第二話 激動のベルコ
部屋が何十もありそうな二階建ての石造りの屋敷に到着する。使用人が出迎えて荷物を持ってくれた。とりあえず、一休みしたい。船は慣れないので、座っているだけでも疲れた。
屋敷から一人の青年が出てきた。金髪にスラリとした長身。肌は白く、眼つきは穏やかだった。濃い茶色のセンスのよい服を着ている。
服の生地は高いものではないが、とても着心地が良さそうだった。服には汚れやシワはない。手入れが行き届いている。金持ちらしい装いだ。
漁師が青年に気が付き挨拶をする。
「エランぼっちゃん。お見合い相手が到着いたしました。リサ様とベルコ様です」
ニコニコと微笑みエランは挨拶する。
「遠いところをよくおいでくださいました。エラン・ローズです。私は選ぶ側のつもりはありません。貴女方に選んでいただけるように努力します」
見え透いた嘘を吐く。笑う努力をしたリサだが、心は冷めていた。エランの言葉は完全な社交辞令だ。今回の見合いは完全にローズ家に主導権がある。選ぶも、捨てるもローズ家の人間の意のまま。
夜の相性を確かめたいといって、全員を抱いて、いらない女性をポイと捨てるぐらいはする。
騙し合いは上等だった。この度の見合いに参加するにあたって歳は一七歳だと誤魔化している。リサの年齢は十四歳。だが、もう乙女ではない。リサが育った環境が乙女でいることを許さなかった。
「臭いね。臭い」
言葉に驚き、横を向けばベルコが辛辣な顔でエランを見ていた。エランは怒りも驚きもしない。ただ、微笑んでいる。ベルコが遠慮する様子もなく言い放った。
「あんたからは死の臭いがする。しかも、こびりついた死の臭いだ。消しても消しても消えなくなった香りだ。戦場を渡って来た男の顔じゃない。あんたは何者だ?」
見合いに来た人間にしてはあまりに無礼ないいよう。これで、ベルコとエランの縁談はなくなった。リサがエランを狙うのならライバルは一人脱落だ。
だが、ベルコの言葉は気になる。ベルコの思い違いならいいが、本当なら理由が知りたい。
「知りたいなら教えてもいいですよ。貴女はその体で知ることになるでしょうが」
エランの口調は穏やかで、顔は微笑んでいる。エランの顔は怒ってはいないが、エランはベルコに危害を加えるつもりだった。
リサの生まれた場所には「躾け」と称して女性に暴力を振るうクズ男が多かった。だから、暴力を好む男の嗜虐心にリサは敏感だった。また、女性は敏感でなければ生きられない環境だった。
漁師がささっとベルコから距離を空ける。リサも危険を感じて漁師の傍に逃げた。
「ボーン・プリズン」
エランが発声すると地面から骨の籠が現れる。籠は円柱形の大きいもので、直径は八m、高さは三mある。ベルコは骨の籠に閉じ込められた。
リサはガクガクと震えた。これから恐ろしいことが目の前で起こる。ベルコは怒った男の暴力に蹂躙されてぐちゃぐちゃにされる。自分の身に起こることではないが、リサは苦しかった。過呼吸になりそうだった。
過呼吸に至らなかった理由はベルコが堂々としていたからだ。ベルコは骨の格子を軽く叩く。
「こいつは見事だ。強度からいって羆くらいなら充分に閉じ込めておける。死霊術ってやつだな。なるほどどうりで辛気臭い死臭がすると思った」
リサは心の中で叫んだ。
「ダメ、止めて。抵抗したらきっと酷い目に遭う。そんなの、見たくない」
ベルコに親愛の情は持っていない。でも、ベルコが叩きのめされる姿は見たくなかった。ベルコでなくても同じ女性が酷い目に遭う光景は耐えられない。
リサの願いは聞き入れられなかった。ベルコは腕組みして、エランを見下ろす。
「それで閉じ込めて終わりか? ガキの悪戯にしちゃあ、おいたがすぎるぜ、お坊ちゃん」
なぜそこまでベルコが強気に出られるのかわからない。リサは心臓がバクバクしていた。
エランがパンと手を打ち鳴らす。地面から骨でできた大型犬が三頭出現した。ベルコの表情が悪い笑みを浮かべる。
「私が泣き叫んで許しを請うところを見たいのかい? 田舎の見世物小屋だってもっと面白い出し物を出すぞ」
エランが右手を伸ばす。エランが掌を下にすると、骨の犬が飛び掛かる。ベルコがバラバラにされる。血溜まりの中で肉塊へと変わるベルコを想像すると心臓が飛び出しそうだった。だが、リサは目を瞑れなかった。
一番先に飛びついた骨の犬の頭をベルコがひょいと掴む。ベルコは掴んだ骨の犬を棍棒変わりにする。残りの二匹の骨の犬をさっと打ち伏せた。次いで痙攣する三頭の骨犬を抱え込んで潰す。
バキバキと音がする。ベルコは骨のボールを作ると籠に思いっきり投げつけた。骨と骨がぶつかる。骨の檻に穴が空いた。ベルコは穴を掴んで拡げると、骨の檻から易々と出た。
今度はエランが心配になった。エランがベルコに殺されると思った。不謹慎だが、暴力の報復に期待した。女性が暴力で男性を破壊する。初めて見る場面に心躍った。ベルコはエランの前に行き、見つめ合う。
先にエランが口を開いた。顔に恐怖はない。変わらない笑顔がある。
「どうしました、敵は手の届く範囲にいますよ」
ベルコは澄ました顔で怒りもなく普通に応える。
「お前が敵ならとっとと殺したさ。だが、あんたは私の夫候補だろう? 私は死体と結婚する趣味はない」
驚きの理屈だった。ベルコはまだ花嫁候補のつもりだ。いやさすがに、それはないだろうと疑ったが、エランの言葉は違った。
「レディ相手にやり過ぎました。ベルコさん貴女のお名前は覚えておきましょう」
「エエエーッ」との叫びをリサは胸の内に納める。ライバルが一人脱落したと思ったら、先行された。しかも、高ポイントだ。
二人は何事もなかったのかのように別れる。エランは庭に進み、ベルコは自分の荷物を軽々と持って屋敷に入る。後には漁師とリサが玄関先に残された。