第二十話 墓の謎
黙って待っていても能がない。カインとの接触を試みて私室に伺う。また、留守だった。廊下を歩くメイドにカインの居場所を尋ねる。
メイドは澄まして答える。
「朝食は工房に運ぶようにとの指示がありました。おそらく、そのまま工房で作業をされているのでしょう」
「お忙しいのですね」と愛想笑いでリサは答えるが本心は違う。これはちょっといただけない態度だ。カインはモジリアニからホスト役の代理を命じられている。
島に来ているのは自分の嫁候補である。それを放っておいて工房で作業とはあまりにも粗末な扱いだ。
カインと結婚したら、気遣いゼロのマイペースに付き合わされるのかと思うとげんなりだ。妻の行動を束縛する支配的な男性は嫌いだが、自分の世界に入って他には無関心なのも困りものだ。
「子供ができないと寂しい思いをしそうね」といくぶん暗い気持ちになる。もっとも、ローズ家が本当に求めているのが『嫁』ならばの話だ。
あまりに扱いが悪いので何かの生贄ではないかとの疑いも捨てはしない。舞い上がったところで殺された、では浮かばれない。
窓から外を見上げると今日は日差しが強くなりそうな予感があった。薄手の服に着替えようとかと思ったが、あえて長袖を選ぶ。
カインにこちらの相手をする気がないなら、フェアリーサークルを探してやろう。捜索するなら監視が甘いうちだ。森を歩くと静かだった。虫の羽音がしない。鳥の鳴き声もしない。
「変ね、暑くなれば森には虫がうっとうしいほど出るはず。海鳥が休憩してもいいんだけど、いない」
虫刺されを警戒して長袖を選んだが、意味がなかった。フェアリーサークルは見つけられず、彷徨う。汗だくになったところで海岸に出た。
探索に疲れたので海沿いに歩くと墓地が見えてきた。墓地を見回すと他より立派な白い墓があった。墓は海がよく見える場所にある。
墓碑銘を調べると、レイアとあったのでモジリアニの奥方の墓だ。
「ジョセが教えてくれた通りにお墓があったわ。じゃあ森の中の墓のレイアは誰かしら?」
謎は尽きない。屋敷に帰ろうとすると、マンサーナ島へ向かって来る漁船が見えた。
気になったので船着き場に行く。漁船が停まるとエランが降りてきた。モジリアニの姿はない。用が済んだので先にエランだけ帰ってきたのだろう。
「お仕事ご苦労様です。無事にお戻りになられて何よりです」
当たり障りのない挨拶をする。エランの顔が険しくなった。怒りとも警戒ともとれる表情。リサは何がいけなかったのかさっぱりわからなかった。
「母の墓に行ったのですか?」
墓地から漁船が見えたので、漁船からも墓地は見えていてもおかしくはない。だが、目視で墓地にいた人間がリサだと判別できたのならエランの視力はかなりよい。
嫁候補が義理の母親になる人の墓参りをしても怒られるいわれはない。むしろ、褒めてほしいぐらいだとリサは疑問だった。
「お墓にいきましたけど、何か問題がありましたか?」
「どこのお墓ですか?」
おかしな聞き方をする人だと不思議だった。墓地にいたのが見えたから質問してきたのだろう。なら、丘の先にある墓に決まっている。
「そこのお墓ですよ」とリサは墓地の方角を見る。
リサはここで気が付いた。エランは森の中の墓にリサが行ったことに気が付いたのかもしれない。
どうしてエランにわかったのかが不明だが、もし森の中の墓に行ったことがばれたら当然クランの話題に触れる。
クランは墓の場所を教えるなと釘をさしていた。黙っていればわからないと思ったが、考えが甘かった。
視線をエランに戻す時には動揺を悟られないように注意した。だが、エランはリサを睨みつけると詰問調で尋ねる。
「あの男にあったのか?」
受け答えを間違えると危険な空気だ。それでもリサはシラを切った。
「あの男ってどなたです?」
「クランだ!」とエランが怒鳴る。エランはクランが存在することを認めた。ジョセはそんな人間はいないといっていたので嘘を吐いていた。
クランについて尋ねるのなら今だなと思うと、慌てた船頭が口を出す。
