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第十七話 奥方の話

 クランの指し示す方向に進むと屋敷にすんなり帰れた。濡れた体を拭き、風呂に入る。外は温かいと思ったが、湯に浸かって体の冷えを実感する。


 着替えて廊下を歩いていると厨房からパンを焼く香りがした。

「いい香り、焼き立てのパンが食べられるなら、逃す手はないわ」


 食堂に行くと、カインとレシアが一緒に出てきた。二人は打ち解けて談笑していた。カイン争奪戦ではレシアがリードしている。


 無理もなかった。リサは色々と気になると放っておけないので寄り道をする。レシアは周りにある異常に気が付かないので直進する。結果、レシアは着実にリードしていた。


 リサは自分に言い聞かせる。

「まだ勝負は始まったばかり、挽回は可能よ」


 話に加わりたい気持ちがあるが、パンは冷めると美味しくない。食べ逃すと夕食まで何も食べられない可能性もある。


「腹が減っては戦はできぬよ」


 リサは自分の心に従って食堂に入った。食堂に行くと、ジョセが食事を出してくれた。食事はパンに具材を挟んだものだった。パンの一つから食欲をそそる酢の香りがした。


 口に入れると程よい酸味と旨味がする蛸の味がした。齧った跡を見る。蛸に緑のペースト状の野菜を添えた具が見えた。


 野菜のクリーミーな味わいと蛸はきちんとマッチしていた。


 ジョセがニコニコしてリサを見ていた。褒めて欲しいのだとすぐにわかった。美味しかったので素直にリサは賞賛した。


「美味しいですね。蛸と野菜ペーストが上手くあっています。この緑色の野菜はなんですか?」


「アボガドと呼ばれる野菜じゃよ。ペースト状にして瓶詰めにしたもので、商人が売り込みに来とった。南の島で栽培がされ加工したそうじゃ」


 マンサーナ島の近くに大きな貿易港はない。ただ、マンサーナの近くの村までは道が整備されている。貿易港で大きな船から商品を卸す。


 小舟でマンサーナ島付近にある漁村に運べば陸路で内陸に商品を運べる。


 村に珍しい商品が入荷するなら小口商いの商人が買いにくる。村まで来る時には商人は生活必需品を積んでくるので、村の経済も活性化する。税収が上がればローズ家の収入も上がる。


 モジリアニはただ座っているだけの金持ちではない。


 ジョセは齢をとっているのでローズ家に昔からいる。幸い今は周りに他に人がいないのでリサは尋ねた。


「クランさん、ってどんな方ですか?」


「はて、どこのクランさんじゃ?」とジョセが小首を傾げる。リサはジョセが誤魔化しているのか、本当に知らないのか判断が付かなかった。


 リサは迷った。ローズ家ではクランが忌み子の扱いなのかもしれない。だとすれば、話題にしないほうがよい。


「名前を聞き間違えたかもしれませんね。また会った時に正しい名前を聞いておきます」


 クランについては聞き間違えとしてこの場では深くは追及しない。レイアについてはそれとなく探る。


「気になっているのですが、ローズ家の奥方様ってどんな方だったんですか?」


 懐かしむ顔をしてジョセは語る。


「気性の荒い方じゃったよ。情熱的ともいえる。下の者には優しかったが、高圧的な人間と下心がある人間が嫌いじゃった。旦那様もそれでえらく難儀された」


 ジョセの顔に嫌がるところが微塵もない。あれこれと問題を起こす人間だったのかもしれないが、少なくても家中の人間には慕われていた。


「情が深く、思いやりのある方だったんですね」


「海が好きな方で、潮風が良く似合っていた。趣味でよく夏場は海辺にヨットを浮かべて走らせておった」


 内向的なおっとりした夫人ではなかったのね。モジリアニは理解のある男だ。女性らしさや慎ましさを押し付けなかった。良い夫婦だったのね。


 昔を懐かしむジョセの話は続いた。

「海が好きな方じゃったから遺言に従って、墓は海が見える場所に建てた」


 あれ? っとリサは思った。レイアの墓は屋敷の裏の森の中にあった。あの場所からでは空は見えても海は見えない。ジョセの話が本当だとするとレイアはモジリアニの妻とは違うのだろうか? 


 なら、レイアって誰だろう?

「奥様の名前はなんていうんですか?」


「レイアじゃよ」とジョセは認めた。レイアは珍しい名前ではない。では、クランが清掃していた墓の主は別のレイアだろうか。いや、そんなはずはない。


 エランとクランが兄弟なら、モジリアニの妻のレイアは一人のはず。


 エランとクランが似ているだけで他人だった。それで、それぞれの母の名前が同じレイアだった。可能性はあるが、そう考えるのは無理に思えた。


 クランがローズ家の人間と無関係ならジョセが存在を隠す理由がわからない。

 なんだろう、この家の人間関係はおかしい。知れば知るほどわからない情報が出てくる。


 こういう時にレシアのような性格は徳だ。気にならなければ知ろうと思わない。知ろうと思わなければ、ローズ家は普通の金持ちの家にしか見えない。


 結婚したければ、気にしなければいい。だが、リサには無理だった。とはいっても、秘密の追及に明け暮れるのも危険だ。


 謎は解けました。ですが、結婚できませんでした。では、馬鹿もいいところだ。ここまで来た意味がない。


「レイアさんのことがわかれば、ローズ家のことがもっとわかりますか?」


「エラン坊ちゃまやカイン坊ちゃまのことを気遣っておられるのか? 大丈夫、リサさんはリサさんじゃ。奥方様を真似なくてもよい。坊ちゃま方もリサさんに母の面影を求めはしまい」


「いいや、そういうことを聞きたいんじゃないんだけど」と言いたかったが言葉を飲み込む。こうなれば、エランとカインにアタックしつつ、ローズ家の謎に迫るしかない。


「ところで、モジリアニ様はいつぐらいに戻られるでしょう?」

「明日の夜前に戻るじゃろう」


 犯罪者を引き渡して帰って来るには早いなとリサが疑問に思うと、ジョセが説明してくれた。


「夏のこの季節には海軍が新兵の訓練を近くでしておる。海軍に海賊を引き渡して、調書の作成に協力すれば、お館様の仕事は終わりじゃ」


 新兵訓練といっても率いるのは古参の兵士だ。不審者を捕まえたらそう簡単には逃がさない。引き渡された犯罪者はもう島に戻れはしない。


 なら、すぐに嫁選びは再開される。どの謎にどこまで踏み込んでいいかはモジリアニの顔色を窺いながらやるしかないわね。


「お嫁さんになるって大変なのね」とリサは心の中で愚痴った。

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