
女の敵は女だった、が今回のお見合いの場合は有り得る。




