第十八話 二日目の夕食
雨が上がると、風が出てきた。天気も晴天から曇天へと変わる。外に出る気分でもないので屋内で過ごした。カインに会って話をしようとしたが、私室にいないかった。
メイドが通りかかったので尋ねる。
「カインさんとお話がしたかったのですが、どちらにおられるかわかりますか」
澄ました顔をしてメイドが答える。
「工房でしょう。カイン様は良いアイデアが閃くと、居ても立ってもおられず工房に籠られます」
軽く一礼するとメイドは立ち去った。感じは悪くないのだが、親しみもない。嫁候補として礼節をもって接してくれているのかもしれないが、よそよそしくも感じる。
「一線を引いている」とリサは察した。理由はわかる。現段階で誰がローズ家に入るかはわからない。入れなかった人間は敗者である。
「あの時、あのメイドは勝者の私より敗者の人間によくしていた」と勝者の女性がメイドを恨む展開はある。
メイドにそんな気がなくても、警戒しておかねば立場の弱い者は苦しくなる。ましてや、孤島で働くなら居心地の悪さは街の倍以上だ。
優しそうに見えても、立場が強くなれば態度を変える人間はいる。リサが働いていた家にもいた。妻の座を射止めるやいなや、傲慢になり『魔女』と使用人から恐れられてた。
気持ちはわかるが、やられる立場になるとちょっと寂しい。
「私はたとえ勝者になってもそんなことはしないんだけどねえ」
やるべき事もないのでぶらぶらと時間を過ごすとすぐに夜になった。夕食に呼ばれたので行くと、レシアとカインだけがいた。リサが着席すると、皿が出てくる。夕食が始まった。
疑問に思ったのでリサは率直に尋ねた。
「ベルコさんと、マリアさんがいませんが、始めて良いのですか?」
表情を曇らせてレシアが教えてくれた。
「お二人をお誘いしたのですが、ベルコさんは体調が優れないそうです。マリアさんは食欲がないとの返事でした。お二人は部屋で休まれています」
「それなら仕方ありませんね」とリサはしおらしく答えるが、本心は違う。ベルコなら体調が悪くても無理にでも食事は摂る。食べなければ体力が落ち、余計に回復が遅れる。
「戦場では弱った人間から死んでいく」と知り合いの兵士がよく口にしていた。
「死なないために食べなければいけない。無理をしてもだ」とも教訓じみた発言をしていた。ベルコも同じ類の人間だ。これは何かわけがある。
マリアの食欲がないのも疑わしい。食事は無料で提供されており、味は良い。量もある。これを拒否するのはもったいない。
マリアは意地汚いわけではないが、利は積極的に取りにいくタイプだ。こちらも何かわけがある。
「二人が組んで何かをしているのかな?」と疑うが口には出さない。
二人がいないのなら、いないで構わない。リサに声が掛からなかったのなら、それでいい。仲間外れにされたと悲しむほど子供ではない。リサはリサでやりたいようにやる。
夕食は野菜を使った前菜の三種盛りが出た。その後に各種の魚介のフリットが盛られた大皿が出る。パンではなくライスだった。
揚げ物のフリットが多く並ぶので胃もたれしそうだ。だが、しなかった。安い油を使うとこうはならない。良い油を宴席でもないのに惜しげもなく使えるだからやはりローズ家には金がある。
美味しい物を食べて幸せな気分になったのかレシアが顔を綻ばせる。
「魚介類ってこんなに美味しいのですね」
にこにこしてカインが語る。
「今の時季は魚、海老、貝もどれも悪くなりやすい。ですが、ここは浜が近いので生きたまま屋敷まで獲れたての食材を運べる。海に囲まれた場所ならではの特権ですよ」
「これなら毎日でも食べたいくらいですね」とリサは追従しておく。本心は違う。さすがに毎日なら飽きる。だが、カイン狙いを諦めたわけではないので『ここで暮らせます』アピールはしておく。
レシアとリサの反応に気をよくしたのカインが喜んでいた。この魚の名前はこうで、特徴はこうで、生態はこうで、とカインは知識を披露する。
魚の美味さに興味があるリサだが、知識には興味がない。正直に言えば退屈だったが、笑顔を浮かべて時折、質問を挟む。また、微笑んで場を和ませる。
レシアは知らない知識が増えるのが楽しい類の人間なのか本当に楽しそうだった。
食事をしていてわかったが、カインは博学である。気になった知識は調べないと気が済まない性分とみえる。よく言えば向学心がある。
悪く言えば無駄な拘りだ。さらに、カインは相手に気を使う事が苦手だ。
悪い状況ではない。カインが足りないものを自分は持っている。カインの手綱を上手く握れば、家でないがしろにされる結果にならない。
カインの弱点を補えばモジリアニも良くしてくれるし、カインも頼ってくれる。
結婚後の幸せが見えるとやる気は倍増だ。ならば、片付けなければならない問題を処理しよう。レイアの謎だ。だからといって、ストレートに聞くのは危険なので、リサはワンクッション入れた。
話が途切れたところで、レシアに話題を振る。
「ところでクロフォード家ではお母様は料理をなさいますの? 魚とか捌いたりするんですか?」
答えは聞かなくても想像できる。レシアの話では軍人の妻が刃物を使えない、ではいけない。また、料理もできなければいけない。つまり答えはYesである。
リサの企みをしらないレシアはニコニコして答える。
「もちろんできますよ。とても綺麗に三枚におろせます。リサさんの家では魚を料理しますの?」
おおむね予想通り回答と質問がきた。これを待っていた。本心を隠して答える。
「母は私に魚の捌き方を教える前に亡くなりました。なので私は魚の下処理には苦労しました。それに、死んだ魚の目がちょっと怖いんです。今は慣れましたけど」
嘘である。最初から魚の目なんて怖くない。ただ、魚の目を怖いといって料理をしない女性がいるので言葉を借りた。ここでリサはカインに本題を振る。
「カイン様のお母様はどうでした?」
自然に魚の話題から母の話題へ流れを作った。リサの母が死んでいると告白したので後に続くカインが母を語るハードルを下げての展開だ。これでカインからレイアの情報が聞ける。
拒否するかもしれないが、それならやはりレイアには触れて欲しくない秘密がある。
表向きにはカインは拒否感なく語った。
「母は海が好きでした。よく、浜で獲れた新鮮な魚介でパエリアを作っていましたね。街の洒落たレストランにあるパエリアではなく、猟師風のです」
海が好きなのは本当なのね。だとすると、海の見える場所にお墓があるのも本当かしら。リサが聞いて欲しかった情報をレシアが質問する。
「素敵なお母様ですね。ところで。お名前はなんていいますの?」
「レイアです」
モジリアニの奥方はレイアで間違いないのね。とすると、ジョセの話は正しいのかもしれない。では、森の中のお墓に眠るレイアは誰なんだろう?
小さい頃の海での思い出に話題が変わった。ここからカインの母の話題に戻すのも不自然なのでそのまま食事会は終了となった。




