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第二十一話 海辺のレクの準備

 夕食の時間になる。ベルコ、マリア、レシア、リサと女性陣は全員出席していた。男性陣はエランとカインが出てくる。エランとは顔を合わせるのは気まずい感じもする。だが、気まずくてもお腹は減る。


 こういう時に素知らぬフリして食事ができる図太さがリサの強みであった。夕食はシューだった。リサのいた街のシチューは塩分が強い。だが、マンサーナ島のシチューは甘味がある。


 玉葱を炒めたものだけでなく、すり下ろした果物ないしは果汁を加えている。普段、塩味のシチューに慣れていると奇異に思うが、これはこれで美味しい。


 マリアも同じ意見だったのか気分が良さそうだった。

「優しい味だね。使っているのは牛乳じゃなくて羊乳だね。肉は鶏じゃなくて兎だね」


 国では昔は羊の乳の生産量が多かった。ただ、牛のほうが効率的に搾乳できるので牛の導入が進んでいる。


ベルコもシチューの味が気にいったのか機嫌が良い。


「私は羊乳のほうが好きだね。羊乳で作った硬質チーズを肴に白ワインを飲みたくなる時がある。だけど、最近では良い羊乳が減ってきたのか美味しいチーズが少なくなった」


 お行儀よくレシアがスプーンでシチューを掬い口に運ぶ。


「兎の肉も美味しいですわ。きっとこの辺りの野菜の質が良いのでしょう。畑の野菜を餌に育った兎にはしっかりと味が乗っている」


 リサも気の利いたセリフを言いたいが、三人のようなコメントはできない。「美味しい」のはわかるが、そこまでだ。


「美食家の評論合戦じゃないからいいか」とリサはただ美味しいものを食べて幸せな気分に浸った。


 レシアが会話を進める。

「モジリアニ様のお姿が見えませんが、帰宅にはまだ時間がかかりますの?」


 エランではなくカインが答える。

「エラン兄さんが先に帰ってきましたが、父も明日か明後日には帰ってくるでしょう」


 帰りが遅くなっている事情は説明なしなのね。普通なら軍の偉い人に接待されているとか、今後の海賊の残党が来たらどうするかの対応策の話し合いだろう。


 でも、ベルコの見立てだと、捕まえたのは海賊じゃないのよね。疑惑の海賊についてはベルコが指摘しないので、リサも口を慎んだ。


 にこやかな顔でカインが提案した。


「皆様も何もしないではお暇でしょう。屋敷には仕立てができる人間がおりますので明日は採寸して水着を作りませんか? 水着はこちらでプレゼントいたします」


 マリアがさらりと発言する。

「タダならもらうけど、海で泳ぐどうかは気分しだいかな」


 随分とハッキリ言うなとリサは呆れと羨望が入り混じった感想を持った。カインの提案はわかる。マンサーナ島では遊ぶ場所は海しかない。ならばと、海に誘ったのだろう。


 やんわりとカインがレクリエーションの別の目的を仄めかした。


「泳ぎが得意でないのでしたら教えますよ。マンサーナ島で暮らすのなら泳げたほうがいい。島と陸を行き来する船は安全を考慮していますが万一がありますから」


 納得がいった顔でベルコが相槌を入れる。


「泳げないと船から落ちた時には助からない。だから、どこまで泳げるか知りたいのか。そういうことなら付き合うよ」


 一般家庭なら花嫁に家事の技術を求める。貴族なら礼儀作法や教養がないと勤まらない。ローズ家では泳げないと困る。浜の人間と付き合うに当たって、泳げないでは侮られるのかもしれない。


「水着をプレゼントしていただけるのならありがたいですね」とリサは微笑んで同意した。


 レシアも嫌がらなかった 

「泳ぎは得意ではないですが、私もちょっとは泳げますから問題ありませんわ」


 得意ではない、の言葉が気になったのかカインの表情が少し曇る。

「無理はいけません。どの程度に泳げるのですか?」


 もじもじと恥ずかしそうにレシアは語る。

「鎧を着て剣を帯びた状態でベルルス河の河口を渡れるくらいです。往復はできません」


 ベルルス河は国で一番長い河である。河口付近で幅の広いところは十㎞を超える。また、流れも早いので漁師や船乗りでなければ泳げない。


 国の歴史を紐解けば、ベルルス河の渡河を甘く見て敗北した敵将は事欠かない。

 逆にベルルス河の渡河に成功して国の窮地を救った将軍は英雄である。


 恥ずかしそうにレシアは続ける。


「男子なら往復できないといけないのですが、女子なら片道を泳げれば良いと家ではされています。御先祖様たちは何度も渡ったというのに」


「いや、それ充分でしょう」とリサは突っ込みたかった。軍人家系とはこうも厳しいのかとげんなりした。誰も言わないが、場の空気からレシア以外は同じ気持ちだと感じた。


 ここまでエランは口を利いていない。昨日のリサの態度に怒っているのかもしれないが顔には出ていない。


 エランとの関係をできれば修復したかったのでリサからエランに話題を振った。

「海で遊ぶのなら浜で食事をしませんか、パエリアなんかどうでしょう?」


 カインの話しではパエリアは母の味だ。エランが嫌いだとは疑わなかった。リサが提案するとエランの食事がピタリと止まる。エランは目を吊り上げてリサを睨む。


 なぜだか知らないが、リサはエランを不快にさせた。


 食事を終えていないがエランはきっと席を立つ。

「胃の調子が悪い。これで失礼する」


 エランはぶっきら棒に言い放つと食堂をスタスタと出て行った。事情がわからないリサ以外の女性陣は顔を見合わせる。リサにしても何がいけないかわからなかった。


  カインはエランの態度を女性陣に謝った。


「兄は慣れない護送の仕事で疲れていたのでしょう。また、今日は波が高かったので船酔いが残ったのかもしれません。場の空気を悪くして申し訳ない」


 カインの説明にリサは納得しなかった。エランは船から降りた時にはピンピンしていた。高いところにある墓地から海が見えていたが波は高くない。


 カインは母の思い出を懐かしく語っていた。エランからは母親の思いでは聞いていない。エランには亡き母に屈折した想いがあるのかもしれない。


 ベルコとマリアの表情を見ると、二人もエランの態度に感じるものがあったと見えるが口には出さない。レシアだけがカインの言葉を信じて慰める。


「そういう事情なら仕方ありませんわ。具合が悪いと食事も美味しくないですし、苛々されることもありますから」


「随分と能天気だな」とリサは呆れたが、口には出さず頷いて相槌を打つ。食事会はこのまま終わるとのかと思ったら、マリアがカインに質問した。


「もしかして、エランさんとお母さんって上手くいってなかったの?」


 マリアはある意味で勇者だった。リサが知りたくても遠慮した内容をズバッと尋ねた。


「そんなことはないですよ」と苦笑いしたカインだったが、多くは語らない。明らかに『触れるなオーラ』を出していた。


「わかりやすい」とベルコがぼそっと言った。


「明日は水着を作りましょう。針仕事が得意な者が数人おります。生地も家にあるので一日あればできるでしょう。では、私は仕事がありますので先に失礼します」


 カインは食後の歓談を切り上げる。食事会を終わらせて、そそくさと立ち去った。

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