「エラン様、お疲れでしょう。まずは屋敷で休みましょう。対応はその後にしましょう」
対応の中身が気に懸かる。だが、訊ける雰囲気ではない。
エランは船頭の言葉に歯噛みした。本来ならリサがクランと会った場所を知り、母親の墓を突き止めたい態度がありありと見えた。
だが、ローズ家を知る人間はクランの存在を隠しておきたい。ここで、エランが怒りに任せて余計なことを言うのを船頭は恐れていた。
エランはプイと背を向け。吐き捨てるように言う。
「悪い、疲れていて気が立っていた」
エランの言葉を聞いて船頭は安堵していた。なんか、この家はやっぱりおかしいなと思うが、エランの母のレイアとクランについて安易に話題にすると大怪我しそうだった。
エランの態度を見るに、下手に話題にすると結婚はなくなる。
「いいえ、お気になさらずに」としおらしくリサは宥める。
「ささ、お屋敷へ」と船頭はエランとリサを引き離す。船頭に促されてエランは屋敷に向かっていく。エランの歩調は早く、大股だった。頭に血が上っているのはわかるが、疲れた様子はない。
リサは時間を潰そうといちど墓地へ戻った。墓地に戻ってもう一度レイアの墓を見る。墓は綺麗なのだが、森の中の墓と比べると清掃が拙い気がした。心が籠っていない。
「もしかして、この下にはレイアさんは埋葬されていないのかしら?」
真実を知りたければ掘り返せばいい。だが、見つかればお見合いから一発退場だ。また、レイアの隠された秘密次第ではローズ家の怒りを買う。
そうなれば、リサは金持ちの嫁どころか、海の底に沈められて魚の餌にされかねない。そこまで危険を犯そうとリサは思わない。
「おかしなことを考えないでくださいよ」
急な言葉に振り返ればロッソが立っていた。相変わらず人の背後を取るのが上手い。
「おかしなことってなんですか?」とリサはすっとぼけた。
ロッソは渋い顔で告げる。
「いいですか、もしリサさんが大人しくローズ家に嫁入りしたいのなら、レイアさんの話題に触れないほうが賢明です。どのみち、ローズ家の人間になればわかりますから」
なぜかロッソはリサの世話を焼いてくれる。完全に信用するのは危険かもしれないが、カインやエランより心を許せる。
「知った後で嫁入りしなければ良かった、と後悔する可能性は?」
「また、そういう捻ねた訊き方をして私を困らせる。結婚できなくなりますよ」
少し意地悪かもしれないが、尋ねた。
「では教えてください。クランさんて何者なんですか? 教えてくれたら感謝のキスをチュッチュしてあげますよ」
揶揄い半分だが、親切なロッソにならキスぐらいしてあげても良かった。
「子供扱いはしないでください」とロッソは嫌がった。それがまたリサには可愛く思えた。リサは手を合わせてお願いする。
「教えて、気になって仕方ないわ。フェアリーサークルを見つけたら教えるから」
「無理しなくていいですよ。森の中を歩き回って疲れたでしょう」
ロッソは気配を消す達人だ。森の中でリサを見つけてずっと監視していたとしてもわからない。物置に入った先の件はカインに気付かれた。エランもリサとクランの接触を知っていた。
マンサーナ島では、誰かが常に見ていると、ロッソは警告してくれている。
ありがたいのでロッソに報いてあげたいが、フェアリーサークルを探すのと食事を作るのとは違う。やり方がわからないのがちょっと残念だ。
ロッソはリサを追い払うように邪険に手を振る。だが、リサが帰らないので仕方ないとばかりに諦めた。
「もし、もう一度クランに会ったらクランに直接、聞きなさい。他の人間にクランとは何者かと、聞いてはいけません。あと、エラン兄さんはお母様のことになると手段を選ばなくなるので注意しなさい」
はっきりと教えてくれないが今はこれで充分だ。ロッソもローズ家の人間である以上は立場がある。下手に困らせてエランとロッソの仲が険悪になったら申し訳なさすぎる。
ただ、リサは一つ気になった。ロッソはエランを『エラン兄さん』と呼んだ。だが、クランは『クラン』としか呼ばなかった。クランはロッソの兄ではないのだろうか?




