第十九話 夜の出来事
夜寝ていると目が覚めた。再び寝ようとしたが眠れない。カーテンを開けて窓の外を見ると月が綺麗な夜だった。月の高さから予想するにあと一時間で明るくなり始める。
「無理に寝ようとする必要もないか」
働いていないので日中に眠くなれば昼寝ができる。働いても生活が楽にならないリサにとって昼寝は贅沢品だったが、いまは違う。
窓の外で揺れ動く灯が見えた。誰かが外でランタンを使っている。
あと一時間もすれば明るくなるのだから大人しくしていればいいのにと呆れた。すぐに思い直す。襲撃があったばかりである。誰かが外で見回りをしているのなら感謝すべきだ。
明かりの角度が変わった。灯りがリサのいる方角を向いた。相手の姿がチラリと見えた。灯りの中に映ったのは骸骨だった。ランタンの灯だと思ったのは人魂だった。
ドキリとして思わずリサは一歩あとずさった。灯の角度が変わると骸骨の姿が消えた。
「見間違いかしら。待てよ。もしかして、エランさんが館を警備するために残しておいたスケルトンかしら」
可能性はある。人間は夜寝ないと昼間の作業効率は落ちる。だが、死霊術で呼び出した存在なら夜のほうが活発に動ける。
「屋敷の警備をしてくれているなら、スケルトンさん、と呼ばないとダメかしら?」
スケルトンが闇に消えた。薄くなりぼんやりとした灯だけが闇夜に残っていた。トイレにいって水を飲むと落ち着いた。
部屋に戻る途中に玄関から灯が漏れていることに気付く。そっと覗くと、玄関の前の扉の横に椅子を置いてジョセが腰かけていた。ジョセは夜通し玄関前に待機していたのか眠っていた。
「ジョセさんも警戒ご苦労様」とリサは微笑ましく思うが、別の考えにいたる。スケルトンとジョセは果たして屋敷の警備のために配置されていたのだろうか?
ジョセを遠目に見ると武器を携帯していない。警備なら不用心と思える。だが、もしジョセの役目がリサたち嫁候補を逃がさないための見張りならどうだろう。
「いや、まさかね」と思うが、不安になった。屋敷の警備が手薄なら内側からの逃亡も容易い。判断が付かないので、リサはジョセに気付かれないように部屋に戻った。
眠気が消えたので部屋のカーテンを九割九分まで閉めて、隙間から外を眺める。朝日を眺めれば気分が落ち着くだろうと考えていた。
外で動く人影が見えた。人影は素早く屋敷に近付いた。ドキドキしながらリサが注視していると人影は窓から屋敷内に消えた。誰かに侵入者されたと怖くなった。
侵入者が消えた位置を注意して確認する。侵入者が入った部屋はマリアの居室だった。
マリアは裏家業の人間だった節がある。そのマリアが簡単に部屋への侵入を許すだろうか? そう考えると誰かが屋敷に侵入したのではないと推測できた。
人影の正体はマリアである。一仕事を終えて明るくなる前にマリアは部屋に戻ってきた。そう考えるのが妥当だ。
なんのために? の疑問が湧く。屋敷の外は森である。ロッソの家と畑はある。でも、ロッソに会いたいなら昼間に堂々と行けばいい。
マリアの行動は単なるお見合いにきた嫁候補にしては不審すぎる。
「こうなってくると、スケルトンは屋敷の警備をしていたのかもしれないけど、嫁候補者を見張るためにも存在しているかもしれないわね」
全ては疑いの域を出ないが、どうも気になる。明るくなったので玄関に行く。ジョセはいなくなっていた。扉は内側から施錠されていた。開けようとしたが、開かない。
知らない人間が開けるにはコツがあるらしい。
用心深いと言えば聞こえはよいが、勝手を知らない人間を外に出さないのにも都合がよい。扉の開け方を調べていると、誰かが近づいてくる足音がした。
鍵との格闘を止めて待つとジョセがやってきた。ジョセは眠そうだった。ジョセはリサに挨拶すると扉に向き直る。
「どれ扉を開けるか。下がっていてくれ」
リサはしおらしく従った振りをする。ジョセの背後からどうやって鍵を開けるのか覗き見しようとした。ジョセは不自然な姿勢を取って鍵の開け方を隠す。
「なんかおかしい」とは思ったが口には出さない。鍵が開くとジョセは扉を開けてくれた。
外に出ると夏の朝の心地よい空気を感じた。空は晴れており、良い天気だ。屋敷の周りを散歩する。スケルトンがいた痕跡は見つからない。
マリアの部屋の前を通ったが、外から入った形跡はない。もっとも、プロが夜中に窓から出入りしているなら、痕跡が残らないようにするのもお手のものだ。
マリアの部屋のカーテンが開いた。マリアと目が合った。
「良い朝ですね」と当たり障りのない挨拶をする。マリアは軽く伸びをすると、笑顔で挨拶を返してくれた。
「そうだね。たまには早起きするのもいいね」
「昨日はぐっすり眠れましたか?」
「もちろん」とマリアは笑って答えた。リサは白々しいと思うが、微笑む。マリアにしても笑っているがリサの挨拶に何かを感じていると見てよい。お互いに探り合いの状態だ。
マリアが答えたくないのなら、それでもいい。知っている風を匂わせておくだけにしておこうとリサは思った。
ハハハ、ウフフフ、とお互いに白々しく笑いあう。リサはそのまま屋敷の周りを一周するが異常はない。入口に向かうと、森から歩いて来るベルコに出会った。
「いい朝ですね、ベルコさん。ベルコさんも朝のお散歩ですか?」
「気分がいいからね。早起きして少し森で体を動かしていた」
ベルコの発言もおかしい。リサが外に出る直前まで屋敷の扉は施錠されていた。ベルコが森で運動してきたのなら、扉が開く前になる。
つまり、昨晩に施錠される前に外に出るか、マリアのように窓から出ないと外に出られない。
リサは昨晩の状況を推理した。ベルコとマリアは昨日、体調不良を理由に夕食を欠席した。あの時から、ベルコとマリアは夜に外出する段取りをとっていたのではないか。
カイン側も怪しんで警戒していたが、レシアやリサに騒ぎが広まるのを恐れた。それで、森にスケルトンを放って捜索した。また、正面から戻って来た時を考えてジョセに玄関を見張らせていた。
全ては推測でしかないが、まんざら外れているとは思えない。仲間外れにされているが、悔しいとは思わない。現時点では巻き込まれたほうが幸せかどうかわからない。
「朝食前に汗を流してくる。汗臭い女じゃ嫌われる」
軽くおどけるとベルコは屋敷に戻った。ベルコを見送ると、ベルコがやってきた方角にリサは歩き始めた。ベルコの足跡を追跡しようとしたが無駄だった。途中から痕跡が発見できなくなった。
森の中では痕跡を消し、森の浅いところから痕跡を残す。訓練を受けた人間なら可能な技だ。
「マリアなら追えたかもしれないけど、私には無理ね」
朝食に向かうと、食堂には給仕しかいない。時間帯が合わなかったせいもあるかもしれない。だが、マリアとベルコがカインを避けていたために起きた巡り合わせともいえる。
リサが食堂を出る時にレシアが入れ違いで入ってきた。レシアはぐっすりと寝ていたのだろう。レシアの顔は明るいのでこのお見合いに疑問を持たず、楽しんでいるように見えた。
「レシアのように余計なことに気付かなければ楽しいお見合いなんだろうけどなあ」とリサは心の中で愚痴った。




